ユエの国
ユエは中庭の
「あなた誰?」
「この国の王でございます。あなたはユエ様でしょうか」
「うん」
「ああ、ユエ様。あなたはかつてこの国に害を為そうとした者を永遠に立ち入れぬように罰を下したと聞いております。今、この国は危機にあります。そのお力をお貸しください」
ユエは頷いた。
ユエは人々の朗らかな笑顔が好きであった。
いつかの山賊のように悪い人がいなくなれば、彼の暗い顔に笑顔が戻ると思った。
宮廷は籠城派と降伏派で二つに割れていた。
その日その時も論争に明け暮れていたが、つい今しがた目の前にいた相手が突如、煙のように消えた。いなくなったのはみな、降伏派を唱えていた者だった。彼らは一体どこへ消え去ったのだと場が騒然とする中、王は姿を見せた。
「聞け、これはユエ様の意思だ。カル・タイヤンを名乗る不届き者にユエ様を引き渡すなどと考えた愚か者らに天罰がくだったのだ」
王は己の意見にそぐわぬ者らをまとめてユエの壁の外へ放り出すよう願った。
降伏派の者らは、自身に何が起きたのか理解せぬまま、ユエの壁周辺を見回っていたカル・タイヤンの兵士らに捕まり尋問され殺された。
それからというものの、王は邪魔と判断した者をすべて排斥した。
降伏をすすめる者はもちろんのこと、交易が途絶え茶が手に入らぬとぼやいた民にさえ及んだ。
誰も王に意見することができなくなった。
ユエは言われるがままに王の願いを聞き届けた。
記憶にある楽しい日々は、いつも笑顔に満ちていた。
ユエが道を歩けば、誰もが顔をあげ、今度はどこまでいくんだいと笑いかけ、子供たちはユエの周りをきゃっきゃと走り回った。
けれど起きて以来、そんな光景はどこにもなかった。みな暗い顔をしていた。
王の願いを叶えれば、ユエはあの日々が戻ってくると信じていた。
一方で耳元の声は絶えず聞こえ、不眠が続いていた。
きっかけは、とある老人の死だった。
彼は、咳で苦しみ続け五日後にぽっくり逝った。
それを呼び水に、一人また一人、ひたすら咳き込み喉から血を吐き亡くなっていった。
病人の家族や介護した者らへと病は次々とうつっていき、病人は日増しに増えた。
だが誰も彼も黙っていた。
もし病を広める害なす存在と王に判断されれば、この国から放り出される。
カル・タイヤンの軍が取り囲む中、それは死を意味していた。
民は黙っていた。
役人も黙っていた。
臣下も同様であった。
王の耳に入った頃には病が国中に蔓延していた。
「なぜこのようなことになるまで黙っていたのだ」
王は怒りに身を震わせた。
事態を打開するには病をこの国から取り除いてくれと、ユエに願えばよかった話であった。
だが王は血を吐き倒れる臣下に恐怖し狼狽し、思考が正常でなかった。黙っていた者らに罰を与えねばとならぬとも考えた。王はユエに願った。
「病にかかった者すべてこの国から追い出せ」
カル・タイヤンの率いる兵士たちは、いきなり城壁の外に現れた無数の人々にどよめいた。
人が忽然と現れることは幾度もあったが、この度は規模が違った。天から降ってきたかのような光景はまさに人智の及ばぬ力というほかない。慌てふためく伝令から報告を受けたカル・タイヤンはただ一言、指示した。
「一人たりとも囲みから逃すな」
放り出された人々はカル・タイヤンの軍を恐れ、かたく閉ざされた城壁に殺到し願った。
――いれてくれ、いれてくれ
一方、国に取り残された者たちも、死を待つ他ない家族や友人に会いたいと願った。
――だしてくれ、だしてくれ
無数の声が頭の中でわめき、ユエに訴えた。
――いれてくれ、だしてくれ、死にたくない、会いたい、怖い、死んでしまえ、助けてくれ、解放してくれ、呪ってやる
人々の願いが、呪詛が、希望が、絶望が、ユエを苛んだ。
力を使い続けた体には限界が来ていた。
いつものように寝ることができれば回復できたものの、怨嗟に満ちた声はそうはさせてくれない。
寝ることもできず四六時中呪われ続け、ユエはだんだん弱わり――やがて力尽きた。
五百年にわたりこの国を守り続けたユエの境界が崩れた。
城壁が崩れると、軍は群衆を踏み潰しながら雪崩れ込み、命乞いをする間もなくユエの国の王の首を
ユエはカル・タイヤンの前に引き摺り出された。
周囲はこれで神の力が手に入ると沸き立った。
だがカル・タイヤンは刃を取り出すと、ユエに突きつけた。
「人の世は人が治めるもの。神の時代は終わりを告げ、新たな御世が始まる。混沌を捨てよ。そして王の中の王たる私のみを崇め讃えよ」
刃が振り下ろされ、ユエの首が飛んだ。
亡骸は
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