第7話 演技が下手かは知らんがの


 ヨコヅナとその肩に乗ったカルレインに案内されて、着いた鍛錬場はケオネスの想像していたモノとは違っていた。

 ケオネスはこの村に自警団のようなものがあり、十数人ぐらいの鍛錬する場所があるモノと思っていたのだが、しかしついて行った先は村に隣接する森の中。

 しばらく森を進んだところの、大木を中心に木々のはれた場所でヨコヅナは鍛錬をしている。


「はぁ、はぁ、やっと着いたか」


 たいした距離でもないのにクラモットは息を切らしていた。


「だらしない奴だ、少しは痩せよ」


 ケオネスは呆れてクラモットのだらしなく出た腹を見ながら言う。

 ヨコヅナも同じように肥満体型だが、カルレインを肩に乗せていても息ひとつ切らせていない。


「タメエモンさんが亡くなってからも、毎日一人で鍛錬を続けていたのか」

「もちろんだべ」

「タメエモンと言うのは?」

「親父の名前だべ、スモウは親父から教わったですだ」

「スモウ?」

「ヨコがつかう格闘技の名称じゃ」

「……聞いたことの無い格闘技だな」


 王女の趣味に付き合ってそこそこ知識があるつもりのケオネスも、スモウという格闘技に聞き覚えがない。


「タメエモンさんは遠くの国出身らしいので、知らないのも無理はないかと」

「そうか、…でここでその鍛錬をしているわけか」


 一見体を鍛える道具は見当たらないが異様なモノが目につく。

 大木を中心に大きく円を書くように出来た二本の溝。


「この溝は何を行うためにあるのだ?」

「行うためというより、ただのすり足の跡だべ」


 そう言ってヨコヅナは上着を脱いで上半身裸になり溝の近くの岩を抱きあげる。


「そんな大きい岩を軽々と!?」


 岩は樽ほどの大きさがある、そんな岩を抱え、そして腰を下ろし溝に沿ってすり足を行って見せるヨコヅナ。

 ザッザッザッとヨコヅナは簡単に進んでいく、服で隠れいていた盛り上がった筋肉からその力強さが見て取れる。

 さきほどクラモットと同じ肥満などと思ってしまったがそれは間違いだった。

 クラモットのだらしない身体と、ヨコヅナの張りのある身体は全く別物だ。


「こんな感じですだ」

「…そ、そうか」


 ケオネスは下ろされた岩に近づき、持ち上げようとしてみるが、


「うぬぬぅぅ、ぐぬぬぅぅぅ」

「無理はせぬ方が良いと思うぞ」


 岩を持ち上げるどころか浮かせることすら出来ない、無理をすれば腰を痛めてしまうだろう。


「はぁはぁ。…そのすり足という鍛錬を毎日か?」

「そうですだ」


 それが嘘でないことは、草一本生えていない二本の溝が物語っていた。

 次に目を引いたい異様なモノは中央にある木。

 別に木の種類が異様というわけではない、大人二人がかりでやっと腕が回るほどの太い幹ではあるが普通の大木だ。

 その大木が、


「傾いている…」


 一点が大きく削れてへこみが出来ており、その反対側へ傾いている。


「これは木打ちの跡、だと思うが…まさかそれで」


 近くでへこみを見てみると、黒いシミのようなモノが付いている。


「ヨコ、ひとつブチかましでも見せてやれ」

「……カルは何故鍛錬を見せようと言っただ?」

「他にどうやって実力を見せるというのじゃ?」

「それは……護衛の人と試合をしてみるとか」

「じゃろうな、そしてわざと負けて大会に出なくて良いようにするとか考えたか?」

「…それは」


 確かに大会に出場するに値しないと思わせれば、とはヨコヅナも考えていた。


「ヨコの下手くそな演技でバレないわけなかろ。わざと負けたりすれば余計に不興を買うことになる、大会で負けるよりもな」

「……そうだべか」

「じゃから手加減せずブチかますのじゃ」


 ペシっとヨコヅナのケツを叩くカルレイン。

 それに対してため息を吐きながら、しぶしぶ大木の前へ向かう。


「次は何を見せてくれるのだ?」

「何故大木がああなっているのか、見てれば分かるぞ」


 ヨコヅナは大木の前で股を広げて腰を落とし、前に手を付いて前傾姿勢になる。

 大柄な体格からは想像もできないスピードで大木へとぶつかる。

 森に響き渡るほどの轟音。


「なっ!?」

「あんな太い大木が揺れている!?」

「タメエモンさんよりも強くなっているんじゃないか!?」


 信じられないモノを見たとばかりに驚く一同。


「さて、まだヨコヅナの実力を見たいと言うのであれば、あとはそこの兵と手合わせでもするしかないが、どうするかの?」


 カルレインのそんな問いかけに、ケオネスは護衛の兵の方を見ると、二人共素早く手を挙げて宣言する。


「「ヨコヅナ殿は推薦する選手に相応ふさわしいと思います!!」」


 二人共ヨコヅナと戦いたくないのが丸分かりである。


「はぁ、お前たち素直なのは良いが、護衛としては不安だぞ」


 ため息をつきながら、ケオネスは頭に手をあてる、しかし気持ちは理解出来なくもない。


「ヨコヅナ」

「はいだ」

「大会まであまり時間がない、三日後迎えをよこす。その間に準備を済ませられるかな?」

「え!?え、え~と」

「問題ありません!」


 困っているヨコヅナより先に村長が答える。


「そうか。はははっ、これでコフィーリア様に良い報告が出来そうだ」


 ケオネスはもうヨコヅナに試合に出場するかを問わない、問う必要がないと考えたからだ。

 これほどの鍛錬を理由もなくするはずがない。

 彼はきっとこういう機会を待っていたのだろう、力を発揮できる場を。


「え、あ、ちょ」

「ヨコ、畑等のことは任せておけ。準備も手伝うからな、必要な物があったら遠慮なく言ってくれ」


 ヨコヅナが何か言おうとするも村長が遮る。

 

「本当に良かった良かった」

「では戻るとしましょう、ケオネス様」


 意気揚々と村へ戻るケネオス達。

 もう断れる雰囲気ではない。


「わははっ、予想通り面白いことになったの」

「はぁ、予想以上の困ったことになっただよ」

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