救世主草凪澄人⑦~グリーンランド~

レッドラインがグリーンランドに発生しました。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ケビンさんから聞いた話だと、今から十年ほど前に人類はグリーンランドを奪還しようとしたらしい。


 しかし、派遣したハンター団が全滅してから、どの国もグリーンランドへ近づかなくなったようだ。


「あの場所は世界一危険なんだ……」


 ケビンさんが遠い目をしながらそう言った。


 その表情からなぜか諦めているような雰囲気を感じ取る。


 他の観測員もグリーンランドと聞いた瞬間に動きが止まり、息をのんでこちらの様子をうかがっている。


「それでも、行く価値はあると思います」


 俺は信念をもって言葉を放つ。


 新しく発生したレッドラインに行かなければ俺の仮説が証明できない。


 境界発生の原因がわからなければ止めることなど不可能だ。


(俺の中で結界石と境界の関係をはっきりさせたい……そうじゃないと……)


 全く引く気はないという意志を視線に乗せて、ケビンさんを見つめ続ける。


「澄人くん……きみはなぜそこまでしようとする?」


 ケビンさんはそう言いながら、机の上に手を組んで置いた。


 その手は震えており、何かを我慢するように歯を食いしばっている。


「オーストラリアとはわけが違う。あとこはまだ定期的にモンスターが倒されていた」


 ケビンさんはそこで言葉を切ってから、一度目を閉じて深呼吸をする。俺の目を見て続きを話し始める。


 次に瞼を開いた時には、覚悟を決めた表情で俺のことを見た。


「だが、グリーンランドはダメだ……あそこでは数万のハンターが命を落とした……」


 ケビンさんは絞り出すようにそう言うと、額に手を当ててうなだれてしまう。


 周りの観測員もそのことを知っているのか誰も口を開こうとしない。


 そんな空気の中、俺は人一倍の笑顔をケビンさんへ向けて口を開く。


「わかりました。最初は俺一人で行ってきます。安全を確保してからみなさんを連れていきます」


「何を言っているんだ!!」


 ケビンさんが慌てて駆け寄ってきて、俺の両肩を強く掴んできた。


「きみは死にに行こうとしているのか!!」


「落ち着いてください」


「これが落ち着けるか!! きみは自分が何を言っているのかわかっているのか!?」


 ケビンさんが俺に詰め寄り、必死の形相で訴えかけてきている。


 冷静沈着だと思っていたケビンさんがここまで感情を表に出して俺のことを止めようとしている。


 俺は安心させるようにケビンさんの肩を軽く叩き、椅子へと誘導する。


「座って落ち着きましょう」


「……すまない」


 ケビンさんは落ち着いた様子で席に着くと、うつむいて考え込んでしまった。


「ケビンさんは俺の二つ名を忘れていませんか?」


「……【救世主】」


 俺の言葉を聞いて顔を上げたケビンさんがゆっくりと答えた。


「そうです。救世主らしく、グリーンランドも救ってこようと思います」


 厄介ごとしかもたらさないと思っていた二つ名だったが、こういう時に説得として使えると得をした気分になる。


「澄人くん……」


「とりあえず行ってみます。無理そうなら帰ってくるので安心してください」


 心配そうな顔をしているケビンさんに対して微笑みかける。


 まだ不安が残っているようで、眉間にしわを寄せたままケビンさんが俺のことを見ている。


 観測員の人たちが手を止めてしまっていたため、そろそろ再開してもらいたいと思う。


「みなさん、俺が帰ってくるまでに作業を終わらせておいてくださいね」


 そう言ってから部屋を出ていこうとすると、後ろから声をかけられた。


「澄人くん……死ぬんじゃないぞ」


 振り向くと、真剣なまなざしをしているケビンさんがこちらを見送ってくれていた。


「もちろんです……あ、そうだ。ケビンさん、俺がグリーンランドを開放した時の声明文を考えておいてください」


「…………わかった。任せてくれ」


 ケビンさんは少しの間だけ沈黙すると、苦笑いをしながら返事をしてくれた。


 その言葉を聞いた俺は満足して、今度こそ部屋を後にした。


(ワープ先はグリーンランド上空だ)


 ワープ先を指定すると、俺の体を白い光が包み込む。


 真っ白な視界が晴れると、いきなり誰かと目が合った。


「はぁ?」


「ギャオオオオオオオオオオオオ!!」


 上空にいるはずの俺の目の前に、ペリカンの嘴のような大きな顎を持つ巨大な鳥が羽ばたいている。


(やばい!)


 その巨体が風を巻き起こしながら、鋭いくちばしを俺に向けて突進してきた。


「あっぶねぇ!」


 咄嵯に雷の翼で避け、俺に何が襲ってきたのか相手の姿をよく見る。


(嘘だろ……なんでこいつらがこんなところに……)


 体長は3メートルを超えており、体は灰色で頭から尾まで黒い線が走っている。


 翼をはためかせて飛んでいる姿は、かつて存在したという【プテラノドン】そっくりだった。


【モンスター鑑定】

 フライダイナー


 フライダイナーは大群をなしており、鳴き声を聞きつけて全体が俺を捉えた。


「「「「「ギャアァオォ!!」」」」」


 まるで獲物を見つけたような歓喜の声を上げながら、フライダイナーが一斉に襲いかかってくる。

(速い!!)


 フライダイナーが空中で急旋回をして、俺をめがけて突っ込んできた。


 その速さは音よりも速く、気を抜けば一瞬で体が風穴だらけになりそうだ。


「来ただけでこの歓迎……さすがグリーンランドだ」


 相手が音よりも早いのなら、こちらはそれ以上の速度で応戦すればよい。


 フライダイナーの群れを迎撃するために、雷の剣を無数に生み出して地上へ撃ち落とす。


「「ギャッ!?」」


 俺に向かってきたフライダイナーが倒されたことで、後続の足並みが崩れる。


 そのまま一気に残りのモンスターたちを斬り捨てていく。


「ふぅ……終わったか……」


 周囲にフライダイナーの気配がなくなったところで一息つく。


 これでようやくグリーンランドへ上陸できると視線を下に向けると、自分の目を疑った。


「………………サラン森林?」


 眼下には鬱蒼としたカラフルな木々が広がっており、大陸中を埋め尽くしている。


 俺がいる場所は異界ではないため、あんなカラフルな木々があるはずがなかった。


(それに……フライダイナーでもしかしてとは思っていたけど……恐竜がいる……)


 プテラノドンに似たモンスターがいるのなら、他の恐竜にそっくりなモンスターがいても不思議ではない。


 だが、ここは異世界ではなく、地球のグリーンランドだ。


 俺はレッドラインのオーバーフローがここまでの影響を及ぼしていることを目の当たりにし、思わず乾いた笑みを浮かべた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

次回の更新時期は未定です。

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