第1話 俺、誘拐されてるわ

 数年前から当たり前になったヒーロー配信。一つの大手企業が大々的に発表したヒーロー活動専門の配信サイトは今や日常と離れられないほどの人気となっている。配信主はヒーローになることの権利を得ることと引き換えに日々起こる不思議な事件を能力を使って解決することを生業としている。

 この世界の住人の一部にある日起こった悲劇(今では喜劇といっても過言ではない)によって全人口の3割の人に不思議な能力が発現した。神のお授けというものや悪魔の置き土産というものもいる。果たしてそれはどちらなのかそれはまだわからない。けれど今この時代ではその能力に助けられた人が多く、みなが能力を賛美し始めた。

 かくいう俺もそうだ。能力は持ってないがヒーロー配信は大好き。最近の推しは黒いパーカーに黒いマスクをした配信主、ノワールさんは世界で一番有名なヒーローで一番人気なヒーローである。

 特徴的な音楽が流れ操作していたスマホに通知が入る。そこには“ヒーロー【ノワール】配信開始しました”の文字が画面に浮かび、反射的にそれをタップした。

『そこで俺の姿が見える人、俺の事取っといてくれると嬉しい』

 ヒーロー配信の大きな特徴は2つある。一つは今ノワールさんが言ったように一般の人がその姿を撮影する肩代わりができるというもの。最大10台までのそれはあらゆる面から、好きな画面から視聴者が見ることができ、その場にいるような臨場感が楽しめるというもの。そしてもう一つ。

『それから、今日のターゲットは屋上にいるんだ。言いたいことはわかるよね?』

 ノワールさんは空を飛ぶ能力が使えない。そのために、その能力を持っている人が自分の能力を“貸す”ことができる。提供ボタンが配信されているが残念ながら俺は能力なんて持ってないただの一般人だ。

 歩きスマホは危ないので近くにあったレンガの花壇に腰かけてそれを見る。画面いっぱいに繰り広げられるそれは小さなころに見たSF映画そのものだ。それでもこの能力の数々は科学的に証明できないものしかない。電撃を操ったり、武器を空気中から作り出したりと仕組みは全く理解ができず非科学的なものと断定せざるをえないという結論が出たという。

 にわかには信じがたいこの現象はあたりまえになりつつあり、ほとんどの一般人がそういうもんだと認識し始めた。

 ワイヤレスイヤホンで歓声や息遣いが聞こえる中、なぜだか意識が遠のいた気がした。


 したわ。どこだよここ。瞬間移動じゃねぇかふざけんな。しかもノワールさんの配信終わってんじゃん。は?この人が無名だったころからあこがれてみてんだぞこちとら。リアタイでいつだって見てんだ。会社でも学校でもデート中でも!!そのせいで何人の彼女に振られたと思ってやがる!!!!

 状況がうまく喉を通らぬまま感情だけをフルマックスで起動した結果、理解した。俺、誘拐されてるわ。

 身動きはしっかりとれる。拘束どころか何なら攫われた時の格好そのままでここにいる。つまり椅子の上でスマホを横にしてそれを両手で持ち、両膝の上で両肘をついているスタイルだ。あ、そのままじゃない。俺のワイヤレスイヤホン右だけない。うわ、これ落としたじゃん。終わったわ。あんな小さいのいくら治安のいいここだって見つかんねぇわ。だってちいせぇもん。盗まれてなくても見つかんない。

 ふっと顔を上げる。誰だよ俺のワイヤレスイヤホンちゃんを俺から引き離しやがった奴は。俺という仲介人のおかげで左側のイヤホンと充電ケースという名の式場で挙式を上げるはずだったのに。ワイヤレスイヤホンくんがかわいそうだろ。結婚前に花嫁に逃げられたんだから

 未だに混乱している頭をどうにかして正常運転に切り替えながらも現実に戻る。

 暗い正方形の部屋に椅子と持ち物(ワイヤレスイヤホンちゃん抜き)だけ。

 なるほど、クローズドのTRPGか!!でもダイスはないぞ?

 訂正。正常運転に切り替える気がない。

 さあ、どうやって抜け出そうかな!?とか何とか考えてる間に後ろのドアがガチャリと開いて高そうなスーツを着た人が革靴の音を立てて入ってきた。

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