身をゆだねるアラベラ・マーシュ~黒ずくめのあなた~
ソニアの妹であるアラベラの治療を行ないます。
澄人が黒ずくめで行動をしているので、アラベラからはわかりません。
お楽しみいただければ幸いです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アラベラ、言われたことは覚えている?」
ソニアお姉ちゃんがハンタースーツに着替えた私へ何度も同じ事を聞いてくる。
私のことを心配してのことなので、大丈夫と声をかけてから質問に答える。
「この薬を差し出されたら飲み干すことと、騒がないことだよね。必ず守るよ」
この会話をしている最中に黒ずくめの人から回復薬を差し出されたので、感謝を伝えてから飲み干す。
市販の物よりも飲みやすいので苦にならないが、これは何処で売っている物なのだろうか。
(お姉ちゃんたちがいろいろ私のために用意してくれた中にもこんな飲みやすいものはなかったのに……)
ソニアお姉ちゃんとヘレンさんは世界中を駆け回って私の体に良いモノを探してくれていた。
不可能と言われている境界適応症の治療法は見つからず、30分前に意識を失ったはずだった。
(エーテルが効かなくなったら【死】……そのはずだったんだけど……)
ちらりと私へ回復薬を渡してきた人を見ると、なんでこんな格好をしているのか謎だ。
黒いマントで全身を覆い、顔はフードを深く被っているため何も見えない。
お姉ちゃんがマントを着ている人の名前を呼ぼうとしたら、ヘレンさんからどこで誰が聞いているかわからないから口にしないように注意をされていた。
ただ、私の体を楽にしてくれた人であることと、お姉ちゃんたちが信頼している様子を見て、決意は固まった。
(この人に命を預ける)
黒ずくめの人は英語が喋れないのか、ヘレンさんが通訳をして言葉を伝えてくれた。
(一年前にはピッタリだったのに……痩せちゃったな……)
入院生活でやつれてしまい、ハンタースーツが自分のサイズではなくなっている。
「ちょっと触るわね」
鏡で自分の姿を確認していたら、ヘレンさんが私の着ているハンタースーツを整えてくれた。
「これでいいわ。そろそろ、出発するみたいよ。アラベラ、これを」
「スマホ? それなら私も持っているけど……」
「これは翻訳機よ。言葉が伝わらないと不便でしょ、スマホの性能よりも良いから使いなさい」
ヘレンさんがいつも使っているという翻訳機を私へ貸してくれている。
「ありがとう」
私が翻訳機を受け取ると、ヘレンお姉ちゃんが手を握ったまま離してくれない。
どうしたのか声をかけようとしたら、ヘレンさんの瞳がじっと私を見つめていた。
「……アラベラ気を付けてね」
ヘレンさんが2人へ声をかけると、お姉ちゃんが歩み寄ってきて、私を抱きしめてくる。
私もお姉ちゃんの体に腕を回し、もう二度と感じられないと諦めていたぬくもりを全身で受け取った。
「ソニア、アラベラ、そろそろ……」
私たちがいつでも離れないので、黒ずくめの人が何かを言った後、困ったようにヘレンさんが声をかけてきた。
お姉ちゃんから離れようとしたら膝が崩れ落ちそうになるが、白銀の光が私の体に吸い込まれて力が入る。
それを見て、お姉ちゃんの手を取って黒ずくめの人へ近づく。
「絶対に治るから、あなたは安心して【彼】に身をゆだねなさい」
「うん! キャッ!?」
黒ずくめの人の前に立つと、いきなりお姫様が運ばれるような体勢で抱きかかえられた。
お姉ちゃんが口を滑らせて黒ずくめの人が男性であることがわかってしまったので、恥ずかしくなってくる。
「~~~~」
黒ずくめの彼がお姉ちゃんたちへ何かを言ったと思ったら、私の目線が高くなっていく。
手に持っている翻訳機の画面を見ると【行ってきます】と表示されている。
(飛んでいくの? どこへ!?)
お姉ちゃんたちは私が浮かんでいるのにもかかわらず、何も驚いていないので、彼が飛べるということをしっているのだろう。
「うっ」
病室を少し高いところから眺めていたら、急に視界が切り替わり、太陽の光が私の目に飛び込んでくる。
先ほどまで夜だったはずなのに、私は死後の世界にでも来てしまったのではないかと錯覚をしてしまった。
空に放り出されたので周りをきょろきょろと見ていると、黒ずくめの彼が私の持っている翻訳機へゆっくりと話しかける。
【揺れるから舌を噛まないようにね】
私は翻訳された文章を読んでうなずき、黒ずくめの彼から差し出された回復薬を飲んだ。
「わっ!?」
黒ずくめの彼は急降下をするように地面へ降り立ち、何かを探るように微動だにしなくなった。
(廃墟ばかり……地面もえぐれているし……どこなのここ?)
どうすればこんな状況になるのかわからないような荒廃した土地が広がっている。
それも、数十年放置したという感じでなく、なにか外的な要因で壊されているようだった。
【これから境界へ突入します。怖かったら目を閉じておいてください】
黒ずくめの彼が黄色い半透明の翼を広げ、私を抱きかかえたまま空を飛び始める。
お姉ちゃんから治療法を聞いて、覚悟はしていたがいざ入るとなると緊張してくる。
こんな体になる前は憧れていた境界への突入が今は怖くて仕方がない。
(私の体……もつのかな……)
ただでさえ体力のないこの体で境界の環境に耐えられるのか不安だ。
私の不安をまったく考慮していない黒ずくめの彼は、私を抱きかかえたまま地面へ着地する。
何もないのにどうしたんだろうと顔を見上げていたら、視界の端に青い光を感じた。
「境界!? 今まで何もなかったのにどうして!?」
黒ずくめの彼はここに境界が生まれるのがわかっていたかのように全く驚いていない。
境界はどこに出現するかわからないものだと思っていたので、この人のしている行動が信じられなかった。
【突入します。暴れないでくださいね】
翻訳機に表示された文章を見ていた私の返事を待つことなく、黒ずくめの彼が境界へ突入する。
久しぶりの境界の空は緑色で、ここが異世界であることを改めて知った。
「ピギャアアア」
鳥のような甲高い鳴き声が耳に届いたが、上空には何もモンスターがいない。
身をよじって地面を見ようとしたとき、私を抱きかかえる腕に体を押さえつけられる。
「ピ、ピ、ピギャアアア!」
黒ずくめの彼は一切動くことなく、ただ断末魔のような鳴き声だけがあらゆるところから聞こえ続けた。
おそらく何かのスキルでモンスターを倒しているのだと身をゆだねていたら、回復薬を差し出される。
体が辛くなってきたという絶妙なタイミングで差し出される回復薬を飲み干すと、黒ずくめの彼が境界を出た。
それからいくつかの境界へ入り、私が守られながら黒ずくめの彼がモンスターと戦うということを繰り返した。
大体、1つの境界には30分ほど滞在しているようだ。
こんなことで本当に境界適応症が治るのか不安になる行動だったが、私はこの黒ずくめの彼に全てを託しているので何も言わない。
【これで終わりです。体はどうですか?】
いつからか回復薬を渡されなくなっており、私は疑心暗鬼になりながら体を確認する。
「なにこれ……本当に……治っているの……」
回復薬を飲まなくても体に一切の脱力感はなく、自分の足で立ち続けることが出来る。
荒廃した背景のことが頭から消え、境界適応症を治してくれた黒ずくめの彼のことしか考えられなくなった。
私のことを治してくれた人の名前を呼べないのは心苦しいので、最後に希望を込めてスマホへ言葉を託す。
【お願いします。名前を教えてください】
(え……)
この人は私の翻訳された文章が映し出された画面へ顔を向けたが、何もしてくれない。
どうしてと更に言葉をかけようとしたとき、私はお姉ちゃんたちが待っていた病室へ送られた。
病室に戻った私は様々な検査を受け、境界適応症が治ったことを青い顔をしたお医者さんから告げられることになった。
その翌日、日本から境界適応症に関する報告書が発信された。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ご覧いただきありがとうございました。
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大変励みになります。
次の投稿は8月26日に行います。
次回も引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
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