ユエの国は滅んだ。
だが、ユエの名前は人々の間で語り継がれた。
――ユエは空舟に揺られ波間を漂いながら暗黒の冥土の闇路で、いずれカル・タイヤンの国を滅ぼす機会を窺っているのだろう、と。
カル・タイヤンが天下統一を果たし、大陸を絶対政権のもとに置いた後にも風説は流れた。
むしろ、彼によって滅ぼされた国々の遺民たちの湧き上がった憎悪により、いくつものユエの怪異や神話が生み出された。
飢饉が起きたことも、皆既日食が起きたことも、雹まじりの大風が王城の屋根を吹き飛ばしたことも、カル・タイヤンの長子が雷で打たれて死んだことも、すべてユエの祟りだとされた。
凶兆のあるたびにユエの名前はささやかれ、その存在が増していった。
初め、カル・タイヤンは一顧だにしなかった。
しかし晩年、心身に支障をきたすようになると、ユエの影に怯えるようになった。
子供の姿に恐怖し、八つ子になるまで子を家から出すなというお触れを国中に出した。
あるとき町に隕石が落ち、そこにユエの名前が書かれていたと噂が流れるや、犯人を調べさせ見つからないと、その隕石が落ちた町の人間をすべて殺してしまった。
ついにはユエの名前を叫びながら狂い死んだ。
父の壮絶な死に恐れ慄いたカル・タイヤン二世は、ユエの亡骸を祀らんと川の大捜索が行ったが、空舟はついぞ見つからなかった。
ユエの名前はカル・タイヤンの国について回った。さながら太陽を追いかける月のようであった。
カル・タイヤンの国が滅びさり、それから数々の政権が勃興してもなお、語られ続けている。
けれど空舟の行方は誰も知らぬままである。
ユエの国 ももも @momom-
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