十三話 貴方の罪と私の罪
クリスは今、アンネと向き合っている。彼もケインのように、ちょうど起きたばかりに呼び出されたのだ。
正直、クリスはその事が意外だった。アンネがそこまで積極的に向かい合ってきた事などなかったから。
前々から互いに何か感ずるものがあると脳裏で理解していながらも、クリスは
むしろ
「まずは、ケインさんを助けに行ってくれた事、ありがとう。それに、生きて帰って来てくれた事も」
「別に、あれは僕が助けなければいけない理由があったから助けただけです。そんな、感謝をされるような
アンネはパチパチと
「クリスさんがそんな事を言うなんて思いもしていませんでした。クリスさんは…… 私の考えていたような人ではなかったんですね」
その言葉に、悪意は無いのだろうけど。クリスはアンネの言葉の中に
クリスは期待を裏切るのが
だから、
「私はケインさんを置き去りには出来ないと言って、それでも助けに行く勇気の無い
私ができなかった事をクリスさんがやってくれたのが、嬉しくて、そして
勇気の無い、
その言葉は、むしろ。
「
心臓を
クリスはそれが恐ろしかった。誰かの
「それはッ!」
クリスは
その叫びをも意にも
「私は
クリスはその考えが理解できなかった。
「それなら、それほどまでに分かっているのなら、どうしてそんな事を言えるんですか。以前、僕はアンネさんに【小傷】しか使えない事を伝えたのに。医術師であるアンネさんなら、それが何を意味しているかなんて分かっているでしょう」
呪術に無くてはならないものは、己の意思。だから適性が無い者は、特定の呪術を一生使用できない場合すらある。
攻撃呪術を除いた、医術師の呪術に必要なのは、他人を
医術師としての才能を持った騎士──聖騎士と呼ばれる存在なら、持っていないはずの無い力だ。
「だからこそ、ですよ。偽善だからこそ、
「どういう、意味ですか」
「そのままの意味です。偽善こそがこの世界には必要なんです。だって自分の
……そうなのか?そうなのかもしれない。僕は僕の為に力を尽くし、結果としてケインを救った。
「許されて良いんでしょうか。こんな、
アンネはゆっくりと
「本当に清く
例えば、ある物語。一人の善人が
次に、一人の商人が彼を引き取った。商人は男に学を与え、仕事をやった。すると男は力を発揮し、商人は優秀な右腕を得る事となったのだった。
簡単に言えば、これのようなもの。善とは身を削る行為である。善の道を進めば、その道は苦悩に満ちたものだろう。
「ええ、だから
アンネは
まるで、おとぎ話の『聖女』の
クリスは、いつの間にか不安になっていた。自分が昔から
こんなに、いとも
恐ろしい。恐ろしい。恐ろしくて
こうも満たされてしまうと、不安でしょうがなくなってしまう。こんな欠陥だらけの自分が、認められていい訳が無いのに。
「それでも、それでも僕は駄目なんです。
「多かれ少なかれ、誰でも欠点は持っていますよ。違うのは、それに立ち向かうかどうかだけ」
それを言ったアンネの手は、震えていた。
「クリスさんは、自分の事を話してくれましたから。私も話さなきゃいけませんね。クリスさんが【軽癒】を使えないように、私が【小傷】を使えないのは。それは同じ、覚悟の問題でした」
「アンネさん、そんな事をしなくても。僕は確かに、貴女に
アンネはまた、クリスの言葉を聞かなかった。けじめを、区切りをつける必要があるからと。
「私、この都市に来るまで、色んな戦場で医術師をしてたんですよ。
魔物の攻撃は迷宮の怪物の何倍も
赤く染まりあがった荒野と、むせ返るような臭い。正にあの、汚泥のようなおぞましさ。
【軽癒】では、全力を
「それで、ある時、私の居た治療所が魔物に奇襲されました。戦う
「そんな……」
「クリスさん、どうして私が助かったんだと思いますか?」
「……」
大体の想像はつく。そういう場合は、逃げるか隠れるかだ。そして大抵はろくな目にはならない。
「私は、後輩の子に助けて
アンネはその後の事を話さなかった。「そして、赤い血肉がアンネの頬に飛び散った」というのが事の
「私には覚悟が有りませんでした。戦場に立つという事も理解していなかった。私は、自分が傷つけられる事も、誰かを傷つける事も
あの時、【小傷】を使ってさえいれば。あの子だって死ななくて済んだのに」
……どうしてなんだろう。彼女はどうしてこんなに傷つく必要があるんだろう。献身的で、
それは偶然、彼女が不幸な目に会っただけだろう。人が傷つく
どうしてなのだろう。震えながらも僕達を助けてきてくれた力強い彼女が、こうもか弱く見えるのは。
それは、彼女もまた人間だからだ。ただ一人の人間だから、こうもか弱い少女なのだ。僕が、勝手に大きく見てしまっていただけで。
そしてきっと、僕が彼女を傷つけた。彼女が自身の過去を明かすのが、互いが互いの心を読み解くのに必要だった。
そうまでして僕の中を知る必要なんてないだろうに。
それでも、彼女の目から落ちる涙に、僕は僕の傷口を少しだけ開こうと思う。
「僕は、本当は騎士になった事なんて一度もないんですよ」
「え?」
突然の発言に、もちろんアンネの口からは
「僕は、僕の父が騎士だったように騎士を目指して、そして何にもなれませんでした。それでも、こうやって騎士になる事に
自分は
ただ自分が
「僕は他人をどうでもよく思ったままで、それでも認められたくて誰かを助けようとしたかったんだ」
でも誰かを助け、認められるには何かを想う必要があって。
「私は傷つくのも傷つけられるのも恐れたままで、それでも苦しんでいる人を助けたかったんだ」
でも苦しんでいる人を助ける為には、危険へと飛び込んでいく必要があって。
必要な事から目を
「私とクリスさんは、同じなんです。だから、私はクリスさんを
自分の心の弱さからは、どうしても目を
いつかは変わらなければいけない。でもその最初の一歩を
ウダウダと考えていても、結局はそうだ。アンネがクリスを救ったとしても、それはクリスが立ち直っただけ。
それを見て元気づけられる事が有っても、自分の弱みを
最後は自分が自分自身の意思で前に進まなければ。
「でも、私は弱くて。こんな
「だから、クリスさん。私を助けてください」
クリスは応じざるを得なかった。こうやって助けを求められたなら、助けずにはいられない。
それは、いつものようにクリスがやっている事と同じ、自分を
それでも。クリスは初めて、アンネの事を心の底から助けたいと、そう思った。
「分かりました。
……
『小傷』
敵に過剰な回復を掛け、腐敗させる
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