第45話 親は心配じゃよな
「まだ屋敷から出てもらう理由は見つけられないか」
爺やから渡された報告書を読み、ため息をつくヒョードル。
場所はヒョードルの書斎、部屋にはヒョードルの妻ミューズと爺やがいる。
「はい、欠点はございますが、ハイネ様からすれば些細なもの」
「どうにかならないの?もし万が一のことがあったら…」
話の内容はいかにしてヨコヅナにハイネの屋敷から出ていってもらうか。
ミューズの言う万が一とはヨコヅナにハイネが傷モノにされるという可能性だ。
ハイネからヨコヅナを屋敷に住まわすと聞いた時にも同じことを言ったのだが、
ハイネは「もしヨコヅナが私を襲おうとしたなら、私自ら首をハネてやりますよ」
と笑いながら言っており、事実それだけの実力がハイネにはある。
「今すぐは難しいかと、彼が屋敷に住むことに早くも利がでております」
腰を痛めているマツの手伝いは本当に助かっているし、ヨコヅナの料理をハイネも気に入っている。
「マツにいたっては正式に雇うことを薦めているからな…」
「彼はあの性格なので、旦那様の指示をそのとおりに受けとったのでしょ」
ヒョードルの指示とは「ヨコヅナを監視し定期的に報告するように、特にハイネに少しでも害なるような行いはすぐに報告すること」というものなのだか、言葉の裏を読めば、
「ヨコヅナをハイネの屋敷から出ていってもらう理由を些細なことでもよいから見つけて報告しろ」
となる。
だがマツは表どおり受け取り、
「観てたが害どころか役立つから雇えばいいんじゃねぇか」
と爺やに進言していた。
「それでは余計に屋敷から出なくなるではありませんか」
「そうだな……爺や何か良い方法はないか?」
ヒョードルにとってヨコヅナは命の恩人、理由もなく無理矢理追い出すマネはしたくない。
しかしこのままハイネと暮らさせるわけにもいかない。
「今すぐは無理ですが、時期を早める方法はございます」
「どんな方法だ?」
「ヘルシング家としてもヨコヅナ様の王都での暮らしをサポートすることでございます」
爺やとしては焦らず、ハイネの言うサポートを完了するのが最善と考える。
「ヨコヅナ様が王都で問題無くやっていけると、ハイネ様が納得出来れば良いのです」
「私としてもヨコヅナ君の生活をサポートすることに異論はない。しかし具体的にはどうする、家を買い与えると言ってもハイネは反対する」
ハイネの屋敷で一緒に暮らすぐらいならヨコヅナとカルレインが二人暮らし出来る住居を買うと言ってもハイネに拒否されたのだ。
それはヘルシング家に迷惑はかけたくないという理由ともう一つ、
「ハイネ様言う「落ち着いてから」とは、「定職に就いてから」とお考えなのでしょ」
「…それなら職を斡旋してあげればいいのね」
「軍に入隊する気はないようですので、他の職ということになりますが…」
「問題ない、爺や達が雇えるレベルと言い、体力のある若者となれば斡旋先はいくらでもある」
軍に関わる職は幅広くある、事務職、技術職、重労職、どれでも紹介することは可能であり、ヨコヅナの要望にも十分答えれるだろう。
「しかしこれには懸念点がございます」
「懸念点?」
「はい、ヨコヅナ様とコフィーリア王女との繋がりです」
「王女?……コクマ病の治療薬はすでに専門の者だけに任せれる段階だと聞いていたが…」
「治療薬ではなくもう一つの案件があるのです。奥様はハイネ様が最近使うようになった清髪剤をご存知ですか?」
「ええ、私も分けてもらったもの。あれはどこで売っているのかしら?」
「今は何処にも売っておりません。清髪剤はヨコヅナ様とカルレイン様で作った物です」
ミューズも元はカルレインから貰った物と聞いていたことを思い出す。
「ですが今後大量生産・販売する計画がございます。それを提案されたのがコフィーリア王女なのです」
清髪剤をカルレインから分けてもらい使用したコフィーリアは、その効果を認め王都での製造・販売をヨコヅナに依頼していた。
「……つまり、王女からの依頼でヨコヅナ君が責任者か」
「はい。職につけばヨコヅナ様の時間は大幅に少くなる為、事前にコフイーリア王女に相談することになるでしょう」
ヨコヅナはヒョードルの治療費と治療薬で得れる収益があり、ハイネの屋敷に住んでいるため生活費の出費は少なく、すぐに職につく必要はない。
王女の案件が済んでからでも遅くなく、職を紹介しても直ぐに就職する可能性は低い。
「ヨコヅナ様が自ら望んむ仕事であれば王女も否定はしないかもしれません。婆やの案でちゃんこ鍋の店をやってはどうかという話が出ています」
「おお!それはいい案ではないか!」
喜ぶように賛同するヒョードル。
「初期費用は全てこちらで出しても構わないぞ。生活出来る環境も整えれば全ての問題が解決する」
ヒョードルがここまで乗り気なのは、今の状況ではちゃんこ鍋を食べれないからだ。
ハイネの屋敷にヨコヅナが住むことを反対しておきながら、ヨコヅナのちゃんこ鍋を食べたいとどの口が言えよう。
だがヘルシング家の料理人に同じ食材で作らせても、味の数段落ちる似たような鍋料理しか作れなかった。
これは料理人達よりヨコヅナの方が腕が良いというわけではなく、ちゃんこ鍋は大雑把に見えて奥の深い料理なのと、ヨコヅナがちゃんこ作りに特化しているからだ。
だからヨコヅナが店をだすのであれば、ヒョードルはお金を払って心おきなくちゃんこ鍋を食べれるようになる。
「でも家を買うと言った時のようにハイネが反対するのではないかしら…」
「その点は投資するという形にすれば問題ないかと、王都にちゃんこ鍋を食べれる店はなく、あの味を店でも提供できるのであれば」
「十分勝算のある投資だ。……よし、では立地はどこがいいだろうな…」
「お待ちください旦那様」
今にも物件を探しに行きそうなヒョードルに待ったをかける爺や。
「まず今度の建国祭で屋台を出して試す算段となっております」
「む、手堅くいくのだな」
「建国祭……それはまずいわ」
建国祭は平民の者からすればただの大きい祭だが、上流階級の者からすれば年で一番と言っても良い社交の場、式典の後王主催のパーティーも開かれる。
ハイネも当然貴族として式典にもパーティーにも参加する。
ヨコヅナがハイネの屋敷に住んでいることは決して口外しないよう言ってあるが、実際ヨコヅナが出入りしている以上、噂はたつし話題にも出るだろう。
ハイネの性格からすればそれを否定するようなことはしない、むしろ父の命の恩人を住まわしていると胸を張って言うだろう。
つまり建国祭で国中の上流階級の者にヨコヅナと一緒に住んでいる事が広まるということになる。
「実際には何もないとしても、一緒に住んでいることが知れ渡るだけで…」
未婚の女性として不名誉な噂が飛び交うことになるだろう。
「ハイネは事実無根の悪評など気にしないと思うが…」
「普通の女性は、それも貴族令嬢なら誰でも気にするのです!ただでさえあの
「奥様のおっしゃることはもっともです。完全に悪評を止れるわけではありませんが一つ提案がございます」
爺やは普通の女性?貴族令嬢?とハイネに似つかわしくない言葉に心の中で首を傾げながらも、表情には出さず提案する。
「ヨコヅナ様をコフィーリア王女から紹介された人物と情報を操作するのです」
ハイネより先にコフィーリアはヨコヅナと知り合っていた。
そしてハイネはコフィーリアからヨコヅナの話を聞いており、それがヨコヅナのことを信用した理由の一端でもある。
三人で(カルレインも含めれば4人だが)で会食をした事実もある。
だからヨコヅナをコフィーリアに紹介されたと言っても完全な嘘にはならない。
「王女から紹介された人物で王国軍元帥の命の恩人となれば、表立って悪評を広める者は少ないかと思われます」
「……情報操作する前に、王女に話を通しておくべきだな。あの聡明な王女の事だ、こちらの考えを察して合わせてくれるだろう」
「でも、それも長く一緒に住んでいては意味を無しませんわ」
今まで話に出た案は、仮定のモノであったり、その場凌ぎに過ぎない。具体的で確実性のある方法ではない。
「一つ確実性の高い方法がございます」
「本当!?どんな方法なの?」
「それはヨコヅナ様に、
「「お見合い?」」
仲良く首を傾げるヘルシング夫妻。
「はい、簡単に言えばヨコヅナ様に女性を紹介するということです」
ヨコヅナの王都での生活をサポートするなら、もっとも先に思いつくのは当然今まで話に出た、住む家と職だ。
しかし長い目で見れば将来の伴侶となる女性を紹介するのもサポートと言える。
「地方の小さい村から王都に出てきた者のほとんどは、恋人を見つけるのに苦労すると聞きます」
王都で暮らす女性からすれば、同じ条件なら地方出身の男性より王都生まれの男性を選ぶ傾向がある。
女性にモテる外見をしていれば話は違うが…
「失礼を知りながら言えば、ヨコヅナ様は世間一般の基準的に女性に好まれる容姿はしておりません」
ヨコヅナは素人が一見しただけではただの肥満、また服装や装飾に無頓着な為、外見だけでは好意を寄せる女性は少ないだろう。
「将来の良き伴侶となる女性を紹介する事も立派なサポートとなります。そして見合いが少しでも進展すればハイネ様の屋敷に住み続けるわけにはいかなくなりましょう」
「……爺やの言い分もわかるが、少々強引過ぎないか。ヨコヅナ君はまだ若い、急いでお見合いをするとは思えないのだが…」
「はい。ですがこれは旦那様と奥様からすれば、最も重要なことかと思われます」
「どういうこと?」
「ハイネ様がヨコヅナ様に、女性として好意を持ってしまう可能性でございます」
ハイネがヨコヅナを好きになってしまっては屋敷を出る出ないなど対して意味のないこととなる。
「私としましては、ハイネ様が好いた相手であれば良いと考えま」
「良いわけないでしょう!!」
立ち上がって声を荒立てるミューズ。
今までの話でもわかるようにヨコヅナがハイネと暮らすことに最も遺憾を示しているのがミューズだ。
ミューズはヘルシング家に嫁いできた女性である為、軍属的な実績主義の考えはしていない、実家は名門貴族であり若い頃は貴族令嬢の鏡とまで言われていた女性だ。
そんな彼女からすれば娘と平民の男が結ばれるなどあってはならないことだった。
これはヨコヅナ個人が良いとか悪いとかいう話ではなく、価値観の問題である。
「分かりましたわ、私もお見合い相手を探しましょう。実家にも相談して良い相手を集めますわ」
「……しかしハイネがヨコヅナ君に好意を持つなどありえるのか?」
ハイネが親の命の恩人とは言え、簡単に男に好意を寄せるとは思えないヒョールド。
親の贔屓目なしにしてもハイネは美しい女性と言える、言い寄る男も多く、正式な婚約の申し込みもいくつもあった。家柄も容姿も実績も申し分ない相手は何人もいた。
しかしハイネは全て断っている。
「報告させて頂いた通りヨコヅナ様は毎朝鍛錬をしております」
「……あぁ、スモウとかいう変わった格闘技の鍛錬だったな」
「はい、その鍛錬にハイネ様も同行する時があるのですが、その度にヨコヅナ様が痣だらけになって帰ってきます。もちろんハイネ様は無傷ですが」
棒打ちの刑にでもあったのかという有様で帰ってきたヨコヅナにさすがの爺やも驚いていた。
「それは、二人の仲が悪いということではないの?」
「いや、ハイネは嫌いな相手だからといって弱い者虐めをするような子ではない……むしろ」
「親しく思う相手程遠慮がなくなります」
「……はっ!?…つまり、朝の鍛錬の時に二人はSM」「そうではございません奥様」
ミューズの見当違いな発言を遮る爺や。
「ハイネ様にとってヨコヅナ様は遠慮なく攻撃を叩き込める程の実力者であり、親しく思っているということです」
「……それはまずいな」
「それ以外のことを考慮しましても、ハイネ様がヨコヅナ様に好意を寄せる可能性はありえることかと」
「分かった。ヘルシング家が懇意にすると言えば、少なくない見合い相手を紹介できるだろう」
「くれぐれも慎重にお願い致します。ヨコヅナ様の幸せを考えての行動とハイネ様に思って頂けねばなりません」
「そうだな。ハイネに全く話を通さずヨコヅナ君だけに話すことはできないだろう。その点は任せるぞ爺や」
「お任せ下さい旦那様」
ヨコヅナに屋敷を出て行ってもらう事がヒョードルの意向、だがハイネの意思もヨコヅナの生活も無下にする訳にはいかない。
となればヒョードルの意向を達成しつつ、ハイネが納得しヨコヅナが幸せな生活が出来るよう全力を尽くすのが爺やの勤めである。
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