2
斜陽の所為か僅かに赤い壁に突き刺さった廃バスを橋代わりにして、窓ガラスが割れている部分から一際大きなビルに移る。30階はあるだろうか。巨大ビルがほぼ水平に存在していることはなかなか有難いということが、これまでバラバラな角度で繋がっていた廃物たちを移動してきたデルタには分かった。ここを逆に渡った者がいるのか、どこからか持ってきたボロボロの金属製のハシゴが掛けてあった。
情報によれば、〈中央区〉は大きなビルの下7,8階を中心に展開しているらしい。「大きなビル」というのは多分この建物だ。
〈中央区〉。現在デルタが確認している限りもっと人口が集中している場所だ。人が多いからそこを活動の中心にした、というのが名の由来だろう。夜を明かすのに適した場所が他に見当たる気配がせず、結局ここまで走ってきた。それ故かなり疲れていて、息も上がっている。だが、世界に関する情報を集めて、自分の頭を整理したい気持ちの方が勝った。だから止まることは無かった。
建物を下に降りていくと、だんだんと人の声が聞こえるようになる。この世界に来てからは初めて聞くはずだが、特に新鮮さとか感動とかいったものは感じない。前の世界――あったとすればだが――で沢山聞いているはずだから当然だろう。
そして9階に辿り着いたとき、古びた看板に何かが書いてあるのを見つけた。…汚い字だ。書く物にもよるが、デルタが殴り書きしてもこうはならないような、バランスの崩れた文字。しかしその意味は分かった。
――「8階より 中央区」と。
8階の「大ホール」と表示されている場所へ着いた。体育館(学校の体育施設だったか?)くらいの大きさがある。少し重いドアを開けると、数十人の存在が確認できた。いくつかの視線がこちらに向いた。
…人だ。
白い作業着のような服を着て帽子を被った、大柄な(180cmはあるだろう)20代と見える男が話しかけてくる。
「ん?初めて見る顔だ。〈中央区〉に来たのは最近か?最近と言っても数日内しかありえんが」
「…ああ。ついさっきビルの中程から入ってきた」
「なるほど…。んー、まあひとまず落ち着いて大丈夫だ。その様子だとかなり移動してきたんだろ。ひとまず新しく人の存在を確認したと報告するから、この部屋で待っておけ。…あーっと、それと。多分お前も同じだろうが、自分の名前を知らないはずだ。何か呼び名を考えておかないと会話が成立しないから、自分で考えておいて欲しい。長い間使うかもしれないから、よく考えてな」
「いや。…もう決めている。『デルタ』だ。ついでにこのニックネームも報告しておいてくれて構わない」
「…そうか…。それならいいが。じゃあ、デルタ、とりあえず待っとけ」
初めて他人と会話をする割に、すんなりと、はっきりと言葉が出てきた。言葉が出た途端、デルタは妙に安心を覚えた。やはり同じ人間が認識できると、人は安堵するのだろうか。
同時に、疲れも覚えた。走ってきた疲労を引きずっているのもあるだろうが、人と接する感覚が抜け落ちていたのか。
――慣れが必要な気がするな。
座り込みたい気分になって、邪魔にならない場所に腰を下ろそうとしたとき、さっきの男が何やら急いで戻ってくる。
「クッソ大事なことを言い忘れていた!」
情報をもらえるのは有難いが、今は静かにさせて欲しい。これ以上大事なことは、今のデルタにとってはなく、
「後で飯が食える!」
……それは非常に大事だ。
廃屋世界で生き残れ 雲上 梟 @tcelfer_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。廃屋世界で生き残れの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます