第26話 ズレておるの
「なかなか有意義な時間だったわ」
ヨコヅナは人に物事を教えることに慣れてない上に、相手が王女という最上級の難題をなんとかやり遂げた。
掬い投げの他にも色々な投げ技を教えたり、試合で使った猫だましや、蹴返しなどのタイミング。
四股を踏むことについての意味等の説明もした。
終わる頃には少し空が夕焼をおび始めていた。
「そう言ってもらえると嬉しいですだ」
「最後まで一度もヨコヅナを倒せなかったのが残念ね」
「ヨコヅナは倒れないから
「……面白いわね。ならあなたを倒すのを目標に練習しておくわ」
これだけの体格差があるにも関わらず投げれないとは全く考えないコフィーリア。
「騎士とか貴族とかは抜きにして、王都でスモウの道場を開くというのはどうかしら?」
準決勝前にケオネスが言った提案と同じことを言うコフィーリア。
「優勝こそ出来なかったとは言え、大会で注目を浴びていたし、私が支援すれば人は集まるはずよ」
ケオネスの時はもしもの話であったが王女から直に話が出たからにはかなり現実味を帯びてくる。
「オラは人に教えるのは苦手だとさっきも言っただよ、それにスモウを広めるとか出来るとは思えないだ」
「教え方は悪くなかったわよ、慣れれば大丈夫だと思うけれど。広報活動は人を雇ってやらせればいいわ」
全てを一人でやる必要はなく、任せるところは人に任せる。コフィーリアからすれば当たり前のことであったが田舎暮らしで、人を雇うという経験すらないヨコヅナからは出てこない発想であった。
「王女が手助けしたとても、なかなか難しいとは思うぞ」
口を挟んだのはカルレインであった。
「大会に出ておったダンバートやデュランのような体型に憧れる者はおるじゃろうが、ヨコの体型は素人目ではむしろ忌避される可能性の方が大きいじゃろ」
人がカッコイイと思える均整の獲れた筋肉質の体型とは違い、ヨコヅナは一見肥満体型に見える。
スモウを習えば同じような体型になると言っても誰も魅力を感じない。
「見た目から入る者は多いからの」
「私はヨコヅナの体型、カッコ良いと思うけど…」
「はははっ、そんなこと初めて言われただよ」
「コフィーリア様はたまに美的感覚がズレてるときがありますからな」
「へ~…私がどうズレているのか後でゆっくり聞かせてもらおうかしら」
「あ、いえ、そんな、貴重なお時間を無駄にするようなことでは」
「まぁいいわ。道場の件はニーコ村の活性化を頑張りながらゆっくりとでも考えなさい」
そこでコフィーリアは話を締めくくりお開きとする。
「思ってたより長引いてしまったわ。悪かったわね」
「いえ、オラのほうは後、帰るだけなので…、姫さんは大丈夫ですだか?」
ヨコヅナは寧ろコフィーリアの方が心配だった。
当然のことだか王女はそんなに暇ではない。
途中何度も人が訪ねて来ては催促していたのだがコフィーリアは「後にしなさい」の一言で追い返していたのだ。
「心配することはない。コフィーリア様は自分勝手でわがままな行動も多いが、それが許されているのは人一倍仕事が早いからだ」
「へ~…私のどの行動が自分勝手でわがままなのか後でゆっくり聞かせてもらおうかしら」
「あ、いえ、そんな、貴重なお時間を無駄にするようなことでは」
「大丈夫よ、仕事は人一倍早いから」
「……姫さんは何でも出来るだな」
先ほどの技の飲み込みの速さのことだけでなく、大会を主催して自ら解説、ヨコヅナはよく知らないが王女としての仕事は色々な才覚が必要となるだろうと想像はできる。
「大切なのは出来ると信じて挑戦することよ」
確かにコフィーリアは多くの分野において非凡な才能を持っている。それは本人も自覚しているがだからと言って努力をしていないわけではない。
新しい事を進んで挑戦するからこそ色々なことが出来るようになっていくのだ。
「才とは鍛えなければ衰えていくものよ。ヨコヅナも自分には無理だなんて言わずに色々なことに挑戦してみることね」
「わははっ、耳が痛いのヨコ」
ヨコヅナの生活が楽なものだと言うつもりはないが、同じことの繰り返しているだけとも言える。
それが悪いわけではないが、やはり国が発展していくためには挑戦が必要なのだというのがコフィーリアの考え方だ。
「考えておきますだ」
そんなやりとりを最後に、
「そろそろおいとましますだ」
「うむ、美味い菓子じゃったぞ」
ヨコヅナ達が席を立つ。
ちなみに用意されていたお菓子はほとんどがカルレインのお腹に収まっていたりする。
それを非難するようなことはなく、むしろコフィーリア的には遠慮して残されるより好感が持てる。
「ええ、楽しかったわ。ニーコ村の件は進展があり次第報告を送るように手配させておくわ」
「ありがとうございますだ」
初めの説教は辛い時間だったが、最終的にはヨコヅナにしても有意義なものとなり自然な笑顔を返す。
「では私が途中まで送ろう」
「ケオネスは戻ってきなさいよ、聞きたいことがあるから」
「は、はは、もちろん戻ってきますとも…」
そしてカルレインを肩に載せケオネスに続くように扉に向かうヨコヅナの背に、
「それじゃねヨコ、また逢いましょう」
その言葉に王女様と会う機会なんて今後もあるのだろうかと考えたヨコヅナだが、ニーコ村の件を頼んだのでひょっとしたら訪れたりすることもあるのだろうかと思いつく。
「姫さんがニーコ村に来ることがあったら案内しますだ」
「……ふふふっ。そうね、その時はお願いするわ」
「では失礼しますだ」
「ではの。わははっ」
ヨコヅナが部屋から出ていった後。
「随分とヨコヅナという者の事を気にいったようですね」
「ふふっ、そうね。今まで会ったことのないタイプの男だからかしらね」
「姫様は普通でないものを好まれますからね~」
「変わり者過ぎる気もしますが…」
「顔と家柄しか自慢出来ないつまらない男よりは良いでしょ」
「いじめて楽しんでたようにしか見えませんでしたが…」
「あなたもいじめて欲しいのかしら?」
「遠慮しておきます」
「でも~、姫様がニーコ村に行くことなんてあるんですか~?」
「余程のことがない限り行かないでしょうね」
「ではもうあの者と会う機会などないのでは?」
「……いえ、私はまた会うと思うわ」
「また呼び出すんですか~?」
「違うわ。……そう感じるのよ」
「「感じる?」」
「ええ、女の勘かしらね。ふふふっ」
コフィーリアの勘は鋭い。
そう遠くない内にヨコヅナと再開することとなる、今は想像出来ない状況で。
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