第2話 俺、ヒーローになってたんだけど

 重苦しい空気を背負ってやってきたのはガッチリとした体型と高い身長、それにお高そうな腕時計、なんか有名ブランドのスーツ、一体いくらするのかわからない指輪をつけた人物だった。

 あ、サポートキャラっすね!!いやぁ、いいっすねぇ…こんなおじさまが

いるなら攻略楽そうですわ!あ、技能御三家初期値なんで振っといてあると助かるなぁ…

 なんて言えるわけもない。人見知り全開モードだ。あんなのは設定があるから言えるだけであって実際の俺が言えるわけがない。

「まずは、ようこそ。ここは株式会社相模の一室。そうだね…君がよく見ている配信サイトの会社って言えばわかるかな?」

 うーん、わかります。こくこくと壊れた人形みたいに繰り返す。もしかしてやらかしたか?いやいや、提供ボタンも押したことないし、ヒーロー達を撮影しているわけでもない。何もしてないんだが何もないならこんなところにこんなダンディなおじさまと一緒にいるわけがない。な、なんだ?靴なめろってか!?

「君にね、お願いしたいことがあるんだ」

「お願い事…ですか…?」

 それは神様とかにしたほうがいいのではないだろうか。お願いごとでしょ?

「ヒーローになってはくれないか?」

「……は?」

 あ、詐欺か。よくある当選しましたんで手続きしてくださいって言われ手続きしたら金ぶんどられるやつでしょ。知ってる知ってる…

 っていうかヒーローとか、馬鹿みたいなこと言わないでほしい。第一、能力がないとできないじゃないか。

「無能力者から無作為に選んだら君だったんだ。ラッキーだとは思わないか?無能力者ながらヒーローになって配信者達と一緒に戦えるんだ!憧れだろう?」

 憧れだけど別になろうと思う憧れじゃねぇ!!わかるか、この感覚。好きな同性アイドルがいてそういう人になりたいなって憧れるけどアイドルになりたいわけじゃなくてその人みたいになりたいって憧れるこの気持ち。

 俺はノワールさんの人間性に憧れたんだわ。決してヒーローになりたいわけ…じゃ…でも空飛んでみてぇな確かに。

「っていうかそもそもなんで無能力者を無作為に選ぶ必要があるんですか?能力保持者でなければその才がなくて使えないってわけでは?」

 科学的に証明できないからこそ大昔、それこそ宗教が誕生したように才能があるものが神に選ばれて能力を授けられたのが定説だ。

 信じているわけではないけれどヒーロー配信ができる条件に能力がある事が入っているので大方その手の理由だと思っていた。

「確かに、今まででは能力を持っている者にしかリンクをする事が出来なかった。しかしね。私も成長して数々の実験の元についに常人にもリンクする事ができるようになったんだよ!」

 …はぁ?頭イカれてんのかこの人は。リンクだのすただの言ってるけど…ん?え、もしかしてだけど提供技能が成り立つのは…ああ!やめろやめろ!!妙なときに謎の勘が発動すんじゃねぇ。

 ぶんぶんと頭の中でその思考を消し去る。いやいや、まさかそんな事があるはずがない。

「私も能力者でね。ここまでいえばどんな能力を使えるかが分かるだろう?」

「分かりたくないんですけど」

 なんで今さっき消し去った思考を元に戻そうとしてるんだ。やめろ、修正テープを削るんじゃない。

「仕方がないなぁ…私の能力は『人と人との要素をリンクさせる』能力。んーそうだね…私は簡単に“赤いリンクス”って呼んでる」

 ほら、合ってたじゃん。バリバリに削ってったじゃん。

 それにしても要素をリンク。やっぱり前提条件とかありそうだけど…良いのだろうか。

「…どうやって俺をヒーローにする気ですか」

 方法がただ知りたかった。無能力者が能力を使えるわけがない。それは世間でも俺の感覚でも不可能で絶対に無理な代物だ。たとえリンクができたって扱いきれるかはわからない。

「簡単だよ。能力を使えるようにその大元をリンクさせるんだ」

 かんたんってなんだっけ。言っている意味がわからない。大元をリンク?そもそも大元ってどうやって取り出すわけ?ってか大元ってなんだよ。

「疑問だらけだ。教えてください、大元とはいったいどういう事でしょうか」

 頭が痛くなってきた。お世辞にも要領がいいとはいえない俺の頭の中ではその言葉を処理するにはちょっとばかし…いや、かなり時間が欲しい。

「器だよ。能力者には能力を入れる事ができる器があった。私達の研究ではそのように結論付けそれを元にして私がその大元をリンク…植え付けるっていう言葉の方が正しいかな?その為に実験をまたこなした。そうしてできるようになったんだ。今、君を選んで呼んだのはそれの稼働実験をする為だ」

 つまり俺は人体実験に使われるってことか?おいおい、詐欺よりひでぇぞ…

 普通に考えてこんなん詐欺でしかない。詐欺詐欺の詐欺だ。

「ああ、聞いたけれど断ることはできないからね」

 断れないなら聞くんじゃねぇ。なんで聞いたんだ。

「はぁ…わかりました。やればいいんでしょう?」

「話が早くて助かるよ。さあ、これが君のスマートフォンだ」

 黒く薄い機体だった。電源をつければなぜか自分が普段入れているアプリが入っていてほんの少しだけ、いや、かなり、かなーり怖い。怖すぎる。

 まあどうせこれもリンクスだとかいうものだろう。

「じゃあ、初めての仕事をあげようか」

 そういえば幕が上がる。まるで演劇のステージに出ていく主演のようだと思った。でも眼下に広がる世界は見たくもないものであった。

 巨大な何か、黒いものが暴れまわっている。ヒーローが配信しながらも応戦している姿が見えるが完全に押されているのが容易に想像できるし、何人かは木陰に隠れどうしようもなくなっているのが分かった。

「じゃあ、頑張り給え。無能力ヒーローくん」

 大きな窓から放り出される。待て待て待て待て!!!!ここは地上何階の最上階だと思ってるんだ!!!

“ヒーロー【ヴァン】配信開始しました”

『しぃいいいいぬうううぅぅぅぅぅぅ!!!』

 ぽこんぽこんと何かが鳴る。無理無理、確認してる暇無いって!!どうにかしようと思えば周りにシャボンのようなものが浮かび中に何か絵の描いたボールのようなものが現れた。

 なんだこれ!!なんだよこれ!!意味わかんねぇよ!!半ばパニックになりながらそのシャボンを割る。

“【匿名】滑空のグライデンリンクスタート”

 機械音が脳内に響く。なんでもいい!!なんでもいいから早くしてくれ!もうすぐで地面についてしまう。あ、俺死んだ。

“完了しました。直ちに展開いたします”

“初心者サポート起動。能力順応開始”

 は?なになに、なんだ何言ってやがる!?

 もう地面だし、変なこと言ってるし俺もう終わったと思った瞬間、唐突に自分の意思とは関係なく自分の両腕が開かれた。瞬間、滑空するように地面すれすれを飛び、そのまま上へ向かう。

 風を切る感覚が心地よい。って、待って、俺飛んでるんだけど!!??

 パニックになりながらも身体は自在に動き続ける。俺はこの動きを知っているといわんばかりに。

“【間に合ったみたいでよかった。頑張ってね新人ヒーローさん】”

 近くのビルの非常階段に降り立てばそう機械音声が響いた。なんとなく、この能力をくれた人なんだと思えば命を救ってくれたと安心した。

『匿名さんありがとうございました』

 お礼を言えば先ほどのシャボン玉のようなものに変わっていく。なるほど分かった。そういうことか。

 シャボンを割ればそれを提供した人の名前とともにどんな能力かを教えてくれ、終わり交換するときには名前とお礼を込めた言葉を言えばいい。

 そこまでわかれば後は簡単だ。

『えーっと…あのバケモンはどう倒せばいいんだよ。無茶なとこに送りすぎじゃね…意味不過ぎて草も生えない』

 しかも俺のワイヤレスイヤホンちゃん探したいんだけど。

 っていうか機械音声さんって名前なんだよ。こいつどう使うの?

“サポート機能起動。私の名前はデフォルトです”

 初期名!!!まさかの超絶面倒だった時につけるデフォルト!!え、サクラとかコウとかじゃねぇの。マジで??

『デフォルトさん言いにくいな。デフォさん攻撃系の能力ってなに?』

“はい。【卯月】聖鉄のパラディン、【匿名】豪傑のブレイカー、【鏡】逆行のクラッシャー、【うさぎさんです】死する拳銃ガンナーです”

 一つ一つ説明するときにちゃんと光りながら説明するのすごいうれしいけど名前がめちゃくちゃ厨二心擽られるんだが。

 あの化け物どうしたらいいのか。最前線で盾を構える人が頑張って止めているところを見るにおそらく前線のほうがいいからガンナーはいいか。

“お……め…………ジジ……ジ…………”

『は?え、ちょっとデフォさん??』

 機械音声が途切れ砂嵐の音がひどくなる。なんだよ。壊れたのか??

――全てを断ち打つ神の断罪――

 おいおい、なんだよその厨二心をくすぐりまくるやつ。あーびっくりした。デフォさん生きてんじゃん。

――断罪人シュナイダー――

『は??』

 ブツリと視界が途切れた。

* * *

 大きな化け物を前にして著名なヒーローが倒れていく。ヒーロー配信者屈指のタンカー【ベア】の息も絶える寸前だった。しかし彼を支えるのは後ろの仲間を守らねばという気力のみだった。

 声援が聞こえる。すべては機械音声だがそれでも彼を支える言葉なのには変わりがない。でも、どうにも持ちそうがなかった。地に膝をつけば死ぬ。その距離が数ミリずつ迫っていく。

 耐えろ、耐えろ。熱い汗が染み出るがその願いは届かないといわんばかりに徐々に徐々に重くなっていく。守るはずの大きな盾がものすごく重く邪魔なものに感じられた。

 もう無理だ。鉄壁の彼が地に足をつける刹那。その身と同じくらいの鋏を持ったものがあらわれた。

 自分が抑えるだけで大変だった巨体が吹っ飛ぶ。鋏と閉じたときの衝撃で飛んだと気が付いた時にはもう、終わっていた。

『死刑を執行する。死してあの世で償え』

 化け物の首元に開かれた鋏が当てられ、決して響くとは言い難い声で言った言葉が自分の脳に響き渡った。ああ、こいつはヒーローだ。

 漠然とそう思った途端に濃い黒い霧があたりを包み込んだ。

“お疲れさまでした。配信を終了します”

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無能力ヒーロー配信始まりました! えびみかん @AB390

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