第44話 忙しくなるの


 マツの手伝いで庭の手入れをするヨコヅナ。

 大きな鋏みの扱いにも慣れてきて、早くも庭師の仕事がさまになってきた。


「……ヨコヅナは庭師としても食べていけそうだな」


 仕事から帰ってきたハイネは庭にヨコヅナ、カルレイン、マツの三人がいるのを見つけて、屋敷に入る前に近づき少し様子を見てからそんなふうに声をかけた。


「お帰りなさいませ、お嬢」

「お帰りだべ」

「今日は早いのじゃな」

「ただいま。早く帰れるのは平和な証拠さ……それにしてもヨコヅナは器用だな」

「ヨコヅナは筋がいい、お嬢この際正式に俺の後継として雇ってはどうだ、一人前の庭師にしてやるぜ」

「う~ん、悪くはないが、ヨコヅナには色々やってもらうことがあるからな」


 器用というのは庭師の仕事のことだけではなく、治療薬のことや料理のこと、それと、


「ヨコヅナ、コフィーから清髪剤の件で催促がきているぞ」


 ハイネは一枚の書類を取り出す。


「清髪剤の件……あれってオラがするだか?」

「当然だろ、他の誰がするんだ」

「姫さんじゃないだか」

「そんなわけないじゃろ」


 あまりにもな発想にツッこむカルレイン。


「コフィーは依頼主で出資者だ。細かいことまでやっている暇などない」

「エネカ姉は?」


 以前ハイネと共にエネカに会いに行った要件とは清髪剤についてである。


「エネカには販売を任せるがそれ以外は勝手に動けない」

「材料や作り方を教えた人は?」

「彼も同様だ。出資者、材料採取、製造、販売等の間を取りまとめるのが責任者であるヨコヅナの役目だ」

「オラ責任者だっただか!?」

「仕事が上手く言っていない場合、依頼主から怒られるのも責任者の役目だ」

「わははっ、また正座で説教じゃな」

「それは嫌だべ!?」

「だったら急いで打ち合わせをするぞ」


 ハイネが早めに帰ってきたのはこの件を話し合うためだ。


「マツそういうわけだ、済まないがヨコヅナを連れいっても構わないな」

「かまいませんぜ。後はひとりでも十分ですから」

「そうか。でも無理はするな腰もまだ完治してないのだろ」

「ありがとうございます」


 ハイネはヨコヅナとカルレインを連れて屋敷に戻る。



「責任者なんてやりたくないだな……カルがやったら良いでないだか、元々清髪剤はカルのだべ」

「そんな面倒なこと嫌じゃ」

「オラだって嫌だべ」

「引き受けたのはヨコじゃ、ちゃんとまっとうせよ。いつも通り助言はしてやる」

「当然私も手伝うさ。投資しているし保証人にもなっているからな」

「王女と合わせてどれだけの金が動くのじゃ」

「え~と確か、コフィーが計算した最終的な予算では……」


 予算表を見ながらハイネが口にした金額を聞いて目を丸くするヨコヅナ。


「どどど、どうしてそんな大金を!?」

「売れると思ったからに決まってるだろ」

「売れなかったらどうするだ?」

「どうするも何も損をするだけだ」


 企業、商売、投資等の知識がまだまだの少ないヨコヅナから理解のできないことであった。

 知識があったとしてもド素人のヨコヅナに責任者を任せることを理解出来るものは少ないだろうが…


「その予算表見て良いかの?」


 カルレインは予算表を受け取り、じっくり読みながら思考する。

 ヨコヅナも覗いて見てみるが正直ほとんど理解できない。

 そんな自分が責任者なんて務まるのだろうがと不安が満ち満ちてくる。


「そんな顔をするな」


 不安が顔に出ていたのだろうハイネが優しく言ってくる。


「一生懸命やって失敗するなら怒ったりしない。戦場と違って失敗しても死ぬわけではないからな」


 その言葉でハイネが何故大金を投資しながらもヨコヅナを責任者にして、平然としているのかが分かった。

 戦場で命のやり取りをしているハイネからすれば、大金とは言え飢えて死ぬわけでもない金額を投資で失ったとて大したことではないのだ。


「本当だべか?」

「ああ……私はな。コフィーなら一日正座で説教ぐらいはするかもな」

「だべか……想像したらニーコ村に帰りたくなってききただよ」

「仕事をすっぽかして帰ったりしたら説教じゃ済まないぞ」


 王族の直接の依頼を面倒だからと放棄すれば不敬罪にわれても文句は言えない。


「ふむ、清髪剤の売り文句としてハイネや王女が愛用していると言っても良いのかの?」


 予算表から顔を上げたカルレインは金額など気にせずそんな質問をする。


「私は構わないぞ。コフィーも良いんじゃないか。量産させるのは事実自分が使いたいからという理由もあるしな」

「この予算を見るに否定するとは思わんが、念のため確認しておいた方が良いぞ」

「そうか……分かった」

「それでオラは具体的に何をすればいいだべか」

「まずはこの予算表を理解することからじゃな、責任者が予算を理解してなくては話にならん」

「清髪剤の試作品がヨコヅナが作ったものに比べて質が低いらしいから明日はその改善にいく。あと材料採取でも問題が出ているそうだ」

「エネカとももっと話を詰めておかねばならんの。商業組合とかあるそうじゃし」

「材料費や人件費から計算して価格設定もしなくてはな、今回はは通用しないからしっかりな、それから……」


 次々でてくる仕事内容にニーコ村での、のんびりした生活が恋しくなるヨコヅナだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る