最終話『依存と狂愛』




 どんな出来事であろうとも、スッキリ決着とはいかずとも、有耶無耶だったり、物別れだったり、フェードアウトだったり、やがては何らかの型に嵌って過去になる。


 そしてそれは、テツヤとヒナコに起きた問題も例外ではない。


 ユウトはラブホテル前での一件以降、一度も姿を見せないまま学校を去り、担任教師からは、転校した、という説明だけがなされ、周囲は誰も気にしなかった。


 ヒナコの怪我についても、事の顛末を聞いた彼女の両親は、掛かる手間と時間を惜しみ、問題にすること自体を嫌がったし、ヒナコ本人にしても、怪我のお陰でテツヤに甘えられ、かえって嬉しいくらいだった。


 また、ヒナコが相互協力を結びテツヤに電話にて告白した女子も、テツヤが正式に断りを入れて早々に決着が付いた。


 こうして、収まるべきところに収まって、十数年来不変であったテツヤとヒナコの関係を変じさせた怒涛の数日間は終息――元の日常が戻って来た。


 その日、朝から担任教師が席を外し、自習を言い渡された教室内はもはや無政府状態に等しく、生徒達は思い思いの時間を過ごしていた。


 そして、そんな中にあって、教室内から好奇と抗議の視線が集まる、より無秩序な一画があった。


「あの……この体勢はちょっと……」


「テツくん……すき、だいすき……」


 この度、晴れて恋仲へと相成ったテツヤとヒナコの二人が居る一画だった。


「テツくん……すき……」


 熱っぽく囁くヒナコ。


 彼女は椅子に座るテツヤの膝の上に跨って、正面から抱き付く格好で身体を密着させながら、その耳元で密やかな告白を繰り返す。


「すき……すき……」


 テツヤの首に腕を回して身体を密着させ、頬に頬ずりをしながら彼に跨った腰を小さくしゃくるように艶めかしく動かしている。


 そうして、教室内でとんでもないイチャ付き方をする二人に対し、周囲のクラスメイトは、頬を赤らめる者、ニヤつく者、目を反らす者、顔をしかめる者と様々だ。


 しかし、そんな周囲の迷惑顧みず、ヒナコによる求愛行動は続く。


「すき……テツくんすき……」


 これでも今日などは大人しい方で、ヒナコは行為の熱に浮かされてくるとテツヤに対しキス痕や歯型を残すことさえある。


 まるで、テツヤは自分の物だと主張するように、他に取られることを恐れ、取られまいとするように、ヒナコはテツヤへのマーキングと求愛を繰り返す。


 そして、そういった激しい愛情表現の裏側には、ヒナコ本来の性質に加え、“呪詛”とも“病巣”とも言うべき要因があった。


「テツくん……すき……?」


 怯えを孕んだヒナコの瞳が、テツヤに伺いを立てる。


 テツヤが、好きだよ、と答える。


 その言葉と微笑みに、ヒナコが幾ばくかの安堵を覚えた瞬間、彼女の中には消えない呪詛の言霊が反響ながらやって来る。


 ――テツヤのこと好きなんだろ?惚れてんだろ?でもな!お前なんかじゃ絶対にテツヤは無理だから!


 同時に、他の女によるテツヤへの告白を聞いて以来、ヒナコの脳裏に焼き付いた、“テツヤが自分以外の女と寄り添い合う姿の想像”が、じわりと炙り出されるように浮かび上がった。


「っ――テツくんすきっ……すきっ……!」


 追い立てられるように、悪夢を振り払うように、救いを求めるように、必死にテツヤに縋り付くヒナコ。


 そのようなトラウマと不安が呪いとなって絡み付き、ヒナコ本来の愛情表現をより一層に重く、激しくさせていた。


 そして、テツヤもそれに答える。


「俺も、ヒナコが好きだよ……」


 首筋に顔を埋めてくるヒナコの髪を撫で梳きながら、テツヤは憂いを帯びた表情で瞑目する。


 ヒナコが何かに怯えている。不安に思っている。助けになりたい、助けなければならない――。


 そう思うテツヤの脳裏には、血を滲ませた擦り傷と赤黒い痣に塗れ、頬を腫らして足を引き摺りながら泣いている、あの日のヒナコが蘇る。


 あの痛ましいヒナコの姿こそが、彼のトラウマであり罪悪感の源流となっていた。


 するとそこに、おお!――と教室内で声が上がる。


 テツヤが何事かと視線を向けると、“教室のド真ん中”にて、クラスメイトの男女が向かい合って立っていた。


 それは、同じ教室内にして、一線を画する世界と別視点において、新たな恋が成就されようとしている瞬間だった。


 当然、そんなことを与り知らぬテツヤは疑問に首を捻っていると、その頬に小さな手が添えられた。


 テツヤがその手に導かれて正面を向けば、慣れ親しんだ幼馴染にして大切な恋人の顔が出迎えた。


 テツヤとヒナコの視線が、正面から絡み合う。


「テツくん……ずっと、いっしょにいてね……」


 耳奥をくすぐるような甘やかな声。それは最愛を示す囁きであり、捨てられる恐怖に怯え縋り付く懇願のようでもある。


「……こちらこそ、ヒナコが望むまで、傍に居させて欲しい……」


 胸奥を震わせるような低い声。それは献身を誓う囁きであり、いつか役割を失う未来を愁いて寂寥を滲ませるようでもある。


「テツくん、だいすき……」


 水面下で鬼気迫る脅迫的な愛情を込め、ヒナコが慕情に蕩けた表情で告げる。その瞳の色は、ゆっくりと泥の底に沈むように濃く深くなって行く。


「ヒナコ、大好きだ……」


 彼女の想いに忠実に答えるように、病的な信仰心にも似た決意を込めて告げる。その瞳の中心には、全てを貫き通すような強い光を宿している。


 一方は狂愛、一方は依存。


 互いが互いに寄り掛かり、結果的に支え合う形となって、歪なバランスを保ちながら共に歩んで行く。


 この先も、ずっと――。


 「テツくん、すき……」


 そうして、今一度愛を囁く彼女の黒瞳は、光の届かない深海の如く、深くて仄暗い、闇色に染まっていた。






 『ポンコツ幼馴染の愛し方』――完

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ポンコツ幼馴染の愛し方 osa @osanobe

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