その2 休憩時間

自然と途切れた意識は繋ぎ合わさる。零人はいつの間にか、真っ白な部屋の真ん中に立っていた。

部屋には革のソファーと微妙に育った観葉植物だけがある。


「へぇ、休憩室ねぇ。こういうとこの待遇はしっかりしてんだな」


警戒しつつも威圧の意味も込めて、零人はソファーへドカッと乱暴に腰掛ける。すると細々とした声で運営からのアナウンスが入る。


『次の試合時間になるまで、ごゆっくりお過ごしください……』


「この対応の良さ、せめて召喚の時に少しでも発揮してくれたら良かったんじゃねぇか?」


『……も、申し訳ございません』


「つっても、敢えて知らねぇところでリラックスするつもりもねぇけどよ」


霊力の感覚や自身の能力の状態を探りながらコンディションを整えていると、零人の耳に見知らぬ女の声が聞こえてきた。


「おや? 貴方も召喚されたんですか」


「個室じゃねぇのかよ」


気が付けば、目の前には一人の女性が立っている。


女性は見るからに、普通の者では無かった。下半身は蜘蛛の身体で構成され、身長は2メートルを超える高さ。


そして彼女からも、強者としての風格がヒシヒシと伝わってくる。



「でけぇな、亜人種か。アラクネって言うんだっけか?」


「白露と申します。貴方と同じく、この世界に召喚された者です」


白露と名乗った女は零人のソファーに同じく腰掛けた。そして彼女は少し零人と間隔を開け、2人はソファーの端と端に座る形になった。


「そいつは災難だったな」


「ええほんとですよ。主様と離れ離れになってしまいましたし」


「ったくあの神、見境なしかよ」


想い人と離れ離れにさせられて気が立っているのか、彼女は親指を噛み歪んだ顔を見せている。


そしてその苛立ちと警戒心の表れか、白露は突如目にも止まらぬ速度で腕を振りかぶった。


「まあ今は休んでろよ」


「……っ!」


白露が仰天すると同時に、鎖が甲高い音を立てる。

白露が瞬きの内に放ったモーニングスターは音速を超えていた。しかし零人は何事も無かったように目もくれず、モーニングスターの棘の1つを掴んで静止させている。


零人は現在可能な限りの緊張を解き、説き伏せるように白露へ諭す。


「心配すんな。俺は無闇に攻撃するつもりもねぇし、殺しもするつもりはない」


「私の攻撃が、止められた?」


混乱の中、白露は自身の攻撃が防がれたこの状況について分析する。


(対応速度やパワーは勿論、気迫が明らかに他の人達と違いますね。更に思考も読まれてた? これは召喚された人達の中でも相当な実力者……)


白露はニヤリと微笑むと、モーニングスターを下ろし自身の口から吐き出した糸で包み始めた。


「主様以外の男性に興味はないのですが、貴方に興味を持ちました。強者としてね」


「そいつはありがてぇ」


両者共に取り乱すような事はなく、また数秒前のように穏やかな時間が流れた。


沈黙が僅かに流れると、まるでこれが日常のように零人は白露へ話題を持ちかける。


「この儀式みてぇのは試合形式なんだろ? お前と戦うのが楽しみだ」


「ええ、全力で戦いましょう」


「生憎、全力は訳あって出せねぇけど。本気でいかせてもらう」


「ふふふ、油断は命取りですよ?」


イレギュラーな事態の中で刹那に現れた安息だったが、その静寂は荒々しい男の声によって掻き消される。


「なっ、お前白露じゃねぇか!」


気が付けばこの部屋にまたもや別の者が召喚されていた。


今度の人物は赤と青のオッドアイを持った軍服の青年。青年は白露の顔を見るや指を指して怒鳴った。


「知り合いか?」


「ええ、先程の試合で一緒になった方です」


零人は大体の事情を把握すると、興奮している様子の青年をなだめようと交渉に入る。


「血気盛んなのが悪いとは言わねぇが、今は取り敢えず喧嘩はよせ」


「部外者は黙っていろ! コイツは俺が全力を出すに相応しいと見定めた相手だ。今ここで決着を付けさせてもら──」



「だ、か、ら」


青年は刀と斧を手に構え、冷気を纏いながら飛びかかって来た。白露も横で攻撃の体勢を取っているのが手に取るように分かる。


面倒事に加え、話の通じ無さ加減に苛立った零人は頭を掻きむしりながら立ち上がった。


次の瞬間、青年の身体は宙で固定される。


「状況見やがれ戦闘狂。試合じゃねぇ時に喧嘩すんのはリスキーでしかねぇんだよ」


「嘘っ、だろ。こんな……! 動けねぇ」


『怠惰』の悪魔、アズの鎖で零人は青年を縛り付ける。虚空から射出された鎖は彼の四肢に巻き付き、彼の魂と思われる魔力の核部分に鉤を引っ掛けた。


「何をした。ただの拘束でも時間停止の類いでもない、これは何の攻撃だ」


「俺はこう見えても霊能力者。悪いがお前の魂の表層を、この鎖と繋いで動きを止めた」


「た、魂……!」


状況に戸惑う青年の様子から、零人はある事を思い出す。


(あっ、そうか。コイツらは霊能力者じゃねぇから、この鎖は見えてねぇのか)


思わぬ所で世界間でのギャップを感じていると、青年は突如狂ったように笑い出した。


「ククク、面白い。まさか、2人も! 俺を楽しませてくれる相手がいるとはなァ!!」


「あぁ、逆効果かよクソ」


「俺は龍牙だ。お前の名は何だ?」


思わぬ失態で溜め息を付くと、零人は龍牙と目を合わせる。


「俺を知らねぇ相手に名乗るのに、意味があるかは分からんが一応言わせてもらおうか」


異世界であろうと揺るぎないもの、零人は己という存在を晒け出す。


「俺は霊管理委員会所属、7つの大罪『怠惰』の能力者、真神零人」


「れいと……」



「俺の世界じゃ、こう呼ばれてる。世界最強の能力者ってな」


「世界、最強か……!」


龍牙はまるで童子のように紅と蒼の目を輝かせた。


「面白い、益々気に入った!」


「流石にまずいですね」


状況を見かねた白露は糸を編んで弓矢を生成する。弦を張り詰め、高密度に圧縮された2本の糸矢が零人と龍牙に向けられる。


「二連、アミノハバキリ!」


至近距離、加えて白露の持つ超人的な腕力にと糸の並外れた耐久性能よって矢は超高速で射出された。


この時点で既に、龍牙はアミノハバキリを見切っていた。上体を逸らし、回避行動に移っていた。


襲いかかる龍牙と応戦に転じようとした白露が睨み合ったその時、2人の耳に信じ難い言葉が届く。


「この矢、良いな」


常人では決して辿り着けない境地に立つ2人だから認識出来た。擬似的な時間停止能力を持つ白露とそれに対応する龍牙だから聞き取れ、そして視認ことが可能だった。



時間が止まっているに等しい刹那の中、零人は宙を舞っていた。重力や空気抵抗、時間や空間の概念さえも無視するかのように、零人だけは縦横無尽に動いていた。


死を超越し、次元そのものを味方に付けた霊能力者の零人だからこそ可能な妙技。


二人の目の前で飛んでいる零人は白露の射出した2本の矢を掴み取り、最低限の空間の中で構える。


「幽幻霊槍、レーヴァテインッ」


アミノハバキリの先に複数の魔法陣が展開され、融合して零人の霊力を纏った一本の凶刃と化す。


零人が槍を投げた瞬間、二人は事態の全てを飲み込む。


(アミノハバキリを、利用した!?)


龍牙が急遽、防御を主体とした魔法を行使する。



「超重力魔法!」


「グローリアス」


ニヤリと笑った零人が零した技の名。それが言い終わる頃にはアミノハバキリを巻き込んで龍牙は地に伏した。


自身が発動した超重力魔法は一瞬にして彼の肉体へ牙を向く。


(はっ、跳ね返された! 何故だ、魔法防御壁は破壊されてない筈──)


地面に押し付けられる中、零人は見下ろすように龍牙の目の前で話を続ける。



「お前の闇と防御壁でも貫通する攻撃。そういうもんを想定していかねぇと、こうやって足元すくわれるんだよ」


「ハッ、頭の中まで見てんのか」


重力が弱まっていく中、龍牙は反撃の一撃に全てをかけると誓った。


(龍化している余裕はない。なら速戦即決)


身体が活動を許すまでに圧の弱まった一瞬、龍牙は右手に携えた刀を大きく振る。


「全身全霊の一太刀、喰らえい!」


「望み通り、正面から弾き返してやる」


呼応するように零人も右手を硬く握り締め、霊力を腕へ一極集中させる。



龍牙の刀は漆黒を纏い、凶悪なまでに鋭い斬撃を放つ。

加えて、零人の周辺の空気を絶対零度に達させる。


「煉獄魔斬!」


「エクス・デスティネーション!」



だが零人の拳は闇を纏った刀身に正面から衝突した。フェニックスの権威で零人の身体は半霊化したものの、実体干渉力に注いだ霊力は凄まじい衝撃を生み出す。


二つの攻撃はぶつかり合い、互いの攻撃を相殺して弾き合った。



龍牙は部屋の壁面に激しく叩きつけられ、壁に大きな穴が空いた。

一方、零人はその場に立ち尽くしたまま。ただ龍牙の方を向いて小さい息を漏らす。



「マジかお前、絶対同等の威力だっただろ」


「俺の最強は他人を守るために手に入れた最強だ。最強は倒れる訳にはいかねぇんだよ」


真っ白だった部屋は空間にヒビが入ったかのようにあちこちが崩落し、一部は暗いガラスのような場所も出現していた。


『おおお、御三方これは一体!?』


狼狽える神の声に零人は嫌々返答する。


「何でもねぇ、ちっと遊んでただけだ」



この世界の神が怯えていると畳み掛けるように、零人はドスの効いた声で要求を追加する。


「それよりもクソ神ィ!」


『ひいぃぃぃぃぃぃ!?』


零人の暴言に、龍牙と白露の思考は一致する。


((クソ神!?))



「余裕があったらで良い。後でこいつとも戦わせろ」


「なっ!」


龍牙はハッとした顔で零人を眺めた。



『い、一応トーナメント方式ですので……』


「人を勝手に呼びつけて参加させたんだ。そんぐらい出来るよなァGM野郎ォ!」


『はははははい、はい! 設けます、設けますからどうかぁ』


「良し」


戦い終えて龍牙は笑っている。しかし闘争心の炎は消えていなかった。


「あんたとの戦い、楽しかったぜ」


「そりゃどーも」


「後でまた、存分にやり合おうか」



世界を挟んで生まれた新たな縁を喜ばしく思っていると、零人の身体は下半身から次第に青白い光に包まれていった。



「お、次の試合か。そんじゃ行ってくるわ、白露、龍牙」


2人の返事を聞く間も無く、零人は手を上げたまま試合会場まで転送されていった。

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最強キャラ決定戦〜作品クロスオーバー〜 白神天稀 @Amaki666

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