草凪聖奈の苦悶~お兄ちゃんの居ない日常~

澄人が異界に行っている時の聖奈です。

お楽しみいただければ幸いです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 お兄ちゃんが異界へ行ってから2週間ほどが経った。


 あと数週間で年末となり、私は登校のために防寒具を着込む。


 学校ではお兄ちゃん不在の理由は、【世間のほとぼりが冷める間避難している】と説明されている。


 学校の理事長である師匠はもちろん、国際ハンター協会の理事に復帰した正澄おじいちゃんも同じように対応をしていた。


「お兄ちゃん帰ってこないかな……」


 実技実習やハンター活動など、お兄ちゃんがいないとどうも張り合いがない。


 倒せない壁というか、何をしても越えられなさそうな試練がずっとあったのに、急になくなって寂しい気分だ。


 私は今日も1人で登校するため、いつもより早めに家を出た。


 本当にお兄ちゃんは異界でお父さんやお母さんのことを調べられるのかな……だめだめ、私が信じないと……。


 学校に着いた……なんだかなー。


 1人だと時間の流れが遅く感じてしまって、ついため息が出てしまう。


 校門をくぐって歩いていると、急に後ろから騒々しい声が聞こえてきた。


「あー!! 草凪聖奈さんですよね!! 少しお話しよろしいですか!!??」


 マイクを持った人がカメラを携えた人とともに駆け足でやってくる。


 心の中で舌打ちをしながら、首に巻いているマフラーをグイっと鼻まで上げた。


 この人たちとは話してもいいことがないけど、無碍にもできないな……。


 無視をして歩くわけにはいかないため、立ち止まってしまったら同じような人たちがこちらへ来る。


「えっと……なんでしょうか」


「あのですね! 草凪澄人さんについて、なんでも良いので教えてくれませんか!? 全国の皆さんが知りたがっているんですよ!!」


 そう言って、スーツの上にベンチコートを着ている男性が、私へマイクを差し出してくる。


 便乗するように数本のマイクも現れ、私を取り囲んだ。


 お兄ちゃんが臨時の国際ハンター会議を開く場合、日本でなければ出席しないと通知を送ったのが異界へ行く前。


 その要望通り、年明け早々に日本で国際ハンター会議が開かれることになった。


 決定以降、このようなマスコミが草根高校や日本ハンター協会へ連日来ており、私は対応疲れしてしまっている。


「申し訳ありません。妹の私も今兄がどこにいるか教えられていないんです」


 何回口にしたかわからない言葉を口にしながら頭を下げ、校舎へ向かって歩き出す。


 しかし、私の目の前に立ちふさがり、通してくれなかった。


「妹さんのことなら本当はご存知なんじゃないですか? 勿体ぶらずに教えて下さいよ!!」


 マスコミの人たちを振り切ろうとしたら、進路を塞ぐように数人の男性が回り込んできた。


 しつこい人たちを相手にする気はないんだけどな……。


 どうやって振り払おうか考えていると、校舎から大きな影が飛び出してきた。


 着物のようなものを着ている影が私のそばへ着地すると、ドスンという音とともに地面が少し揺れる。


「のぉ、主ら、ここでの取材は辞めてくれと頼まんかったかの?」


 2メートルを越えるおじいちゃんが腕を組み、阿修羅のような表情でマスコミを威嚇する。


「うっ……」


 おじいちゃんの顔を見た瞬間、マスコミたちは顔を引きつらせながら後ずさった。


 そのすきに包囲から抜け出すと、私を囲んでいた人たちはおじいちゃんを見て動けなくなっている。


「聖奈、行きなさい。わしはこの人たちとお話がある」


「うん。ありがとう、おじいちゃん」


 おじいちゃんの言葉に甘えてその場を離れようとしたら、私と同じように多くの生徒が校門に駆け込む。


 その登校風景を見たおじいちゃんがさらに顔を歪め、怒りで頬がわずかに上がった。


 私はこんな状況にした人たちの自業自得だと思い、駆け足で教室へ向かう。


 お兄ちゃん……早く帰ってきて……。


◆◆◆◆


 お昼休みになり、食堂へ向かったけど食欲がわかない。


 結局朝から何も食べていないため、売店でサンドイッチを買って中庭の木陰に座った。


 ここ数日は天気が良くなく、外にいる生徒は少ない。


 それでも何人かの生徒はベンチなどで昼食を食べていた。


 みんな元気だな……私はなんだか……生活に張り合いがないなー……。


 私の周りには誰もいないため、ぼーっと空を見上げる。


 雲一つない快晴だけど、空気は冷たくて息を吐くと白くなった。


 お兄ちゃんはいつ帰ってくるんだろうか……やっぱりお父さんたちを調べるなんて無理だったんじゃないのか……。


 お兄ちゃんを信じないといけないと思いながらも、不安は消えてくれない。


「聖奈!!」


 急に名前を呼ばれて横を見ると、制服の上にコートを着た女子生徒が立っている。


 長い髪を揺らし、私よりも少し背の高い朱芭がこちらに向かってきた。


「聖奈……最近どうした?」


 そう言いながら、彼女は隣に座り、私へ詰め寄ってくる。


「別に……いつも通りじゃない?」


 私は彼女の勢いに驚き、体を後ろに反らすと、すぐに手をつかまれた。


「聖奈がおかしいってクラスやミス研の人たちも心配してる。何か悩みがあるの?」


「そんなことないよ。ほら、それよりご飯食べよう?」


 彼女に握られた手を振りほどき、自分の買ってきたサンドイッチを見せる。


 すると、朱芭は眉間にしわを寄せ、凛々しい顔を不満そうに変えた。


「聖奈、ずっと悩んでいるんでしょ? 皇にいた頃の私みたいな顔になっているよ。気付いていない?」


「え?」


「私でよかったら相談に乗るけど?」


 確かにお兄ちゃんがいなくなってからずっと気分が上がらない。


 それに、両親のことも私とお兄ちゃん以外ほとんど違和感を覚えていない状況だ。


 混乱を避けるためにそのことを朱芭に言うわけにはいかず、首を振って否定をする。


「大丈夫だよ。本当に……」


「嘘。だって、最近の聖奈……全然笑わないもん」


 私ができることなんてないから……。


 そう言おうとしたら、急に視界が暗くなり、額に衝撃を受けた。


「痛っ!?」


 いきなりのことに驚いて立ち上がると、彼女が人差し指をこちらに向けている。


「聖奈、何に悩んでいるの? 私じゃあ力になれない?」


「違うよ。本当に何でもなくて、ちょっと考え事をしていただけ」


 私が頭を押さえて笑いかけると、朱芭はため息をつく。


 わかってもらえたかと思った瞬間、朱芭に両手で肩をつかまれ、私の目を覗き込まれた。


「聖奈、あなたがどんなに隠そうとしても、今の態度を見れば誰にでもわかるの。私もそうだったから」


 そう言って、今度は私の目を見ながら話し始める。


「私もね、お皇に入学してからはすごく悩んでいたの。自分が何をしたらいいかわからなくて、毎日泣いてばかりだった」


「朱芭が?」


 いつも気丈に振る舞っている彼女からは想像できないような過去を聞いてしまい、思わず聞き返してしまった。


「そう、私も1人では抱えきれない問題に直面して、何度も泣いたの。だから、聖奈の気持ちはよく分かる。澄人くんの手伝いをしたいのに、何もできない自分が不甲斐ないのよね?」


「うっ……」


 図星を突かれてしまい、言葉を詰まらせる。


 しかし、ここで認めるわけにはいかないため、口元に力を入れた。


「そんなことはないと思うよ。私もそう思っていただけで、今は平気だし……」


「澄人くんは今どこで何をしているのかな?」


「それは……」


 朱芭の問いかけに対して言葉が出ず、うつむいてしまう。


 お兄ちゃんは今異界へ行って両親のことを調査しているはずだ。


 ただ、それを伝えたところで、現状は何も変わらない。


「ごめんなさい。困らせちゃったみたいだね。もう聞かないから安心して」


 私が落ち込んでいる姿を見て、彼女はそれ以上追及してこなかった。


 しかし、そのことが逆に心苦しい。


「私はいつでも話を聞くから、辛かったら私を頼ってきて」


「ありがとう。その時が来たらお願いするかもしれない」

 

 私は笑顔で答えて座り直し、持っていたサンドイッチの封を開ける。


 空を見上げると今にも雪が降り出しそうなくらい厚い雲が広がっていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

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大変励みになります。


次の投稿は1月5日に行います。

次回も引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

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