第4話 我の指定席じゃ
ヨコヅナは毎朝森でスモウの鍛錬を行っている。
四股を踏む音が森に響きわたる。
「よし、今日も良い調子だべ」
ヨコヅナは四股を踏むことで鍛練と同時に自身の体調の良し悪しをはかる。
今日も健康であることを確認し、次の鍛練へと移る。
「ふあぁぁ~、……いつも早くから出かけてると思ったらこんなところで鍛練か、精がでるの」
鍛練を続けていると寝起きであくびをしながらカルレインがやってきた。
「おはようカル、よくここがわかっただな」
「音が聞こえておったからの」
ヨコヅナの鍛練は四股ひとつにしても地響きのような轟音、迷惑にならないように村から離れて森の中でやっている。
「もう少しかかるから、帰って寝直してていいだよ」
「いや、このままヨコのスモウの鍛練を観させてもらう」
「?…面白いものでもないと思うだが」
ヨコヅナは気にせず、鍛練を続けることにした。
カルレインが来てから数日が経つ、その間ヨコヅナと行動を共にして色々観察し、あとはよく食ってよく寝て、そんな風に日々を過ごしていた。
観させてもらうの言葉通り、カルレインは真剣な目で鍛練を観察する。
大きい岩を抱え深く腰をおろし、足を地面から離さずスルように進む、【すり足】の鍛練。
太い大木の前に軽く腰をおとして立ち、左右の腕交互に平手を打ち出す、【張り手】の鍛練。
大木から少し距離をあけ、深く腰をおとし前に手をつき、そこから前に立ち上がる勢いと踏み込みの突進力で額からぶつかる、【ブチかまし】の鍛錬。
「ヨコは何故鍛えておる?」
カルレインがそう聞いてきたのは、ヨコヅナが相手を想定しての投げ技の鍛練をしている時だった。
「……スモウは親父が教えてくれたものだから」
ヨコヅナにとってスモウは父親が残した形見とも言えた、鍛練を辞めるのは形見を捨てるようなものであった。
「あとは、平穏にのんびり暮らす為だべな」
「のんびり暮らす為?」
ヨコヅナの鍛練は長時間ではないが質の高い厳しいもの、のんびりとは真逆で平穏どころか戦にでも備えているのかと思えるほどだ。
「戦場に出て一旗あげるつもりかと思ったがの」
「そんなつもりは毛ほどもないだよ。村で暮らしててもこの間のように熊に遭遇したり、たまに盗賊が襲ってきたりもするだよ」
ド田舎の村でのんびり暮らすにしても身体が資本、そして危険から身を守れなければ平穏には暮らせない。
ヨコヅナの過剰とも思える鍛錬はもしもを考えてのもので、決して野望を抱いているわけではない。
「……大きな体をしてるくせに、夢の無い小僧じゃの。…しかし強くはなりたいわけじゃな」
「そうだべな、何が起こるのか、わからないのが人生だと、親父も言っていただよ」
「ふむ、ではちょっとそこに座れ」
「なんだべ?」
言われたとおり座るとカルレインがヨコヅナの身体のあちこちを摩ったり、叩いたりと触診する。
サワサワ!ペチペチ!
「……うむ、ハリのある良い肉付き、うまそうじゃの」
「怖いだよ!」
身をよじって離れようとするヨコヅナ。
「わははっ、冗談じゃ」
熊の肉をモリモリ食べてたのを見ているだけに、冗談に聞こえないセリフだった。
「刃物で切られた傷もあるの」
「盗賊にやられたものだべ」
「そうか…毎日稽古を欠かしていないことがわかる、ここまで基礎が出来ているなら怪我の問題はなかろう」
「危ないことするだか?」
「ろくに鍛えてもいない身体でならの、ヨコなら心配ない。では立ってさっきやってた平手で木を突くのをやってみよ。全力でじゃ」
頭に?を浮かべながらも言われた通りに木の前で構えをとり、【張り手】をするヨコヅナ。
常人ではビクともさせれないだろう大木を張り手一発で震えさせる。
「うむ、ヨコは打の技術もまずまず身についておる、大地を踏み込む力を足へ、足から腰、腰から肩、肩から腕、そして力を対象にぶつける」
「そんな難しいことは考えてないだよ」
「これからは少しは考えるのじゃな、その方が体内魔力は扱いやすい」
「体内魔力?魔力って魔法を使う力のことだべか?」
「魔法を使う力であることは確かじゃが、そもそもは生命エネルギー、他の言い方では、気、オーラ等とも呼ばれておる。全ての生物が持っているものじゃよ」
「……気は親父も言ってただが「病は気から」とか明確な効果があるものではなく、ふんわりしたものだったべ」
「そのふんわりしたことをはっきり意識して行うことで飛躍的向上が見込めるのじゃ」
「う~ん?つまり魔法の練習をするだか?」
「違うぞ」
「???」
頭の中の?の数が増えるヨコヅナ。
「あくまで肉体の能力向上に魔力を使うのじゃよ」
「それは魔法とは違うだか?」
「そうじゃ、しかし細かいことを今説明しても理解できぬじゃろ」
「すでに?で頭の中はいっぱいだべ」
「では、分かりやすくお手本を見せようかの」
カルレインは木の前に立ち構えをとる。
ズドォンッ!!!
ヨコヅナは目を見開いて驚くことになる。
ヨコヅナの一撃よりはるかに大木を揺らすカルレインの張り手。
「体内魔力を使えばこのとおり、小さい体でもこれだけの威力を出すことができる」
この数日一緒に過ごして、カルレインの筋力は見た目相応だということはヨコヅナもわかっていた。
どれだけ技術が高かろうと、小さい体であれだけの威力を出すことは不可能。
「さきほど力の流れを説明したじゃろ、あの流れに魔力をのせて手の平で相手にぶつけるイメージじゃ」
ヨコヅナはもう一度木の前に立ち、今度は力の流れと体内魔力を意識して張り手を打ち出す。
「……出来てたべか?」
「いいや、全くじゃ。すぐに出来るものではない。スモウの鍛錬と同じで毎日の積み重ねが大事じゃ。才能ある者はすぐ出来たりするがの」
「オラは才能ないだか?」
「いや、体内の魔力量には恵まれておる、まずは自覚することからじゃ」
有ると認識し、出来ると確信し、呼吸をするように当たり前にあつかう。
「まずはそれからじゃな」
「……それが出来るようになったら、ひょっとしてオラも魔法を使えるようになれるだか?」
のんびりな暮らしを望むヨコヅナでも、魔法にはちょっと憧れていた。
「魔力をあつかうのと魔法を使うのとではまるで違う。出来ぬとは言わぬが……」
「言わぬが?」
「10年毎日練習して、小指の先ほどの火を灯せるかどうかじゃの」
「オラに魔法の才能はないってことだべか……」
ヨコヅナが大きく落胆していると、グゥ~とカルレインのお腹が鳴る。
「魔力を使って腹が減ったの」
「鍛錬はここまでにして、帰って朝飯にするだよ」
「うむ、大盛りで頼むぞ」
カルレインの屈託ない笑顔でヨコヅナの肩に飛び乗る。
まるで指定席のように肩に座るカルレイン。
ヨコヅナにとってはたいして重たくないので、そのまま帰路につく。
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