清澄ギルド観測センター副所長水鏡真の仕事

観測センター清澄ギルド支所で働く水鏡真視点の物語です。

お楽しみいただければ幸いです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「はい、こちら観測センター清澄ギルド支所です」


 澄人くんが観測してくれた境界を登録したら、数分後には突入を申し込んでくる連絡がくる。


 ここは観測センター草根本部とは違い、即金で申請権を売り渡す。


 今受けた電話は、E級以上の境界なら提示してある金額で突入権を買うという予約をしてきた。


 予約からあふれた境界が公表されるようになっているが、それでも数は多い。


(澄人くん全国を飛び回って境界を探しているんだけど、どうやっているんだろう……)


 本州の北から南までくまなく境界を探している澄人くんは、どうやって移動しているのか教えてくれない。


 送られてくるデータを処理しているだけなのに、キーボードを叩く音が鳴り止むことが少ない。


「真、そろそろ休憩にしましょう。澄人さまへ連絡をしてくれる?」


「わかりました」


 所長である夏澄さんが時計を見ながら私へ指示を出してくれた。


 ここへ来てからずっとパソコンとにらめっこをしていたので、肩が凝っていることがわかる。


(澄人くんへ連絡をしないとどんどんお仕事が舞い込んでくる)


 澄人くんへここでの境界の登録処理を中断するという連絡を入れたら、再開する時には教えてほしいと返信があった。


 この間も、観測をしている澄人くんは境界のデータを地元の観測センターへ送っている。


「真から休んでいいわよ。30分くらいしたら戻ってきて」


「ありがとうございます」


 休憩と言っても仕事は中断することはなく、突入権を購入したギルドや人のデータを本部とハンター協会へ送信をする必要がある。


 ただ、観測員が澄人くん以外いないので、一番面倒な境界の登録作業はやらなくてもよい。


(今日も21時くらいまでお仕事かな……夕食食べよっと)


 私はデスクを離れ、買ってきた夕食を片手に勝手にリラックスルームと呼んでいる部屋へ入る。


 中には先客がいたため、挨拶をしながら近くに座った。


「お疲れ様です。立花さんも休憩ですか?」


「お疲れさま、真ちゃんも?」


「そうです、夕食をとりに来ました。学校が終わってからなのに、もう百件以上境界の処理しましたよ……」


「相変わらずすごい件数ね……」


 クラスメイトになった立花朱芭さんのお母さんがコーヒーを飲んで一息ついていた。


 朱芭さんが草根高校へ編入することが決まってから、朱芭さんのお母さんが清澄ギルドの事務員として働くことになった。


 朱芭さんのお父さんは別の仕事に就いたようだが、清澄ギルドではなさそうなので何をしているか私は知らない。


 朱芭さんのお母さんと仕事の話を交わしながら、おにぎりのパッケージを開けてほおばる。


「ここではそんなご飯ばかりなの?」


 私がもぐもぐと食べていたおにぎりを飲み込んだとき、朱芭さんのお母さんがこちらの様子を心配するようにうかがっていた。


 今日は平日なのでご飯が作られていないため、コンビニで買った物を食べるしかない。


「キッチンがそこにあるんですけど、どうにも面倒なんですよね……休みの日だと澄人くんが作ってくれるんですけど……」


「そう……休みの日は澄人くんが……そろそろ失礼するわね」


「お疲れ様でした」


 朱芭さんのお母さんはコーヒーを飲み終え、流しでカップを洗ってからこの部屋を後にした。


 私は1人になったことを良い事に、リラックスルームに備え付けてあるマッサージチェアへ座る。


 肩と首を重点的にほぐしてもらうモードに設定して、袋に入っていたゼリー飲料を飲み干す。


(すごい気持ち良い)


 疲れていたのも相まって、マッサージチェアが与えてくれる快感が心地良い。


 油断をしたら寝てしまいそうなので、スマホのアラームをセットしてから全身の力を抜いた。


 薄れそうな意識の中で考えてしまうのは、やはり仕事のことだった。


(境界適応症克服ツアー……参加費が1000万円なのに申し込みが後を絶たないって所長が言っていたっけ……)


 所長と澄人くんが世界に向けて発表した境界適応症についての報告書は反響が大きく、世界各国から問い合わせが来ていた。


 その対応は所長とギルドマスターが行なっており、ほとんどが報告書の内容を疑問視する内容だった。


 その中で本当に治るのかという質問があまりにも多かったため、境界適応症の患者を治す境界を巡るツアーを行なうことになった。


(1000万……ハンターなら少し貯金すれば払える金額だからかな……)


 私の預金はその金額を大きく越えており、不自由のない生活を送らせてもらっている。


 これもここで働かないかと誘ってくれた澄人くんのおかげだ。


(私は相手が本当に環境適応症なのか確認しなきゃいけないんだよね……みんなに比べれば楽な役割だ)


 報告書を発表してから所長やギルドマスターはギルドハウスへ泊まっており、ほとんど家に帰っていないようだった。


 澄人くんは毎日のように全国を飛び回っているため、学校以外では顔を合わせない。


 ――キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


(あ……時間だ。所長を休ませてあげよう)


 私が気付きやすい学校のチャイムと同じにしてある音楽がスマホから流れた。


 マッサージチェアを停止し、ごみを片付けてから所長のいる観測センターへ戻る。


「休憩ありがとうございました」


「もういいの? じゃあ、私行ってくるから、しばらくお願い」


 所長が肩をトントンと叩きながら退出していくのを見送り、私は自分の席に座る。


 ほとんどの作業を所長が終わらせてくれていたので、私は電話対応をすればよいみたいだ。


(電話来るかな……たまに変なこと言われるんだよね……)


 ごく稀に《境界を独占するな》とか、《草凪澄人を解放しろ》などの電話がかかってくることがあり、ギルドマスターに対応してもらおうと保留にしたら切られる。


 ――プルルルル プルルルル


 そんな電話がかからないことを祈っていたら、ギルドの外線電話が鳴り始めた。


 電話のディスプレイには携帯電話の番号が映っており、今まで一度もここへかけてきたことが無い人からの連絡のようだった。


「はい。こちら観測センター清澄ギルド支所です」


 受話器を取って、いつも通りの定型文を口にする。


「わたくし、ヘレン・スタマーズと申しますが、1点お聞きしたいことがあり、連絡させていただきました」


「えーっと、どのような内容でしょうか?」


「清澄ギルドの一員になりたいのですが、ギルド員は募集していますか?」


 観測センターへこのような電話が来たのが初めてだったので、予想外の内容に反応が遅れた。


「ちょっ……と、私ではわからないので、ギルドマスターに代わりますね」


「お願いします」


 保留のボタンを押し、急いでギルドマスターに繋がる内線の番号を打つ。


 電話の相手と内容をギルドマスターへ伝えると、数秒沈黙してからうーんと声が漏れてきた。


「わかった。代わるわ」


「よろしくお願いします」


 私はフックスイッチを手で押してから受話器を置き、電話の内容について考える。


 清澄ギルドは活発に活動しているにもかかわらず、大っぴらにギルド員を募集していない。


 今回、立花さんのお母さんが事務員として働くようになったのも、ギルドマスターの指示だった。


(私も澄人くんに誘われて面接に来たし、そこのところはどうなっているんだろう?)


 私は所長が戻ってきたら質問をしてみようと思い、頭を切り替えた。


 ふとスマホを見ると澄人くんからのメッセージを受信していることに気がつく。


【まだそっちには情報を送らない方が良い?】


【うん。今、所長が休憩中だよ】


【わかった。もうしばらく手数料を払って他の観測所へ境界を登録するね】


 澄人くんとのやり取りを行ない、もうしばらくこちらへ情報を流さないように頼んだ。


(この仕事量だから今のお給料かもしれないし……頑張ろう)


 仕事が終わるまでまだまだ時間があるので、気合を入れ直してパソコンと向かい合う。


 澄人くんが登録した大量の境界はほとんど完売しており、CやHの境界だけが残されていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

もしよければ、感想、フォロー、評価、待ってますので、よろしくお願いいたします。

大変励みになります。


次の投稿は8月29日に行います。

次回も引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る