第38話 ()の中は後で詳しく聞いた時の我の心の声じゃ
「ここが私の屋敷だ」
ヨコヅナの前にはハイネが所有する屋敷、落ち着いた雰囲気の豪邸が立っていた。
ヘルシング家ほど人数はいないが入口の前には警備の兵士も立っている。
ハイネは既に自立して自分の屋敷を持っており、今まではヒョードルが病気のため実家に泊まっていたことはヨコヅナも聞いていた。
聞いてはいたのだが、
「なんでオラこんなとこにいるだ?」
「それは……我にも分からぬ」
「それは今日からここがヨコヅナ達の住む家だからだ!」
ハイネが胸を張って笑顔で宣言した。
「「………え!?」」
ヒョードルの体調もほぼ回復し、コクマ病の治療薬の生産も目処がたってきた為、そろそろニーコ村に帰えることにしたヨコヅナ達。
はじめこそヨコヅナを訝しく思っていたヘルシング家の者達もヒョードルの治療が確かなことが分かると、裏表なく親切にしてくれた(そうでない者もいたが)為、居心地はそれほど悪くないが、だからと言って無駄に長居したいとは思わなかった。
ハイネに帰る旨を話すと、引き止めるようなことはなく、あっさりと日にちを決め馬車に荷物を積み込み、てっきりニーコ村に送ってくれるのだと思って馬車に乗ったのだが、着いたのはハイネの屋敷であった。
「ど、どういうことだべか?」
「ハハハッ、驚かそうと思ってサプライズしてみたのだ」
「いや、そういうことではなく、オラはニーコ村に…」
「大丈夫だヨコヅナ、分かっている!」
笑顔でそう言うハイネだが、何も大丈夫そうに思えないヨコヅナ。
「コクマ病の治療薬の材料はニーコ村を主軸に採取することが良いということになっただろう」
治療薬の材料は自然豊かな場所で採取できるため、他の地域でもないわけではなかったが最も適しているのがニーコ村の周辺だった。
今後は栽培することも考えられており、それもニーコ村での作業となるだろう。
「そのためニーコ村の重要度が上がり、元々あった村の活性化のプランを早急に進行することにしたそうだ」
活性化のプランというのは闘技大会の後ヨコヅナがお願いした件であり、治療薬の材料はつまりコフィーリアが言っていた稼ぎ種ということだ。
「村に若い者達も集まり、猛獣や盗賊等の危険もあるため警備の者も派遣される事になったのだ。どうだ、分かったか」
何故かドヤ顔をするハイネなのだが、ヨコヅナにはさっぱりだ。
確かに治療薬の件でニーコ村に戻った時には警備の兵がいたし、ヨコヅナの知らない若者もいた。
「つまりヨコヅナが若者不足を気遣って無理にニーコ村に残り続ける理由はないということだ」
「オラは無理にニーコ村にいたわけじゃないだよ」
「分かっているさ、ヨコヅナ」
優しい微笑みでそう答えてくれるハイネだが、何も分かってないのは明らかだ。
ヨコヅナがニーコ村に残っているのは村での生活が好きだからだ。
もちろん力仕事の比重は多し、猛獣や盗賊の退治で怪我することも少なくなかったが、それでも村を出たいと思ったことなど一度もなかった。
「ニーコ村を出たい」「王都で暮らしたい」等の言葉を一度としてハイネに言ったことなどない。
では何故ハイネがこのような行動に出たのかと言うと、
原因は二つあった、その一つは、
「ヨコヅナの姉上にも頼まれているしな」
「姉上?エネカ姉のことだべか」
コクマ病とは別件ではあるがエネカに相談事があったため、再度会いに行く機会がありその際ハイネも同行したのだ。
「姉が王都に住んでいるなら早く言ってくれればよかったのに」
カルレイン同様エネカを見たハイネはヨコヅナの実の姉と勘違いしていた。
「血は繋がってないだよ」
「そうなのか!?」
「それよりエネカ姉から何を頼まれただ」
エネカは王都で暮したいと思っているが優しいヨコヅナはニーコ村の現状を考えて言い出せないでいると勘違いしてた。
そのためハイネと会った時、色々と事情を聞いたエネカは、
「ヨコヅナが王都で暮らすことになったらサポートしてあげて欲しい」
と頼んでいたのだ。
しかしあくまで
そしてもう一つはヨコヅナがニーコ村に活性化をコフィーリアにお願いしていた事だ。
入ってきた虫食い的な情報でハイネはこう考えた。
ヨコヅナは王都で暮らしたいが、現状を考えると村の人達には言い出せないでいた。(まず出たいとは思っていないがの)
↓
姉であるエネカには本心を話していた。(本心は常に言っておるぞ)
↓
若者がいないという村の状況を変えればと、村の活性化をコフィーリアに頼んだ。(誤解が積み上がっておるの)
↓
治療薬の件で活性化の目処が立つ、ヨコヅナは村を出れる。(誤解なのに筋が通ってなくもないのじゃ)
↓
サポートするならまずは住む所。(それ自体は間違っていないが…)
↓
部屋は余っているし、私の屋敷に住めば良いな。(何もよくないじゃろ)
少し思い込みの激しいハイネは誤解なのに妙に辻褄のあっている推測をし、
「これも父上を助けてくれた礼の一つだ。しっかりサポートするから安心すると良い」
「だから何がだべ?」
「すでにヨコヅナの家の荷物も運んである」
ハイネが示す先には見覚えある家具が積んであった。
「行動が早いにも程があるだよ!」
「自分で部屋を選びたいかと思ったから、まだ中には入れないでおいた」
「そこは意見を聞いてくれるだか!?いやいやそうじゃなく、」
「自分の家を持ちたいのなら、もう少し落ち着いてからでもいいだろ」
「そういう事でもなくてだべな…」
ハイネに打算的な思惑などなく、ただ善意でやってくれているのは分かる。
しかしヨコヅナにとってはおせっかいと言う他なかった。
それが顔に出ていたのだろう…
「……ひょっとして私と居るのが嫌なのか?」
ハイネが少し悲しそうに聞いてくる。
この言葉に深い意味はない、ただ単に親の恩人に知らぬ間に嫌われていたのだとしたらショックだ、という意味のものだ。
「え、あ、いや、…そんなことはないですだ」
「そうか。では何も問題ないな」
嬉しそうにそう言われ、帰りたいと言い出せなくなるヨコヅナ。
「しばらく厄介になって、生活が合わなければニーコ村に帰ればよかろう」
静観していたカルレインがヨコヅナの心情を察してそう言ってくる。
「生活環境が、合う・合わない、は誰でもあるからの。ハイネもそれを反対したりなどせんじゃろ」
「当然だ。遠くから王都に出て来たけど、環境が合わなくて故郷に帰る者もいるとはたまに聞くからな」
それを知っているのに何故こんな強行なことをした?と思う二人だが、もう言っても仕方がないと諦める。
「………それでは、お世話になりますだ」
「世話になるぞ」
「ああ、何か必要なものがあったら遠慮なく言ってくれ」
諦めたようにそう言うヨコヅナといつものように偉そうに言うカルレインに、満面の笑みで返してくれるハイネ。
「しかしよく親が許したの?」
「ん?何がだ?」
「恩人とは言え、未婚の娘と一緒に年頃の男を住まわせるなぞ、普通親は許可せんじゃろ」
自立しているがそれは結婚して夫と暮らしているという意味ではない。
ハイネは上に二人の兄がおり末の娘らしい。
大切に育てられてきたことは短い期間だがヘルシング家に泊まっていて分かっている。
未婚の愛娘と会ったばかりの男が一緒に暮らす許可を…
「許可など得っていないぞ」
「「……え?」」
「私の屋敷に私の認めた客人を住まわせるのに、親の許可など必要ないだろ」
何をおかしなことを言っているのだという顔をするハイネだが、その顔をしたいのはヨコヅナとカルレインの方である。
「父上達には後で伝えに行くさ、そんなことよりさっそく部屋を決めよう、私のお勧めは西側の」
「「……ええぇぇぇぇ」」
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