第46話 さすが、出来る大人じゃ
大きいが飾りっけのない簡素な建物。
ここは国政の携わる文官達の仕事場となっている。
ヨコヅナはこの建物の前で、いつものように何故ここに居るのか分からない、
などということはない。
「ヨコ、こっちだ」
「イジー兄、久しぶりだべ」
同郷のイジーに会いに来たのだ。
エネカに住んでいる場所は聞いていたが、イジーが忙しくて今まで会う機会がなかった。
今回もゆっくりする時間はないらしく、顔を会わせて立ち話するのがやっとらしい。
「王都に住むことにしたんだってな、元気でやってるか」
「元気だべ、王都の暮らしは大変だけど頑張ってるだ。……イジー兄は痩せただな、大丈夫だか?」
もともと線の細い体格だったが、明らかに前より痩せており頬もこけている。
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと仕事が忙しいだけだ」
顔色も良いようには見えず、ちょっとでないことが容易に想像できる。
「無理は良くないだよ、身体を壊したら元も子もないだ」
「ありがとな。でもニーコ村とは違うんだ、甘えたことは言えない」
気丈に振舞っていても辛そうなのが伝わってくる。
「なんかオラに手伝えることはないだか?」
「はは、何言ってる。ヨコに心配してもらうほど落ちぶれてないさ」
「そうだべか……今度の建国祭でちゃんこ鍋の屋台を出そうと思ってるだ。美味しいちゃんこを奢るから来て欲しいだよ」
「ちゃんこ鍋か、それは食べたいな。なんとか行けるよう都合をつけてみるよ」
「待ってるだよ」
「ああ。しかしヨコが王都で暮らす日が来るなんてな。「オラにはニーコ村の生活が合ってるだ」とか言っていたのに」
「それは今も思ってるだよ。ただ…」
「おい!、イジー」
怒鳴るような声がヨコヅナ達の久々の会話を邪魔する。
「先輩!?」
「てめぇ、こんなところで何してだ。仕事は終わったのかよ」
「あ、いや、同郷の者と会ってまして」
「あぁ、同郷。てことはニーコ村の奴か。そんなんと会ってる暇があるなら仕事しろボケ」
「でも今は休憩中で…」
「何口答えしてんだ!」
先輩と呼ばれた男が腕を振り上げてイジーに近づく。
「っ!…何だてめぇ!」
男が何かする前にヨコヅナが二人の間に入る。
「仕事の邪魔になるほど長話はしないだよ」
「田舎モンと違ってこっちは忙しいんだ、そこどけ!」
どけと言われても動こうとしないヨコヅナ。
「ヨコ、やめてくれ」
「イジー兄?」
「今日はもう帰ってくれ、忙しいのは本当なんだ」
「でも……」
このまま帰ってはイジーがろくな目に合わないことぐらいヨコヅナでも想像できる。
だがヨコヅナが何かしたらイジーに迷惑をかけてしまうこともまた想像できた。
どうしたらいいかと考えていると
「貴様らこんなところで何をしている邪魔だ!道をあけろ」
三人は入り口の前にいた為、通行の邪魔になっており、いつの間に近づいていた10人ほどの集団にも気づいてなかった。
「す、すみません!」
さっきまで威張っていた先輩男が慌てて道を開ける、その態度から集団が地位の高い者達だとわかる。
ヨコヅナとイジーも端に退き、前を集団が通っていく。
「ん!……ヨコヅナではないか」
集団の中心にいた取り分け地位の高そうな者がヨコヅナを名を呼ぶ。
「ケオネス様!お久しぶりですだ」
「久しいな、こんなところで何をしている」
「イジー兄に…同郷の知り合いに会いに来ただよ」
親しそうに挨拶をする二人に、周りの者はどういう反応して良いのか分からなくなっていた。
「ヨコ、オルガ様と知り合い、だったのか?」
イジーも信じられないと思いながらもヨコヅナに問い掛ける。
「闘技大会の時にお世話になっただよ」
「恩を感じているのはこっちのほうだ……そういえば少し良いか…」
「オルガ様……」
「良い、そこにいろ」
ケオネスは話を聞かれないように集団から離れたところにヨコヅナと移動する。
「ヒョードルを治療したのはヨコヅナらしいな」
「ケオネス様は知ってるだか」
コクマ病の治療薬の開発者に関する詳しい情報はコフィーリアの情報操作により知る者は制限されている。
「ああ、ヒョードルを救ってくれたこと、私からも礼を言いたいと思っていたんだ。ありがとう」
「……ケオネス様はヒョードル様と仲良いだか?」
ケオネスの本心からの感謝の言葉。それはただ元帥という国の重鎮を助けたというものとは違うように感じたヨコヅナはそう聞いてみたのだが…
「ふん、仲が良いなどと馬鹿を言え。奴とは会えば喧嘩ばかりしている」
「はぁ」
「だが、あんな奴でも王国軍元帥、引き継ぎも無しに突然いなくなられては、色々な所に迷惑がかかることになる」
そんな悪態をつきながらも、ケオネスの口元は笑っている。
「だから間接的に私もヨコヅナに助けられたということだ」
「はははっ、そうだべか」
明らかに後付けのような理由に笑ってしまうヨコヅナ。
「王都で暮らすことになったらしいな。何か困ったことはないか?」
「オラは大丈夫ですだ、……ただ」
そこでイジーの方を見るヨコヅナ。
「あの痩せた男が同郷の者か?」
「そうですだ」
「ふむ………」
ケオネスはイジーの方へと近づいていく。
「イジーといったか、所属部署はどこだ?」
「はい、あ…えと」
緊張のあまりどもってしまったが、イジーから部署名を聞いたケオネスは集団の中から一人の男を呼ぶ。
「君の管轄の部署の者だな。後で借りても良いか?」
「はい、もちろんですオルガ様」
「あ、でも、仕事が…」
「馬鹿者!、オルガ様の要件が優先に決まっているだろう」
そう言われてイジーは視線を先輩男に移す。
それを見たケオネスは顎に手をあて、少し考えてから、
「……なるほどな。君は彼らと一緒に仕事場に行って差し支えないか見てあげなさい」
「い、いえそんな事までしていただかなくても」
「黙っていなさい」
慌て出す先輩男を黙らせるケオネス。
「それが済んだら君は彼と共に私のところに来なさい」
「はい、承知いたしましたオルガ様…おいさっさと行くぞ」
「あ、はい。悪いヨコ、また今度な。元気そうな顔を見れて良かったよ」
「わかっただイジー兄、あんまり無理しちゃ駄目だべ」
「お前も王都での暮らし頑張れよ」
そう言ってイジー達は行ってしまう。
「ケオネス様はイジー兄と話してどうするだ?」
「まずは
「それなら大丈夫ですだ。イジー兄は読み書きはちゃんと出来るし、計算も村で一番早かっただ」
ヨコヅナが言ったことは国政に携わる文官にとっては何の自慢にもならないことなのだが、冗談で言ってるわけでないことは顔を見れば一目瞭然だ。
「ふふ、そうか。では期待させてもらおう」
ケオネスは全部分かった上で笑ってそう返した。
「ところでカルはどこにいるのだ?」
「今日は一緒じゃないですだ」
ケオネスからするとヨコヅナとカルレインはいつも一緒にいるイメージがあった。
「そうなのか……今度一緒に私の屋敷に遊びに来るといい、美味しい料理でもてなそう」
「ありがとうございますだ、カルも喜びますだ」
「今はどこに住んでいるのだ?」
「ハイネ様の屋敷にやっかいになってますだ」
「ハイネ嬢の……よくヒョールドが許したな?」
「許してもらってるのだべかな…」
ハイネからは「ヨコヅナは気にしなくて良い」とだけ聞いている、その言葉だけで許してもらえてないことが容易に想像できる。
「ははははっ!あのお転婆娘らしいな」
その口ぶりからケオネスはハイネとも親しいことが伺える。
「では招待するのは三人だな。近いうちに遣いを送る、都合の合う日を決めておいてくれ」
「ケオネス様そろそろ…」
様子を伺っていた周りの者も待つのに限界が来たのようだ。
「そうだな。ではなヨコヅナ、ハイネ嬢に宜しく言っておいてくれ」
「分かりましただ」
そう言って集団を連れてケオネスは上機嫌で歩いて行った。
改めてケオネスが偉い人物なのだと認識したヨコヅナ。
本来であれば気安く話しかけることすら出来る相手ではない。
「ひょっとしてオラもオルガ様って呼ばないといけなかったんだべかな?」
今更すぎる疑問に首を傾げながら帰路につくヨコヅナだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます