ソニア・マーシュの訪日~わずかな希望を求めて~

妹が境界適応症にかかっているソニア・マーシュが訪日します。

お楽しみいただければ幸いです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ずっとスマホで何かを読んでいるみたいだけど、なにか面白いことでもあるの?」


 マネージャーのヘレンが飛行機に乗ってからずっとスマホから目を離さずにいる。


 私の言葉にハッと気が付いたヘレンは垂れていたミルキーブロンドの髪をかき上げ、神妙そうにうなずく。


「ごめんソニア。嘘か本当かまだわからないんだけど、オーストラリアに救世主が現れたみたいなの」


「何それ? どういうこと?」


 普段冗談をほとんど言わないヘレンが真剣に【救世主】という言葉を口にしていた。


 他の人が言ったことなら笑い飛ばしていたかもしれないが、ヘレンが言うのなら本当に救世主が現れたと思われるようなことが起こっているのだろう。


「これ読んでみて。オーストラリアの記者が書いた記事よ」


「ええ」


 ヘレンから受け取ったスマホに表示されている文章を流し読むと、到底信じられるようなものではなかった。



【オーストラリアに救世主現る】

 数十の境界がオーバーフローを起こしているオーストラリアに救世主が現れた。

 救世主は一切素性を明かさず、ハンターの傷を治し、次々と境界を消し去っている。

 これにより、オーストラリアは国土の半分を取り戻すことに成功した。



「これ本当なの? オーストラリアへ人を呼ぶためのゴシップじゃない?」


 腕を伸ばしてスマホを返すと、ヘレンは軽く首を左右に振って私の目を見つめてくる。


「それがこれだけじゃなくて、実際に怪我を治してもらった人がSNSで喜びを投稿しているの。腕の欠損も治せるみたいで――」


 ヘレンが若干興奮した様子でオーストラリアの救世主について語り始めた。


 ファーストクラスで周りに人がいないとはいえ、若干声が大きな気がする。


「……それって、境界適応症も治せるの?」


 私が知りたいのはその情報だけなので、ヘレンの話を止めて質問をした。


 残念そうに下唇を噛むヘレンはごめんなさいと言ってから言葉を続ける。


「それは……まだわからないわ……」


「そう……それは残念ね」


 境界適応症が治せないことがわかり、私は一気に興味を失った。


「ソニア……もう少し調べて、境界適応症を治していないか確認してみるわ」


 ヘレンもそれがわかったのか、フォローするように検索を再開する。


 今回、日本行きの飛行機に乗っているのも、テルマサ・ハクマという人が境界適応症を完治したという情報をつかんだためだ。


 これも情報の発信源がSNSなので信ぴょう性は定かではないが、イギリスで苦しんでいる妹を助けるために確認せずにはいられなかった。


(アラベラと同じ境界適応症末期になった患者。今は病気のことを微塵も感じさせないほど回復している)


 草根高校という場所で活動しているテルマサ・ハクマは2週間ほど前に倒れ、回復薬を投与し続けるために病院に入院したはずだった。


 しかし、写真を見る限りは点滴の投与をせず、何事もなかったかのように生活をしている。


(彼を治した医者がいるはずなのに、日本から公表される気配がない。入院していた病院へ問い合わせても【わからない】とシラを切られた)


 それならば直接彼に会い、どのように境界適応症を乗り越えたのか話を聞くしかない。


 そのために過密なスケジュールの合間をぬって日本へ赴いている。


(早くテルマサ・ハクマに会いたい。何か知っているといいんだけど……)


 妹のことを考えていたらようやく飛行機が着陸したので、はやる気持ちを抑えながら席を立つ。


 空港を出るとヘレンが用意をした車のドアを開けて私を呼ぶ。


「ソニア、こっちよ」


 うなずいて後部座席に乗り込み、運転席に座ったヘレンがバックミラー越しに私と目を合わせる。


「このまま草根市へ向かうわ。時間がかかるから少し休んだらどう?」


「気にしないで私は大丈夫よ」


「……出発するわね」


 前の仕事が終わってから日本へ直行してきたため、もう30時間ほど寝ていない。


 仕事上美容と健康には気を付けているが、今回ばかりは寝られるような気分ではなかった。


(ようやく妹を救えるかもしれないというときに睡眠なんてとれない……ダメね気持ちばかり焦るわ)


 運転してくれているヘレンも同じようなスケジュールをこなしてきたため、相当疲労が溜まっていると思われる。


 疲れていては正しい判断ができるとは思えないため、私は反省しながらため息をついた。


「ヘレン、少し休みたいわ。どこか良い場所あるかしら?」


「わかったわ。どこか探してみるわね」


 飛行機の中ではまったく休む気になれなかったが、日本に着いて少しだけ気持ち的に余裕が生まれた。


 窓から外を見ると、【私の写真】が大きく掲載されているのを見つけた。


【ソニア・マーシュ 緊急日本公演】


 日本語で大きく書かれた文字と一緒に私のステージ衣装を身にまとった姿が写っている。


 赤を基調としたドレスのようなステージ衣装は曲のイメージである情熱を表した。


 日本に来ることを数日前に決めたのに、ここまでの宣伝をしてくれているヘレンに手腕には脱帽する。


「ソニア、好きなだけ休めるようにホテルを取ったわ」


「ありがとう。一緒に寝てくれるわよね?」


「……私には仕事があるから、一人で寝なさい」


 私がからかうように笑いながら言うと、ヘレンは手を振りながら答えた。


 ヘレンがホテルへ車を向かわせている間に草根市に着いてからのことを考える。


(草根高校へ直接向かう? それともハンター協会? ……やっぱり最初は協会と接触をするべきかしら)


 ホテルへ着いて休む前に日本のハンター協会へ連絡をしたときに役員の1人である、【タケマサ・クサカベ】という人物へ電話しようと思う。


 やることが明確になると腹が決まり、これまで溜まっていた疲労が私を襲ってくる。


 私は目を閉じて車の揺れに身をゆだねた。


(アラベラ絶対に治してあげるからね……)


 今も病院のベッドで寝たきりになっている妹のことを想いながら意識を手放した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ご覧いただきありがとうございました。

もしよければ、感想、フォロー、評価、待ってますので、よろしくお願いいたします。

大変励みになります。


次の投稿は8月11日に行います。

次回も引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

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