第24話 何とかならなかったようじゃ
豪華な家具に煌びやかな装飾品が上品に整えられた部屋。
どれ一つとってもニーコ村で頑張って働いたところで一生購入することができない程高額な物ばかりだ。
そんな不釣り合いな部屋でヨコヅナは座っていた。床に…
もちろん座り心地に良い椅子も、ふかふかのソファーもある。
しかしヨコヅナが座っているのは床だ。正座で…
「なんでオラ、こんなとこにいるだ?」
「それはヨコが決勝を途中で放棄した上に、表彰式をすっぽかしたからじゃろ」
「その通りよ、ヨコヅナ」
正座させられているヨコヅナの前にコフィーリアが仁王立ちしていた。
豪華なのも当然、ここはコフィーリア王女が客人を招くための応接室だからだ。
大会の翌日、決勝を途中放棄し表彰式に参加しなかったヨコヅナをコフィーリアが呼び出したのだ。
「何か弁明はあるかしら?」
「え、え~と……」
ヨコヅナは助けを求めるように部屋の隅にいるケオネスに視線を送る。
しかしケオネスは目をそらす。
決してケオネスは薄情なわけではない、むしろ頑張ったのだ。
大会後「ヨコヅナの行動は王女を侮辱するものだ」「厳しく罰するべきだ」という言葉も出たがそれはケオネスが抑え込んだ。
決勝とはいえ降参して自ら場外へ出ることは別に規則に反してはいないし、攻撃を受けすぎたヨコヅナは意識がはっきりしておらず、安全を第一に考えケオネスの指示で帰らしたということにしてくれたのだ。
しかしそんな言い訳はコフィーリアには通じない。
公に罰するようなことはしないが、個人的にお説教することを止めることは出来なかった。
部屋にはカルレインもいるが、
「モグモグ、うまいの!この菓子、わはははっ!」
こちらは助けるどころかこの状況を楽しんでおり、ソファーで高価なお菓子を食べていた。
ちなみに部屋には他に王女付きの執事とメイドもいる、もちろんこの二人がヨコヅナを助けることはない。
執事はコフィーリアの後ろに控えており、メイドはお茶とお菓子の用意をしている。
「どこを見ているのかしら」
威圧的な声に身を震わすヨコヅナ。
「あのですだ…オラは負けたから、表彰とかされないのでは?」
「表彰は決勝に進出した上位二名よ。開会での説明を聞いてなかったのかしら」
聞いていなかったわけではないがすっかり忘れていたのだ。
でかい体を縮こませるヨコヅナ。
「試合であれだけ攻撃を受け疲弊していたでしょうから、表彰式をすっぽかしたことは良いとしましょう」
今までの大会でも試合中の怪我で表彰式に出れなかった者は少なからずいた。
ケオネスの言い訳も一応筋は通っている。
「けれども、あの試合放棄はどういうことかしら?」
ヨコヅナが怪我の影響ではなく、トーカの正体が分かったから降参したのは傍から見ても分かった。
「オラは女性とは戦わないですだ」
「……それは女は男より劣っていると言いたいのかしら?」
コフィーリアの声が冷たいものになる。
「ち、ち違いますだ」
声に本気の怒りが含まれる事を感じ取りヨコヅナは慌てて弁明する。
「親父から女性に暴力を振るってはいけないと教えられたし、オラも女性は殴りたくないと思っているですだべよ」
慌てるあまり語尾がおかしいヨコヅナ。
そんなヨコヅナを黙って見つめるコフィーリア。
フェミニストは幾人も見てきたがそんなものは表面上だけ、優しくする必要のない女相手には裏で平気で暴力を振るう男ばかりである。
「トーカはあなたと互角以上に戦える女よ」
「強い弱いは関係ないですだ」
「あれだけ殴られたり踏みつけられたりしたのにかしら?」
「命の危険があるなら別だべが、あれぐらいたいしたことないですだ」
「二回戦の時にように場外に出すという方法もあったはずよ」
「あれもスモウですだ。女性とスモウをとるのは暴力を振るうのと同じだべ」
「……そう」
コフィーリアはヨコヅナを見下ろしながら、
「本当は説教だけのつもりだったのだけれど気が変わったわ。一発殴らせてもらおうかしら」
そんなことを言い出した。
「コフィーリア様それはさすがに…」
「大丈夫よ。素手で殴るし、顔だと目立つからその自慢のお腹にしといてあげるわ」
止めようとするケオネスに虐めっ子のような暴論を言うコフィーリア。
「わははっ、それは面白いの、やったれやったれ」
何故か賛同するカルレイン。
「…ですがヨコヅナは試合での傷も癒えてないですし」
「大丈夫だべ、それで説教が終わるなら構わないですだ」
腹を一発殴られるだけでこの辛い説教が終わるならと立ち上がるヨコヅナ。
「その余裕の顔が続けられるかしら」
皆の注目が集まる中、コフィーリアはヨコヅナの正面に立つ。
コフィーリア王女の服装はドレスではなく高価で上品だが動きやすい軽装だ。
皆が思い描くお姫様としてはふさわしくない格好のように思えるがコフィーリアにはとてもよく似合っていた。
なによりヨコヅナに一撃入れるために構えるコフィーリアには。
その堂に入った構えを見て棒立ちだったヨコヅナは慌てて体に力を入れる。
「ハァっ!」
気合と共に繰り出した強烈な一撃がヨコヅナの腹に突き刺さる。
「っ!?」
想像以上の衝撃にヨコヅナの表情も歪む。
「……なるほど、打撃が効かないわけね」
殴っておいて一人で納得しているコフィーリア。
「い、いや、効いてるだよ。大会で受けたどの攻撃よりも痛いかっただよ」
「当然よ。もし私が大会に出場していたら優勝するのは私よ」
大言壮語などではなく、絶対たる自信を持っているようだった。
ワンタジア王国では女性が武術を学ぶことに忌避はほどんどない。
コフィーリアも望んで武術を習っていたのだが、その実力は並の指導者では裸足で逃げ出す程であった。
そんなコフィーリアの本気の一撃を受けても痛いで済んでいるからこそ効いていないと表現したのだった。
「大会での件はこれでチャラにしてあげるわ」
「はぁ…」
「お礼の言葉は?」
「……ありがとうございますだ」
殴っておいてお礼の言葉を要求するという理不尽すぎるコフィーリアに、納得できないながらも従うしかないヨコヅナ。
「よろしい。ではお説教はこれで終りね」
「じゃあ帰って良いだか?」
「駄目よ」
「ええっ!?」
「まだ話すことがあるもの、むしろこれからが本題で説教はついでよ」
(今までのがついでだと!!?)と慄くヨコヅナ。
「そんなに身構えなくてもいいわよ。説教は終わったと言ったでしょう、ここからは普通の話し合いよ」
「話し合い?」
王女様が自分なんかと話すことなんてあるのだろうかとヨコヅナは首を傾げる。
「これから言う事は命令ではないから、気を使わず嫌なら断ってくれて構わないわ」
そう前置きをしておいてから、コフィーリアは簡単な案件から行きましょうかと話を始める。
「決勝で戦ったトーカが再戦を望んでいるのだけど、どうする?」
「……?、勝ったのになんでそんなこと望むだ?」
「不服だからでしょう。あんな勝ち方が…」
勝ったのだから良いじゃないかと思うヨコヅナ、トーカが不服だろうとなんだろうと返答は変わらない。
「お断りしますだ。さっきも言ったようにオラは女性とは戦わないだ」
「でしょうね。でももう一人いるのよ、あなたの試合を見て是非戦いたいと言っている人物が。こっちは同年代の男よ」
「誰だべ?大会に出てた人だか?」
「今回の大会には出場してないわ。前大会の優勝者だから私が出場させなかったの。だけど、代わりに今回の優勝者と試合をセッティングする約束をしていたのよ」
余談だが、そもそもこの約束はダンバートと前優勝者との間で取り交わされたものであった。
ダンバートはその者に前大会の決勝で敗北しており、今大会で優勝したらリベンジマッチを行う約束になっていたのだ。
それをコフィーリアが参加を許可しなかった詫びを兼ねて優勝した者と試合をセッティングすることにした。
「だったら試合するのはオラじゃないじゃないだべか?」
ヨコヅナは準優勝であって優勝はしていない。
「でも彼が戦いたがっているのはあなたなのよね」
正直意味が分からないがヨコヅナは取り合えず、
「お断りしますだ」
断った。ヨコヅナは前大会の優勝者なんかに興味ない。
「彼は同年代では敵無しと言っていいほど強いわ」
その者は闘技大会だけではなく、コフィーリアが主催した同じように年齢制限がある武器の使用を可とした闘武大会でも優勝しており、どちらの試合においても他を圧倒する実力で全て苦戦することすらなく勝利していた。
今大会に出場させなかったのは、正確には前回優勝したからではなく強すぎて面白くなくなるからだ。
「そんな強者に自分の力が通用するか、試したいとは思わないないかしら?」
「全然思わないですだ」
大きく首を横に振るヨコヅナ。
ケオネスから事前に、ヨコヅナは試合に勝利しても喜ぶどころか辛そうにしていたとコフィーリアは聞いている。
戦いに勝つことや強者との戦いに喜びを感じるタイプではないことは分かっていた為、この反応は予想していたものだった。
「だったら仕方ないわね。彼らには諦めるように私から言っておくわ」
「ありがとうございますだ」
「さて次は提案なのだけれど……。ヨコヅナ、騎士になる気はないかしら」
「オラが騎士に!?」
コフィーリアの言葉に驚くヨコヅナ。
無理もない、騎士は貴族なのだから。正確には準貴族だがヨコヅナからすれば同じようなものだ。
「これは公言はしていない事だけれど、大会で成績を残し私が認めた相手には特例として騎士への推薦をしているのよ」
「だったらそれもオラじゃないんじゃないだべか?」
「トーカにも既に話をしたわ。答えは保留中だけれどね。その上でヨコヅナにも提案しているのよ」
騎士になる、アークが将来の夢として語って村を出た目標。
しかしそれは田舎の農民からすればまさに夢のような話であり、夢は夢のまま終わることが常であった。
だが王女からの推薦があれば、もちろん相応の努力は必要となるがその道は確かなものだろう。
そんな夢のようなコフィーリアからの提案をヨコヅナは、
「お断りしますだ。オラにはとても務まりませんですだ」
「そんなことないと思うけど。……なんだったら私直属の近衛騎士にしてあげてもいいわよ」
その言葉に今度はケオネスも驚く。
コフィーリア直属の近衛騎士は王国軍でもエリート中のエリート。それほど迄にコフィーリアはヨコヅナを評価しているかと。
だというのにヨコヅナは即答で、
「お断りしますだ」
「ちょっとは考えなさいっ!」
ヨコヅナの足に鋭い下段蹴りが叩き込まれる。
「痛っ!……気を使わず断って良いって言っただよ姫さん…」
「即答はムカつくわ。……はぁ~」
コフィーリアは呆れて大きくため息をつく。
「あなたはいったい何が望みなの?決勝を途中放棄し表彰式を辞退したのだから単純にお金が欲しいというわけでもないのでしょ?」
今大会では成績に応じては賞金がでる、優勝賞金は田舎暮らしの者からすれば大金がであり、額は落ちるが準優勝者にも賞金が出される。
ヨコヅナはそれを放棄したに等しい。
ちなみにヨコヅナが貰うはずの賞金はケオネスが預かっており、もちろん後で渡すつもりだ。
強者との戦いも望まない、貴族の地位も望まない。
コフィーリアにはヨコヅナの考えが理解できなかった。
「そういえば私も礼をするといって、具体的な話をしてなかったな」
これ以上コフィーリアが乱暴をしないよう、ケオネスも会話に入ることにした。
「まぁ、お金は欲しいだが…、それよりもニーコ村に人が来るようにして欲しいですだ」
「人か来るように……つまり村の活性化を支援して欲しいということ?」
「その通りですだ」
「……確かに村に暮らす者にしてみれば重大で深刻な問題ね。あなたのような若者が一番に問題視するかは別にして」
「いやいや問題じゃぞ。今のままでは嫁も見つけられぬからの。じゃろヨコ」
「……それもあるだな」
ヨコヅナも年頃の男だ、そういうことも考えるのは当然であった。
「王都に来て騎士になればいくらでも見つかるわよ」
「オラが騎士になってもモテたりなんてしないだよ」
ヨコヅナは勘違いしているが、外見ではなく地位をみて近寄ってくる女は少なからずいる。
騎士になるだけで選べる立場になれるのだが、田舎育ちの純朴な少年にはそんな考えはなかった。
「……ふふ、まぁいいわ」
そんなヨコヅナを可笑しそうに笑ってから、
「ニーコ村の現状について詳しい話を聞きましょう。座りなさい」
真剣な仕事の時の顔になり、ソファーに座ることを促すコフィーリア。
その指示に、もう正座しなくて良いのだと安堵するヨコヅナだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます