第5話 初めてじゃと!?


 鍬を振り上げ土を掘りあげるヨコヅナは畑仕事に従事していた。

 王都に出て行ったヨコヅナと同世代の子供たちは土いじりと馬鹿にして嫌っていた畑仕事を、ヨコヅナは嫌いではなかった。

 地味だけど、重労働だし、汚れるし、うまく出来ないことも多々あるが、一生懸命育てた作物が美味しく出来たときは嬉しく思えた。

 カルレインも小さい鍬を持って畑仕事を手伝っている。


「ふう、腹が減ったの~」

「さっき朝飯食べたばかりだべ」


 はじめてからさして時間も経っていない、飯は5人前はぺろりと食べるのに、仕事は1人前以下だ。


「お昼までまだ時間があるべ、しっかり働くだよ」

「全く効率の悪い仕事じゃの」

「おはよう、ヨコちゃん」


 ヨコヅナ達が畑仕事をしていると、隣に住むキキおばちゃんが訪ねてきた。


「おはようだべ、キキおばちゃん」

「おはようじゃ」

「カルちゃんもおはよう、干し芋食べるかい」

「お~!もちろん食べるぞ」


 鍬を放り出して素早くキキのもとへ駆け寄り、干し芋を頬張るカルレイン。


「カルちゃんもお手伝いかい」

「ふむ、ほうひゃ」

「えらいね~」


 笑顔でカルレレンの頭を撫でるキキおばちゃん。

 最初突然現れた正体不明の少女を、村のみんなは不審がるのではと、村に住まわせるのをどう説明したものかと悩んでいたが、

 問題が起こるどころかカルレインは村のみんなに可愛がられていた。

 今、村に小さい子供はいない、ヨコヅナ以外の皆からすれば孫のような年齢(見た目)のカルレインは保護浴を掻き立てることはあっても不審感をあたえることはなかった。


「そうそう、ヨコちゃん聞いたかい?村長のことだけど」

「村長がどうかしただか?」

「最近調子を崩していただろ、なんでも寝込んじまったらしいよ」

「え!?ただの過労じゃなかったべか?」

「本人はそう言ってたけど、歳も歳だしね~」


 60過ぎの村長は以前は歳を感じない程元気に働いていたが、ここのところ体調を崩していた。

 本人はすこし働きすぎたのだろうと、言っていたが寝込んだとなると心配になる。


「……そうだべか、じゃ見舞いに行くだべかな」

「二三日様子を見て元気にならないようなら、大きい町の医者に診せに行くらしいよ」

「わかっただ。今日の午後にでも行ってみるだよ」


 その後しばらく雑談をした後、畑仕事に戻る。

 午前の分の仕事を終わらして、昼飯を食べたあとヨコヅナは村長の家へと向かう。


「我もいくぞ」

「カルも来るだか?」

「どんな容態なのか、気になるからの」


 カルレインに何かわかるのだろうかと思いつつも、拒むことでもないので一緒に連れて行くことにする。

 村長の家を尋ねると、息子さん夫婦と話をし村長の寝ている部屋へと案内される。


「大丈夫だか?村長」

「すまないなヨコ見舞いなんて、カルちゃんも来てくれたのか」


 村長は笑って出迎えてくれるが、顔色は悪く無理してるのが見て取れた。


「起きなくていいだよ」


 身を起こそうとする村長をヨコヅナは止める。


「こんなの少し寝ていれば治ると思ったが、わしも歳かな」

「ちょっといいかの」


 バサッ!といきなりカルレインが村長の掛け布団をはがす。


「へ、カルちゃん?」

「カル何するだ!?」

「少し黙ってじっとしておれ」


 カルレインは村長の額に手を当てたり、脈をとったり、上着の裾をあげて肌を観たりと、見た目が子供だから異様に見えるが診察しているようだった。


「肌にシミがあるの、これは最近できたものか?」

「……どうだろうな、この歳になるとシミなんていくつでもあるから気にしてなかったが、でも確かに最近多くなったような…」


 その後もカルレインはいくつか質問して、


「……ふむ、今は無理せず、寝ておくことじゃな」

「はは、そうかいありがとう」


 カルレインの診察結果のような言葉に、苦笑しつつ礼を言う村長。


「すまないだな、村長」

「いやいや、心配してくれてうれしいよ」

「……ヨコ、そろそろ帰るぞ」

「?…そうだべな、それじゃ村長オラたち帰るだよ」

「ああ、また遊びに来なさい」


 息子さん達にも帰ることを言って、村長の家をあとにする。


「何か分かっただか?診察みたいなことをしてただべが」

「みたいではなく診察じゃよ、一旦戻って準備をしてから森へ向かうぞ」

「…なんでだべ?」

「村長の病気、このままでは死に至るぞ」

「へ!?し、って死ぬってこのだべか」

「そうじゃ」

「た、大変だべ」

「慌てるな」


 ペシッとヨコヅナの頭をはたくカルレイン。


「だからこれから森へ薬となる素材を取りに行く」

「治るだか?」

「今なら薬で治る段階じゃよ」

「でも森に、そんな病気を治す薬の素材があるだか?」

「我が何も考えず、ヨコの狩りについて行って森を歩き回っていたと思っておるのか?」

「……歩き回っていたのはオラで、カルはほとんど肩に乗ってて歩いてないだよ」

「我は天才じゃからの、医療にも精通しておる」


 ツッコミはスルーするカルレイン。


「薬の素材となる物が森にあるのも把握済みじゃ」

「なら急いでいくだよ」


 ヨコヅナはカルレインを肩に乗せたまま走って家へと戻った。





 数日後。

 ヨコヅナの家の扉がノックされる。


「ヨコ、いるか~!」


 外から元気に扉を叩いて、呼びかけて来たのは。


「村長!、もう動いて良いだか?」

「おう!このとおりよ!」


 顔色も良くなって、力強くサムズアップする村長。


「ヨコに貰った栄養剤が効いたようだ」


 村長の見舞いに行ったその日に、カルレインの指示に従い森に行って素材を集め、調合して薬を作った。

 ただ、医者でもない、それも子供が調合した薬を飲めと言っても抵抗があるだろうと思い、元気が出る栄養剤ということにして渡したのだった。


「それは良かっただよ」

「これは礼だ、受けとってくれ」


 村長が渡してきたのは、村では口にすることの少ない甘菓子の詰め合わせだった。


「お~!これは甘いやつじゃな、甘いやつじゃろ、うまそうじゃ!」


 ヨコが何か言う前に、近くにいたカルレインが受け取って持って行ってしまう。


「はははっ、喜んでくれてなによりだ。それじゃわしはもう行くとするよ、仕事が溜まっているからな」

「まだ無理しちゃ駄目だべ」

「わかっている。息子達からも言われているからな」

「村長、働くのは良いが栄養剤はちゃんと飲むのじゃぞ」

「?…もうすっかり良くなったが」

「だめじゃ、もうしばらくは飲み続けよ」


 さっきまで甘菓子を見てニコニコしていた顔から一変、子供とは思えないな有無を言わせない口調のカルレイン。


「…わかったよ。はぁ、あれ苦いんだよな~」

「良薬口に苦しって親父が言ってただよ」

「はは…まったくそう通りだな」


 そう言って薬の味を思い出したのか苦い顔で帰っていく村長。


「……ヨコの親父さんはこの村の出身ではないと言っておったの。どこの国出身じゃ」

「親父はすごく遠くから来たと聞いただよ。え~と確かだったべかな」

「シンシュウ……やはり知らぬ地じゃな。ところで、もうこれ食ってよいかの」


 会話しながらも視線はずっと甘菓子に向いたままのカルレイン。


「もちろんいいだよ。村長が元気になってよかっただ」

「ふむ、ほうひはっへんへひはほがほはっはの」


 すでに甘菓子で口をいっぱいにしているカルレイン。


「何言っているのか分からないだが、もっと悪くなってからだったら危なかったってことだべか」


 ヨコヅナの言葉に頷くカルレイン。

 もう見慣れたリスのように頬を膨らませて食べるその姿、大食らいですぐへばる少女。

 厄介なものを拾ったかと少し思いかけてたが、


「カルが居て良かったと初めて思っただよ、ありがとうだべ」

「ゴクン!わははっ、当然じゃ。言うたであろう我は天才じゃと、これぐらいどうということはない」


 ヨコヅナの礼に口の中の物を飲み込んでから答えるカルレイン。


「恩は利子をつけて返してやるから楽しみのしておくのじゃな」

「…じゃあこれからもよろしくだべ」

「うむ、…あ、今日はちゃんこが食べたいぞ」

「ははは、わかっただよ」


 お菓子を頬張りながらも、夕食のリクエストをするカルレインにヨコヅナは笑いながら了承する。


 カルレインが来てから以前の、のんびりとした生活と同じようで少しずつ変わっていくヨコヅナの日常。

 少しずつ少しずつ確実に変わっていく、まるで大きく変化するための助走を初めたかように。


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