十四話 空虚な探索の日々

「やっとそろったか」


 一党が迷宮の入口に集合すると、エイベルはそう言った。汚泥の騎士に追い回された後、色々あったので迷宮へと入るのが遅れてしまったからだ。


「ケインは…… それでも探索者を続けるんだな」


「ああ、そのつもりだ」


「そんな体じゃ、防御も出来ないだろ」


「それは……」


 ケインは片腕を無くした事で、円盾を外している。今までのようには振る舞えないだろう、とエイベルは言っているのだ。


「それは、エイベルさんと僕が攻撃を受ければいいだけでしょう。元々、そうするつもりだったはずです」


 ケインは今までも、円盾という小ぶりな盾と小柄な体格が合わさって吹き飛ばされやすかった。


 だから防御に長けたエイベルがかばい、攻撃力はあるケインが攻撃に専念する。クリスはその中間で適宜てきぎ対処、といった戦い方を試している最中だったはずだ。


「言ってみただけだ。だがケイン、本当に着いて来れないようになったら、その時はいさぎよく辞めろ」


 足手まといだから置いていくという訳ではなく、単に心配しているのだろう。もしケインが不相応な場所にまで着いていけば、その先に待っているのは死だ。


「ああ、足手まといになるくらいだったら辞めていくよ。ただ、今はここに残る事を許してくれ」


 エイベルはただ何も言わずに頷いた。


「ケインさん」


 ドナが呼びかけてくるので、ケインは反応しようとした。だが、その前に。


「いえ、何でもありません。大丈夫です」


 あわてて自分の言った事を取り下げたドナの顔は、何かに苦しんでいるようにも見えた。それを知られたくないのか、ドナは出発をかす。


「それより、もういいでしょう。さっさと潜りましょうよ」


「ああ、いいだろう」


 そう言ってエイベルが先に進もうとしたので、後の皆もそれに着いていく。


 迷宮へと続く長い長い階段を降りていく最中、アンネがケインに話しかけてきた。


「ケインさん」


「何だ?」


「あの、さっきの事。何も言わないでいて、すみませんでした」


「別に、気にする必要は無いさ。エイベルが駄目だと言っていたとしたら、俺には力が無かったというだけだ。どうしようもないよ」


「私達がケインさんを置いていったのに、戻ってきたのを切り捨てるなんてできません」


「そうか、ありがとう」


 言葉を交わしている内に、とうとう階段を降りきって迷宮へと繋がる扉の前に立っていた。


 シエラが松明たいまつを取り出し、火をおこす。エイベルが扉を開いた。また、いつも通りの探索が始まっていく。


 迷宮の通路は相変わらず岩肌でおおわれていた。


まったく、いい加減この通路も見飽きたわよ。早く次の階層に行きたいものだわ」


 シエラの言っている事はもっともだ。ケイン達は既に二層で一、二戦なら戦うだけの力は持っているはず。


「だが、あのおぞましい騎士を倒して行けとでも言うのか?それとも遭遇そうぐうしないという幸運を祈るのか」


 エイベルの反論に、シエラは言葉を詰まらせた。汚泥の騎士に対しては、歯が立たずに逃走するしかなかった──その上、実際は逃げ切ることができずにケインの腕もうばわれている──からだ。


「アレは階段の近くに行かない限り出現しないのだから、しばらくはれた場所で狩りをするしかあるまい」


 汚泥の騎士の近くは、異質なほどに静まり返っていた。その静けさが階段の周りから離れた所では確認できないから、あの騎士は階段から離れられないのだと思われる。


「……そうね。しばらくは、ね。でもいつかは必ず進んでみせるわ」


「そうだ、いつかは進むしかないだろう。どうやって行けばいいのかすらも分からないがな」


 と話しながら歩いている内に、いつの間にか見知らぬ足音が聞こえてきた。数は乱れた音のせいで余り分からないが、とにかく多い事だけは分かる。


「ああ、面倒になりそうだ。この数だ、間違いなく追いぎ共だぞ」


 音が近づいてくるに連れ、鎖帷子くさりかたびらの擦れる音まで聞こえてきた。となると、間違いなく友好的な探索者ではなく、敵対的な怪物だと推測できる。


 もう同じ通路上までたどり着いているはずなのに、松明のが見えない。剣を抜いて警戒を強めた。


 こちらの松明たいまつに照らされて浮き出てきたのは、みすぼらしい男に鎖帷子くさりかたびらなどを着た男共。


 それを聞いた瞬間、ケインはとても憂鬱ゆううつになった。最悪な気分だ。


「追いぎに加えて探索者くずれ・・・? ああ、面倒だ」


「殺すしかないんだろうな」


 エイベルのつぶやいた声に、アンネが反応する。


「エイベルさん、殺すだなんて。相手は同じ人間なのでしょう!?」


「ああ、アンネさんはまだ知りませんでしたか。あれは追いぎや探索者が迷宮にまれた存在です。

 死体が解けて呪詛へと変わり、金貨を残す怪物なんです。もうアレは人間ではない。殺してあげるしか道はありませんよ」


「そんな……」


「そういう訳です、諦めてください。あの人達はもう、理性も人間性ですらもこぼしてしまっているので。早く楽にしてあげましょう」


 動揺どうようしているアンネに、ドナは何でもないように告げた。


 アンネは戸惑とまどいながらも深呼吸をして、それから目をつむる。すぐに覚悟を決めたようで、いつも通りの宣言を行う。


「追いぎが九、冒険者くずれが六です!」


 小剣を帯びた者が五体、短刀を握った襤褸ボロが四体、そして知性なき探索者の一党が一つ。


 ケインはまず、迂闊うかつにも突出して前に出ている追いぎを一人切り伏せた。


「なあシエラ、毎度の事ながら【入眠】はまだなのか?」


 もはや慣れすぎて怒鳴る事さえしなくなったが、それでもケインは催促さいそくしておく。


 そうすると、シエラはまた慌てたように


「はぁ、この呪術は出が遅いのよ。【入眠】」


 何度も使ってきたからか、そろそろ効き目が上がってきたようで、十四体の中から八体もの人数が倒れ伏せる。


「でも、アタシの実力は上がってきてるわ。恐れ入りなさい!」


「はいはい、よく出来ました。それじゃクリス、エイベル、ドナ。頑張がんばろうか」


 エイベルが前に出て盾を構える。そして大剣の柄で打ち鳴らし、注目を集めた。


 すると探索者くずれの呪術師が【火弾】を一つ放ってきたので、そのまま盾で受け止める。


 呪いに満ちた炎は盾の表面にへばりつくが、エイベルには効果を成さない。むしろ、エイベルが追いぎに盾を押し当て焼き殺した事で、こちらに貢献している。


 その光景を見て動揺した呪術師に、こんどはにぶい銀の刃が押し当てられた。ドナの奇襲だ。


 そのまま喉を掻っさばかれると、しばらくして動かなくなった。


 周りの起きていた探索者くずれは、呪術師を討ったドナを仕留めようとする。だが、ドナは難なく逃れてこちらに戻って来た。


 逃げ込んでくるドナに短刀を振り下ろそうとする追いぎ。エイベルはそれをかち割ってドナを迎え入れる。


「よくやった、ドナ。助かるよ」


「いいえ、このくらいは当然ですから。エイベルさんも頑張がんばってください」


 残りは追いぎが六、全員が眠っている。探索者くずれは五で、その内二人は夢の中だ。


「では僕は眠っているのを処理するので」


 クリスは探索者くずれの攻撃を適当にいなしつつ、最低限の攻撃で睡眠中の追い剥ぎを一体、二体、三体と討ち取った。


「エイベルさん、援護は頼みますよ」


「承知した」


 当然そんな事をしていれば探索者くずれに囲まれそうになるが、そこを横からエイベルが攻めかかる。


 三体の探索者くずれを、クリスとエイベルで一塊に押しやって纏めた。ケインが二人の隙間から短槍で突き刺して、また一体が倒れていく。


「それじゃ、残りの眠ってるのはウチがやっておきますので」


 満身創痍の探索者くずれにケインがトドメを刺している間、ドナは残った五体──いや、一体踏み殺されて四体──の眠っている怪物の命を奪った。戦闘が終了する。


 ひと仕事して汗をぬぐっているドナに、エイベルが感謝を告げた。


「ありがとうドナ、お疲れ様」


「いえ、ウチにできるのなんて、このくらいしかないですから」


「でも、ドナさんが呪術師に襲いかかったのは、とても凄いものでしたよ。僕らですら気づかない間に近づいて、標的を始末して敵の中を戻ってくるなんて。まるで凄腕の暗殺者みたいだ」


 うつむいたドナにクリスがその行いの素晴らしさを告げると、ドナは赤面してしまった。


「ウチなんて、そんな凄い人じゃないのに」


 と言っている所を見ると、ドナは褒められる事に余り慣れていないのだろう。エイベルはその様子に、微笑ましいものを見るような目でドナを見ていた。


「賞賛は素直に受け取っておくべきだ。自分の価値をおとしめる事は、時に他人をもおとしめかねん」


「そうですか、分かりました」


 ドナは煮え切らない顔で言った。エイベルはひとまずこの結果に納得する。


「それじゃ、一段落着いた事だし戦利品を集めようか。シエラ、光源を頼むよ」


 ケインが手を叩き皆を集めた。状況を見て、これ以上はドナもエイベルも互いに何も言う必要も無いだろうと思ったからだ。


「分かったわ」


 シエラの掲げていた松明が下へと下がっていく。通路全体を照らしていた灯はめるように地面をいずり輝かせている。


 ちょうど、追い剥ぎや探索者くずれ共の死体が呪詛へと変わりきるようだった。これらの怪物は元々が生身の人間なので、肉に編み込まれた呪詛が解けるまでしばらく時間がかかる。


 ……これを見ると、汚泥の異様さがより一層引き立つように見えるな。


 人間ですら呑み込まれて怪物になれば、迷宮の一部として死ねば呪詛として溶けていく。ならば、殺しても死体が残り続ける汚泥とは一体何なのだろう。


 そんな事を考えていると、ケインの左腕が激しく主張するようにうずく。


 ……別にそんな事を考える必要はあるまい。ただアイツらを殺せばいいだけだから。


 ケインは足元にあったのを拾った、四枚の金貨を眺めながらそう思った。


 それから少しして、金貨と、探索者の遺品を拾い終える。合わせて、金貨五十三枚と銀貨八枚。水薬一本に加え、大量の武器と防具。


「これは、持ち運ぶのがえらく大変そうですね。ケインさん、ウチは持っていくものを選んだ方がいいと思いますけど」


「そうだな、状態の悪いやつは置いていこうか。残念だがな」


 長剣三本と短剣二本。余り傷の無い鎖帷子くさりかたびら一つに革鎧一つ。その他のものは価値が低そうだったり、使い物にならなかったりした。


 ケインは遺品の小山に向かって黙祷を捧げる。本当は全て持って帰ってやりたかった。使われるにしろ、使われないにしろ、遺品を持ち帰って貰えないなど悔やんでも悔やみきれないだろう。


 ──彼らには死体すら既に残されていないのだから。


「ケインさん、本当にこれでよかったのでしょうか。本当に救う手段は無かったんでしょうか」


 ケインが遺品の小山に黙祷しているのを見て、アンネも思う事があったのだろう。最初は殺す事さえ止めようとしていた彼女だ。人間の行き着く先がこんなもの・・・・・だとは考えたくないに違いない。


「いや、無いよ。彼らはどんな理由かは知らないが迷宮に呑まれた。そうしたらもう引き返せないんだよ。俺達に出来るのはただこれっぽっちの遺品を持って地上へと戻るだけさ」


 それに、どこでだって探索者は死ぬ。その違いはただ、弩に撃たれるか、怪物に頭蓋を割られるか、それとも同じ探索者自身に殺されるかの違いでしかない。


 と、ケインは誤魔化すように付け加えて言った。アンネにも、自分自身にも思い込ませるように。


「行こうか、まだ探索は続く。いつも行ってる玄室を回ろう」


 ──一手番で終わる戦闘、決まりきった道順、慣れた敵の数々。


 葛藤という非日常から、また単調ないつもの探索にちじょうへと戻っていく。単調な、飽きるほどの探索へと。


 小鬼、犬鬼、大コウモリと大トカゲ。既に相手にもならない敵を屠って二、三枚の金貨を拾う。


 この日は五つの玄室を周り、十数回の戦闘を遂げ、四つの宝箱を開けて探索を終えた。


 そこに一党が望んでいた未知への冒険は影も形も有りはしない。ただ前に進めずに燻っているだけの行為。


 ほとんど傷も無く地上に帰還したにも関わらず、一党の顔には不満と鬱憤うっぷんだけが溜まっている。


「本当に、こんな日々でいいのだろうか」


 皆と別れる帰り際に、ケインはポツリと呟いた。






 ……






『追い剥ぎ/探索者くずれ』


 迷宮に潜む追い剥ぎや探索者が何かしらの理由で迷宮に呑まれ、怪物になった存在。


 そこに理性は無く、ただ迷宮の一部として通路や玄室を巡回して回る。


 追い剥ぎは数が多く、探索者くずれは一党そのままの形で郎党を成している。生前までとは言わないが技能も残っている為、かなり危険な怪物だ。


 彼らを元に戻す手段は無いので、楽にするには命を奪うしか方法は無い。






 ……






 追い剥ぎとは【検閲済み】を【検閲済み】したものである。数度に渡る【検閲済み】の試みの結果、【検閲済み】となった事態の処置の為【検閲済み】。


 ──この文書は【検閲済み】にのみ閲覧が許可されています。

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新米探索者は今日も栄光の夢を見る。──「いつか『英雄』となる為に」 朝易 正友 @ms26

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