第25話 説明はちゃんとせねばの
「自然が豊かなので狩りが出来れば食うに困ることはないですだ」
「逆に獣に食われる可能性はあるがの」
「畑は村のみんなで共同で管理してるから、一人に負担が掛かりすぎることはないですだ。あとは商人に物を売ったりして金銭も得ているだよ」
「遠いうえに盗賊が出るからたまにしか商人は来ぬがの」
「年寄りが多いだがみんな良い人だべ」
「それは我も保証するぞ」
ヨコヅナとカルレインの話を聞きながらコフィーリアは思案する。
「慣れてなければ狩りも農業も辛い仕事よ。食うに困らないと言っても時期や天候次第で大きく変わるでしょ。他に魅力がなければ若者は集まり辛いわね」
もちろん大きな街でも仕事がなく、食うに困っている者はいる為、人を集めるだけならできるだろう。
だが無作為に人を集めても村が活性化する前に問題事が増えるだろう。
それでは礼としての支援の意味がない。
「なにかメインとなる稼ぎ種があればいいのだけれども…」
稼げれば人は集まるし、価値が高ければ盗賊に対する警備も派遣できる。
「領主のクラモットはどう考えているのかしら?」
「……奴の所有する領地は広さだけはありますから、手が回っていないのでしょう。私から協力を申し出れば反対はしないかと」
ケオネスは言葉を濁したが、手が回っていないのはクラモットがトロいからだ。
悪い人物ではないが、見た目どおり動きも仕事も遅い領主であった。
「……だったらこの件はケオネスに任せるわ。必要なら私の名前を出して良いから報告はして頂戴」
「了解しました」
元々はヨコヅナへのお礼の為、ケオネスに断る理由はない。
話の区切りがつき、
「もう話は終わりですだべな」
ヨコヅナはやっと帰れる、と思いきや…
「まだよ」
「まだ何かあるだか?」
「ええ……それとも私と話をするのは嫌かしら?」
「そ、そそんなことないですだ」
そうは言いつつもヨコヅナがコフィーリアに苦手意識を持っていることは丸分かりだ。
「ふふふっ」
慌てるヨコヅナを見て楽しそうに笑うコフィーリア。
「次はヨコヅナの話が聞きたいわ?」
「オラの話?」
「ええ…例えばあなたが使うスモウのこととか」
「面白い話なんて出来ないだよ」
「普通に話をすれば良いのよ」
「そうだべか…」
そこからヨコヅナは色々な話をした。
スモウの鍛練の内容、獣や盗賊もスモウの技で退治していること、中でもスモウを教えてくれた父親の話が多かった。
「親父の国でスモウは知らない人がいないぐらい有名な格闘技らしくて、その国の中でも親父は1,2を争うぐらい強かったらしいですだ」
「今のあなたが戦っても勝てないかしら?」
「オラなんてまだまだ、足元にも及ばないだよ」
「ふふっ。尊敬しているのね」
ヨコヅナの話の端々から父親を尊敬していることが聞いてて分かる。
「あなたのスモウを体験してみたいわ」
そう言ってコフィーリアは立ち上がる。
「姫さんがですだか?」
「戦うのは駄目でも教えるのは構わないのでしょ」
大会中にステイシーが一子相伝と誇張して実況していたが、秘密にするようなことは全くない。
「……でもだべな」
「怪力のヂャバラを難なく転がしていた投げの技術を知りたいのよ」
「あぁ、そういうことだべか」
王女様が四股を踏んだり、ブチかましでぶつかったりしたいのだろうかと考えてしまったヨコヅナだったが、コフィーリアが知りたいのは投げ技だと聞き納得して自分も立ち上がる。
「オラは人に教えたりするのは慣れてないから、分かり辛いと思うだよ」
「大丈夫よ、理解力はある方だから」
コフィーリアは元々スモウを教わる事も念頭に入れて動きやすい服装でいたのだ。
決してヨコヅナを殴る為ではない。
「最初に誤解がないように言っとくと、スモウは力だけで投げるわけではないだが、力も重要ではあるだよ」
「当然ね……でも、あえてそれを説明するのは何か特別な点があるのかしら?」
「あのヂャバラって選手は確かに力は強かっただが、オラの力が圧倒的に優っていた箇所が二つあるだ」
二つと聞いてコフィーリアは少し考えてから、
「一つは下半身、足腰の力ね」
「これは説明するまでもなさそうですだな」
素人では上半身の筋肉に目が行きがちになるが、下半身に注目してみればヂャバラよりヨコヅナの方がはるかに筋肉が発達していた。
鍛え上げられた下半身がなくては、安定して的確な投げ技を出すことは出来ない。
「そしてもう一つはこれだべ」
ヨコヅナは手を出して小指だけを立てる。
「小指が?」
「そうですだ。スモウにおいて重要な点の一つですだ」
スモウに限らず掴み取るという行為において小指の力は重要になってくる。
コフィーリアはヨコヅナの手を触りながら観察する。
無数の傷はあるが手の平は石のように固くなっている。
試合でもヨコヅナは拳を握ることはなく、平手打ちばかりであった。これだけ頑強にした平手であるなら納得というものだ。
次に小指を見る、確かに常人よりはゴツく固くなっている。しかし、小指は小指だ。普通の5倍も10倍も大きいわけではない。
コフィーリアは小指を両手で掴み、手の甲側に曲げていく。
「それだけ自身があるというなら、このまま力をいれても大丈夫ということかしら?」
意地の悪い笑みでそう言うコフィーリアであるが、
「やってみると良いだよ」
ヨコヅナは笑顔で返す。
手の平を上にした状態で下向きに小指を曲げられているにもかかわらず、腕を上げていくヨコヅナ。
その結果は、
「姫さんは軽いだな」
コフィーリアの足は床から離れ、小指一本にぶら下がる形となったのだ。
「なっ!?」
「小指だけで!?」
ヨコヅナからすれば軽いとは言え、成人女性を小指だけで持ち上げるなんて出来ることではない。
コフィーリアが小指を曲げようとしても持ち上げられた状態では懸垂になるだけだ。鉄の棒にでもぶら下がっている気分になる。
「まぁこんな感じですだ」
もういいだろうとヨコヅナはゆっくりと腕を下げる。
「……二箇所なんて謙遜ね」
確かに小指の力は強いことは分かったが、それだけで今のような芸当が出来る訳が無い。
当然と言えば当然であった、日々の鍛錬で培われた筋肉と研究によって作られた筋肉、同じぐらい筋肉が膨れていたとしても同じ結果が出せるとは限らない。
「力についはこれぐらいにして、次は技を教えて欲しいわ」
力が重要なことは分かったが、一日でどうにか出来ることではないし、コフィーリアはヨコヅナやヂャバラのようにムキムキになる気はない。
「わかっただ……でもどんな投げ技でも、崩しと力の流れが重要となるだよ」
「……崩しと言うのは、相手の態勢を崩すということよね」
「そうですだ。どんなに力があってもしっかり踏ん張った相手を投げるのは難しいですだ」
「力の流れは相手が力を入れている方向を読むということ」
「ほんとに理解力が高いだな」
細かく説明しなくても、言葉の真意を理解するコフィーリア。
「ここからは言葉よりやってみる方が分かり易いだが……」
ここでヨコヅナは少し困る。スモウを教える為とは言え、王女様を投げて良いものかと、それどころか触れることすら本来許されないのではないかと思える。
「大丈夫よ。触ったからって死刑にしたりなんてしないから」
「…ひょっとして心が読めるだか?」
「貴方の顔に書いてあるだけよ」
「わははっ、ヨコは色々表情に出やすいからの」
「コフィーリア様は私が知る限り誰よりも洞察力に優れている。気にすることはない」
さすが王女様だと思いながらも、大丈夫と言うなら投げ技の実践を行うことにするヨコヅナ。
「崩しは相手の態勢を崩せれば何でも良いだ、張り手でも蹴返しでも。オラがあの試合で使った押っ付けというのもあるだ」
【押っつけ】相手の肘を外側から絞り上げるように押し付け、肘や肩を極めて重心を浮き上がらせる技術である。
ヨコヅナはコフィーリアの手をとり、肘を外側から押さえつける。それだけで背骨が伸び踏ん張りがきかなくなる。
「体が死んでしまえば投げるのは簡単だべ」
「……ただ組合っているように見えて、細かい技術を使っていたのね」
「スモウはいかに自分の力が入り、相手が力の入らないように組み合うかが肝だべ」
「試合では相手が抵抗してくるわ」
「そうだべ。だから姫さんは力を入れて抵抗してみるだ」
言われたとおりコフィーリアは押される腕を押し返すように力を入れる。
その瞬間体がフワリと浮く。
ヨコヅナが反対側の脇に腕を差し込み掬うように投げる、【掬い投げ】をやってみせたのだ。
「触れてる部分から相手の力の流れを感じ取り、その力を利用しつつ抵抗出来ない瞬間に合わせれば少しの力でも投げれるだ」
もちろん床に落とすようなことはせず、落ちる前に背中を受け止める。
「まぁこんな感じだべ」
コフィーリアは背中を抱えられながら、ヨコヅナを見上げる。
「………なるほどね。次は私がやってみるわ」
コフィーリアはそう言うが、この一連の動作は簡単に出来るものではない。
それもコフィーリアの体格でヨコヅナを投げるとなると、当然ヨコヅナがコフィーリアを投げるよりも数段難しい。
いかに押っ付けで体勢を崩そうとしても、
いかに抵抗する力を利用しようとしても、
いかにタイミングを合わせようとしても
「なかなか上手くは……」
続きの「出来ないだよ」という言葉が遮られる、ヨコヅナの足が床から離れたからだ。
「っ!!?」
慌てて踏みとどまり、倒れないように堪えるヨコヅナ。
「言ったでしょ。理解力はある方だと」
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