第72話 説教というより拷問じゃの


「久しぶりだべ!オリア姉」


 訪れたエネカの店で偶然会えたオリアとの再会を笑顔で喜ぶヨコヅナ。


「ヨコ、どうしてここにいるの!?」


 オリアは喜びより驚きの方は大きい、ニーコ村で暮らしているはずのヨコヅナが突然現れたのだから当然だ。


「オラも今は王都で住んでるだよ」

「え、住んでるの!?遊びに来たとかじゃなくて?」

「そうだべ。来たのはまだ暑い時期だったからけっこう経つだよ」


 一時的にではなく、長期的に住んでいることにさらに驚くオリア。

 オリアはヨコヅナがニーコ村での暮らしを本当に好きなことを知っている為、王都に出てくることはないと考えていた。

 今も変わらずニーコ村でのんびり平穏に過ごしていると思っていたから、治療薬のお陰で村が活性化していると聞いた時はヨコヅナも幸せになれるだろうと嬉しくなった。

 

「エネカちゃんは知ってたの?」

「まぁね。私は何度も会ってるし」

「教えてくれたら良いのに」

「あんたがくだらないこと言うから、言いそびれたんだよ」


 本当は教えるかどうか迷っていたのだが、こうなっては仕方ない。


「オリア姉にも会いに行きたかったんだけども、どこに住んでるか分からなかっただよ」

「……そっか。あらためて、久しぶりだねヨコ」


 驚きはしたもののオリアもヨコヅナとの再会が嬉しく笑顔になる。


「また大きくなったんじゃない」

「よく言われるだよ」

「ますますタメエモンさんに似てきたね」

「はははっ、そうだべか」

「フフッ」


 父親に似ていると言われて嬉しくなるヨコヅナと、それを見て優しく微笑むオリア。


「…でも昔より顔がシュッとしてる気がするかな、ちょっと痩せた?」

「う~ん、自分だとあまり分からないだ」

「確かにヨコは王都に来た時より痩せたね」


 エネカも少し前からヨコヅナが痩せていることには気づいていたが、忙しくても食事と睡眠はしっかり取っていると聞いているし、元が太っているわけだから少し痩せたほうが健康的だと考えて特に心配はしてなかった。


「環境の変化による一時的なものじゃないかい」

「…エネカちゃんは王都に来て太る一方なのにね~」

「ああぁんっ!!」

「エネカちゃん、商人がしちゃ駄目な顔になってるよ」


 オリアの言葉に鬼の形相になるエネカ。


「はははっ、懐かしいだなこの感じ」

「あははっ、そうだね」 


 楽しそうに笑うヨコヅナとオリア。

 そんな二人を見てると昔と何も変わっていないように思えてエネカも懐かしい気持ちになる。


「オリア姉は今日エネカ姉に会いに…あ!ひょっとして清髪剤買いに来ただか?」

「……まぁそんなとこ。ヨコは何か買いに来たの?定休日だけど」

「オラも清髪剤のことで来ただよ」

「え!?ヨコが清髪剤使うの?」

「違うだよ、あれは」

「待ちなヨコ!」


 懐かしい気持ちに浸っていたエネカだが会話の内容が不味い方に向いてると思って慌てて止める。


「ん?どうしただ。エネカ姉」

「………そういうことか~。えへへ、分ちゃった」


 エネカの制止の声は少し遅かった。


「あの清髪剤はヨコが作ったモノなんでしょ」


 ヨコヅナの言葉とエネカの反応から、もっとも肝心な部分を察するオリア。


「それをエネカちゃんに商品にならないかと相談した、そうでしょ?」


 これならエネカが突然カミツヤの実を使った清髪剤を売り出したのも、ヨコヅナが王都に住んでいることにも辻褄が合う。

 

「だいたいそんな感じだべ」


 細かくは違うが間違ってもいないのであっさり頷くヨコヅナ。


「じゃあヨコも清髪剤の作り方知ってるんだ」


 どころか、寧ろエネカより詳しく説明できる。オリアもそれを察して聞き出す狙いを変える。

 

「あれってさ…」

「そこまでだよオリア!」


 しかしそれをエネカが黙って見てる訳が無い。


「清髪剤のことは話せないと言ったはずだよ。ヨコもオリアが相手だからって仕事のことをベラベラ喋っちゃ駄目だよ」


 一気に捲し立てるように注意するエネカ。


「ええ~、仲間外れなんて酷くない。ねぇヨコ、私も仲間に入れてよ」


 オリアはヨコヅナの性格をよく知っている。

 優しいヨコヅナはこういう言い方をされたら無下に出来ない。

 すぐに作り方を教えてはくれないだろうが、一緒にエネカを説得してくれるぐらいはするとオリアは考えていた。

 しかし、

 

「ごめんオリア姉、それは無理だべ」


 とても申し訳なさそうではあるが即答で断るヨコヅナ。


「その辺は姫さんにも厳しく言われてるだよ」


 エネカに言われるまでもなくコフィーリアに既に言われていて、ヨコヅナも自分が清髪剤に関わっている以上の情報は話すつもりはなかった。

 そんなヨコヅナの対応に驚きいたオリア、だが言葉の中にもっと驚くことがあった。

 

「姫さんって、もしかしてコフィーリア王女のこと!?」

「そうだべ」

「じゃあエネカちゃんが言っていた、王女とつてがある知り合ってヨコのことなの?」

「そうだべ、かな?」


 自分の事だとは思いつつ確信が持てないのか、エネカの方を見るヨコヅナ。


「他に王女とつてがある知り合いなんているわけ無いでしょ」


 ヨコヅナに自覚はないが王女と直接やり取りが出来る平民など殆どいないのだ。

 いや、ヨコヅナも昔はそう思っていたのだが、王都に来て割と頻繁に王女と会う機会があった為、麻痺してしまっているだけなのだが。


「どうしてヨコが…」


 そこで先ほどエネカと話していた闘技大会の噂を思い出す。

  

「ニーコ村の怪物って本当にヨコのことなの?」

「ははは、その噂オリア姉も知ってるべか。怪物はひどいと思わないだか?」

「……」


 ヨコヅナの言葉には返さず、オリアは考え込む。

 『ニーコ村の怪物』がヨコヅナの事であれば闘技大会で準優勝したことになる。

 準優勝者は表彰されるから王女と接点があっても不思議ではない。

 しかし噂が全て真実の場合、逆に疑問点が出てくる。

 『ニーコ村の怪物』がことには理由がある。

 それは、

  

「表彰式をすっぽかしたって聞いたけど…」


 壮絶な戦いを勝ち抜いて準優勝したはずなのに、表彰を辞退し賞金も受け取らずに帰ったからだ。


「準優勝でも表彰されること忘れてて帰っただよ。そしたら次の日、姫さんに呼び出されて正座で説教されただ」

「……そう。それは、大変だったね」


 驚くことが多すぎてそんな言葉しか返せないオリア。

 だがこれでヨコヅナがコフィーリアと知り合いなことにも納得がいった、清髪剤もそのとき渡して、使用したコフィーリアが気に入ったと考えればあの広報も含め全てに辻褄が合う。

 だが清髪剤の作り方を聞くことは難しくなった。

 さすがにヨコヅナでも王女から命令されていては、清髪剤の作り方を簡単に話すことはないだろう。


「もし清髪剤の作り方を許可なく話したら、石抱いしだきの刑で説教するって言われただよ。だからオリア姉でも教えられないだ」

「……それは確かに、教えられないわよね」


 ヨコヅナの表情から冗談とも思えず、納得するしかないオリアだった。

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