第4話 勇者、襲来。
魔王城、と言うのか。
それは禍々しさと言うよりも荘厳さを感じさせる様な豪奢な城で、恐怖の象徴とはとてもだが思えないものだった。
『ニコッち帰ってきたの?』
ニコラウスの案内に従ってサクラたちが連れて行かれたのは広い部屋、玉座が一つあるだけの場所。
そこにはTシャツ姿の成人男性が一人。
『魔王様……。その姿は威厳がないのでやめてくれと何度も言ったはずですが?』
『えー、だって勇者来ないし……』
少しばかり気怠そうな顔をしていたが、サクラたちを目に捉えると、真剣な顔つきになる。
『獣人奴隷か……。人間も中々酷いことするもんだよね』
魔王は溜息を吐いてから呟いた。
『その点、魔王軍は侵略行為はしないし、至って平和な組織さ』
『……面倒なだけでしょう』
『まあ、それもあるんだけどね。……君たちは僕が保護するから安心して欲しい』
そう言って魔王はヘラリと笑う。
「あの……」
『ん?』
「俺はこの城で何をすれば良いのでしょうか……?」
何かをしなければならないのではないか。そうでなければここにいてはならないのではないか。
サクラはそう思っていたが、魔王は笑ってそれを否定する。
『別に何もする必要なんてないさ。好きに生きて、好きに遊ぶと良い』
「良いんですか、それで……?」
『君はまだ子供だろう?』
現状を思い出す。
自分は今は子供だ。だが、中身までが完全な子供とは言い切れない。それでも現状に甘えよう。それだけの苦労がこの世界に来てからあったのだから。
それからのサクラの生活は充実していた。サクラと共に連れてこられた獣人の奴隷たちも次第に心を開いてくれるようになった。
魔王城では言葉を教えてくれる者もいたし、魔法だって教えてもらえた。
この生活がいつまでも続けば幸せだ、などと思っていた。
しかし、それは理想でしかなかった。
「ーーサクラ!」
「ニコラウスさん?」
この城に来て二年ほどが経ったある日、慌てた様子でニコラウスがサクラの部屋に入ってきた。
「勇者が攻めてきた!」
「え?」
勇者が、何故。
魔王軍は人間に対して積極的な攻撃は行なっていなかった筈だ。それを二年間、魔王城にいたサクラは知っていた。
「事情は知らんが、早く準備をしろ。逃げるぞ」
「魔王様は!?」
「お前たち、非戦闘員の逃げる時間を稼ごうとしてくれている。お前たちが避難を終えたら、俺も魔王様の応援に向かう」
苦労をかけられないと思ってサクラもニコラウスの言葉に従う。
「こっちだ!」
ニコラウスの後をついて走って追いかける。折角、手に入れた安寧を壊された。それが悔しくてたまらない。
『待て!』
そんな声が聞こえた。
「何故、勇者が……!」
苦虫を噛み潰したような顔をしてニコラウスは背中にサクラを隠す。
「早く行け……!」
そう言われて走ろうとするが、ニコラウスの向こうに見えた顔に足を止めてしまった。
「何でお前が……」
サクラの口から漏れたのは日本語だった。それに勇者も反応する。
「日本語……。俺を惑わせるつもりか」
勇者はサクラを睨みつけ、剣を構える。
「止めてくれ。お前と戦いたくない……」
サクラが説得しようとする。言葉は通じると言うのに思いは伝わらない。
「ヒロト!」
勇者の名前を叫ぶと、勇者は眉間にシワを寄せた。
「……何で俺の名前を知ってる」
「友達だったからだよ」
この世界に来る前、サクラは確かにこのヒロトという少年と仲が良かったのだ。
「俺だ。サクラだよ。なあ知ってるだろ……?」
確かめるようにそう言うが、ヒロトは一層顔を険しくさせて、剣を持っていない左手を前に突き出した。
「俺の記憶を見たのか……?」
どうしてそうなる。
「俺は惑わされない。嘘を吐くなよ獣人。お前はサクラじゃない。サクラは人間だ」
「何で嘘をつかなきゃならないんだよ!」
「うるさい! サクラは死んだんだよ!」
「だから、俺がサクラだって言ってるだろ!」
「黙れっ!」
その一言を吐くと共にヒロトの手から、雷撃が放たれる。
サクラには反応ができない。もうすぐ目の前に迫り来る死に為す術もなく。
しかし、前に立っていたニコラウスが庇うようにサクラの体を覆った。
「ニコラウスさん……」
あの一撃で気絶をしてしまったのか、ニコラウスは床に倒れる。
どうするべきか。逃げようにも膂力で劣っているサクラではすぐに追いつかれてしまう。
「もう、止めてくれよ……」
涙が流れ落ちていく。
そんな願いは虚しく、サクラの首は冷たい鉄によって切り離される。
ゆっくりと落ちていき、そして、首がなくなった胴体を見上げてサクラは永遠の眠りについた。
転生獣人奴隷は今日も必死です ヘイ @Hei767
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