第39話 我と同じこと言っておるの


 朝早くヨコヅナの四股を踏む音が訓練場に響き渡る。

 ここはハイネの屋敷から一番近い軍の訓練場である。

 そんな場所で鍛錬しているのはヨコヅナが軍に入隊したから……ではない。

 ヒョードルの治療で王都に来てから満足に出来ていなかったスモウの鍛錬、それもニーコ村に帰るまでと最小限で我慢していたのだが、ハイネの屋敷に住むことになった以上、稽古出来る場所を確保する必要があった。

 庭でも広さ的には問題なのだが、ヨコヅナの稽古は騒音で近所迷惑になる。

 仕方なくハイネに稽古出来る場所がないかを(軍に入隊したいわけではないことをしっかり伝えた上で)相談した。

 そしてここの訓練場を使用する許可を取ってくれたのだ。


「こんな朝早くから鍛錬とは感心なことだな」


 訓練場が開く時間からになる為、ニーコ村にいた時よりは遅いがそれでも早朝と言って良い時間帯だ。

 ヨコヅナが訓練場にいることが分かったのは、出かけるときに(ハイネの屋敷の執事長)に鍛錬に行く事を伝えてあるからだ。


 ちなみにハイネの屋敷にヨコヅナが住むことは当然のようにヘルシング家の全員が反対した、

 だがハイネは頑として意見を変えなかった。

 ヨコヅナを王都に連れてきたのも、王都で住むのをサポートすると決めたのも自分だから、ヘルシング家に迷惑かける気はないと言うハイネだが、もちろん反対する理由は迷惑云々の話ではない。

 なのだがハイネは聞く耳を持たず、自分の意見を押し通した。


「おはようございます、ハイネ様…あ!」


 ヨコヅナは今稽古ため褌一丁だ、村では誰も気にしないがここでは、それも女性の前でこの格好はまずいのではないかと今更思い至る。


「すみませんだ、こんな格好」

「ハハハ、気にしなくていいぞ。褌一丁で稽古している奴は珍しいがな、しかし……」


 軍に所属しているハイネからすれば男の裸など見慣れたものだ。

 ハイネはヨコヅナに近づき観察するように身体を見る。


「服の上からでもただの肥満ではないと分かっていたが、なるほど……」

「あ~、ハイネ様も稽古しに来ただか?」


 ハイネの視線がむずがゆく話をふるヨコヅナ。


「いや、ヨコヅナの稽古を観させてもらおうと思ってな。私のことは気にせず続けてくれ」

「面白いものでもないと思うだが」(前にもこんなことあったような…)


 ヨコヅナはニーコ村でやっていた通り、すり足、張り手、ブチかましの鍛錬をすることにする。

 すり足の稽古では抱えるのに使っていた丁度いい大きさの岩がない為、武器庫にあった鉄の塊で代用した。

 張り手とブチかましの稽古では綱を巻いたを半分を地面に埋めて立てた木打ち用の丸太を使う。

 しかし木打ち用の丸太はニーコ村で稽古していた大木よりはるかに細く、張り手ならまだしもヨコヅナが本気でブチかましを行うと、

 ボギィッと鈍い音を立てて折れてしまった。


「ありゃ、やっちまっただ」


 借りている訓練場の備品を壊してしまい焦るヨコヅナ。


「……まれにあることだ、気にするな」


 丸太が折れるのは確かにまれにあることではあるが、普通それは使い古されてそもそも亀裂が入っていたり、木が腐っていたりする場合なのだ。

 ヨコヅナが折った丸太は古くもなければ腐っていたようにも見えない。


「今度はもっと太い丸太を用意してもらおう。それより今度王国軍の見学に」

「オラは軍には入らないだよ」

「むぅ~」


 取り付く島もないヨコヅナの返答にムクレるハイネ。


「そんな顔しても駄目だべ」


 王都で住む事になった件でハイネに曖昧な態度は駄目だと悟ったヨコヅナは、お世話になっている身であるが、言わなくてはいけない事ははっきり言うと決めていた。

 このやり取りも既に十回を超えている。


「だが、ヨコヅナの稽古を見ていると、戦場に出て一旗あげるつもりとしか」

「そんなつもりは毛ほどもないだよ。オラがスモウの稽古しているのは」

「分かっている、父親の形見のようなものなのだろ」


 訓練場の相談をした時に親父にスモウを教わったことなども話しているので、ハイネも分かっているはずなのだが、

 ヨコヅナは知っている、ハイネの食い気味のはあてにならないことを。


「まぁ、入隊の件はおいておくとして」

(おいておかず、捨てて欲しいだよ)


 ヨコヅナの心情を知らないハイネの両手には、いつの間にか短めの木刀が握られていた。


「一つ手合わせしないか」


 木刀をヨコヅナに向けてくる。

 二刀ということで先日の貧困街で絡んできたボーザを思い出すが、ハイネとではヨコヅナにとって戦いたくない重大な理由がある。


「あ、いや、オラは女性とは戦わないだ」

「……その事はコフィーからも聞いている、闘技大会の決勝でも相手が女と分かって試合を放棄したそうだな」


 ハイネの雰囲気が変わる。


「ヨコヅナは父上の恩人だし、気は優しくも日々の鍛錬を真面目に行っている所など好感が持てる、お前の作るちゃんこ鍋は美味いしな」


 ハイネは口ではヨコヅナを褒めているが、読み取れる感情には少しの怒気が垣間見えている。


「しかしその考えだけは気に入らないな、それは女性を下に見ている者の考えだ」

「別に、そんなことは……」

「分かっている、それも父親からの教えらしいな。それを頭ごなしに否定してもヨコヅナも受け入れられないだろう」


 今度はちゃんと分かってくれたのかと思ったが安心は出来なかった。

 ハイネの瞳に映る怒気は無くなっていないのだから。


「だから私が叩き直してやろう!」


 やっぱり分かってないだ!?と言葉にするよりも早くハイネの木刀がヨコヅナの首にそえられる。


「なっ!?」


 ハイネが未婚でありながら一人立ちしている理由。

 ヘルシング家の皆がヨコヅナをハイネの屋敷に住まわせる事に猛反対しながらも最後には折れなければならなかった理由。

 実力主義のコフィーリアがハイネを親友と認めている理由。


 ハイネ・フォン・ヘルシング、【閃光】の二つ名を持つ、王国軍の

 親の威光など関係なく、その地位につけるだけの実力を有する強者だからだ。


「ハンデをやろう。殴りたくないと言うのであればそれでも構わない、私を捕まえることが出来ればヨコヅナの勝ちにしてやる」

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