境界適応症⑤~聖奈と登校~

新学期になり、聖奈と一緒に学校へ向かいます。

お楽しみいただければ幸いです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お兄ちゃん、うやむやにされちゃった交流戦の続きがしたいな」


「別にいいけど、俺への怒りは収まったのか?」


 横を歩いていた聖奈が申し訳なさそうにキュっと俺の袖をつかんでくる。


 俺は1人でレッドラインへ入って聖奈から怒られていたので、そのことが気になっていた。


 今日は白間くんの件があったから会話ができたと思っていたので、聖奈にどんな心境の変化があったのか知りたい。


「収まったというか……朱芭と話をしていたんだけど……そうでもしないと皇の偉い人を連れてこられなかったんでしょ? それくらいすごい人って教えてもらったの。だから、納得することにした」


「確かに、いきなり話へ行っても殿下に信用されなかっただろうな……」


 師匠と一緒に頼んだとはいえ、急な申し出も俺がレッドラインを攻略していなかったら断られていたのかもしれない。


(殿下はレッドラインのことをご存知だったからな……そんな俺の頼みならって言っていただけたし……)


 交流戦に皇族の方が来たこともあるらしいが、天覧試合となったことはないはずだ。


 それらのことを知った聖奈は俺への怒りを収めてくれたようだった。


「だから、止められた試合の続きしよ?」


 女の子から上目ずかいで戦おうと言われる日が来るなんて、2年前の俺は思いもしなかっただろう。


 交流戦の最後に競技場で行なった試合は、結界がなくなって危険ということで運営に止められた。


 朱芭さんが雷剣の嵐を聖奈と一緒に防いだため、実力は申し分ないことがわかり、草根高校への転学が決まる。


 戦う理由が無くなった俺は素直に指示に従ったが、聖奈と朱芭さんは納得がいっていないように運営席を睨んだ。


(それで交流戦優勝と言われても実感が湧かないんだろうな)


 他校と一切戦っていない俺はもちろん、優勝決定戦が皇の不正を暴いただけの試合になり、他の部員もどこかモヤモヤした気持ちを持ったまま交流戦を終えている。


 ただ、それは俺たちだけのようで、今のところ他の高校はまったく声をあげていない。


 持ち越されていた試合を聖奈が行ないたいと提案してくれているものの、今日の放課後は白間くんを境界へ連れまわす予定がある。


(どうしようかな……戦いたい気持ちもあるけど、どうしてもってわけでも……うーん)


 止まっていたら遅刻をしそうなので、瞳を潤ませている聖奈を引き連れて学校へ向かう。


 まだギラギラと暑い熱を降り注ぐ太陽の光を浴びながら校門へ足を踏み入れた。


「あ、楠さんだ。聖奈、戦う話はまた今度な」


 第2校舎へ入ろうとしている楠さんを発見したため、小走りでこの場を離れる。


「ちょっと!? お兄ちゃん!?」


 突然走り出した俺に驚いた聖奈の声を背に受けながら楠さんへ近づく。


 聖奈の声で振り向いた楠さんは、接近してくる俺に気付いて立ち止まり、目を丸くした。


「おはよう楠さん」


「おはよう……澄人くん。何か用?」


 楠さんは挨拶を口にしながら、ちらりと俺の後方にいる聖奈へ視線を送る。


 これまで楠さんと話をするときには必ず聖奈がいたので、2人きりで会話をすることに戸惑っているようだった。


「話があるから、昼に第2校舎の屋上へ来てもらってもいいかな?」


 楠さんは俺の背後にいる誰かを気にして、困ったように苦笑いを浮かべる。


 さらに、俺の背後からなにやら小さく唸り声のようなものが響いてくる。


「えーっと……今じゃダメなの?」


 周りに人がいる状況で話せる内容ではないため、俺はゆっくりとうなずく。


「大切な話なんだ。5分でもいいから時間をもらえないかな?」


 楠さんの目をじっと見つめて返事を待つ。


 俺の背後にいた人物は息を飲み、この場から立ち去って行った。


「そこまで言うなら……わかったわ」


「ありがとう。昼休みに待っているね」


「ええ……」


 じゃあと教室へ向かおうとしたら、なぜか多数の人がこちらへ注目していた。


 よくわからないので首を傾げると、どういうわけか楠さんが頬を赤く染めている。


「時間が危ないから、教室へ向かった方がいいよ」


「そうだね。昼休みよろしく」


 俺からそっぽを向くように顔を背けた楠さんは足早に校舎へ入っていった。


 約束は取り付けたので、俺も始業のチャイムが鳴る前に教室へ着くように歩き出す。


(楠さん……従者の件了承してくれるといいな)


 人が周りにいる状況で【従者】という言葉を使えなかったため、楠さんは俺の要件がよくわからなかっただろう。


 そんなことにもかかわらず、昼休みに時間を取ってくれて感謝しかない。


 昼休みにどのような流れで話を進めようか考えながら教室へ入ると、聖奈が刺さるような視線を俺へ向けた。


 4時間目の授業が終わるチャイムが鳴り、先生へ挨拶をした時、ジト目の聖奈がこちらをジッと見てくる。


「なんだよ」


「……なんでもない」


 昼休みになったので楠さんと待ち合わせをしている第2校舎の屋上へ行かなくてはいけない。


(聖奈の様子が気になるけど、今は楠さんだ)


 丁度俺の席から隣の校舎の屋上が見えるので、ワープを使うことにした。


(ワープ)


 心の中でスキルを発動させると、俺の体が宙へ放り出される。


 少し下に屋上の床が見えるので、天翼を広げて重力に逆らう。


 俺が重力に逆らって着地するのとほぼ同時に、屋上の扉が開かれた。


「澄人くん早くない? 私、時間を指定されなかったから、授業が終わった後に急いできたんだけど……」


 俺がいることが予想外だったのか、楠さんが扉を開けた状態で硬直する。


「あそこに教室が見えるでしょ? 飛んできたんだ」


 扉の取っ手を掴んだままの楠さんを手招きしてこちらへ呼び、金網越しに第1校舎の一番上の階にある教室へ指を向ける。


 第2校舎の屋上から直前まで自分のいた教室を眺めていると、楠さんが俺の近くに立つ。


「それで、話しって何? 手短にお願いしたいんだけど」


「その前に、扉の近くに人がいるから、ちょっと待ってて」


 屋上の扉に向かって微弱な雷を放ち、聞き耳を立てている数人の生徒を追い払う。


 すると、数名の女子の悲鳴のようなものが聞こえるので、楠さんが心配するように声をかけてきた。


「ごめん。私の友達かも……死なないよね?」


「静電気程度の電気を流しただけだよ。階段から転げ落ちたらわかんないけどね」


 気配察知で扉の近くに人がいないことを確認し、楠さんと向き合う。


 目を合わせると緊張して、うまく言葉が出てこない。


 俺の緊張が楠さんにもうつってしまい、体を強張らせているようだ。


「俺の従者になってほしいんだ」


 はっきりと言ったつもりだったが、楠さんは目を白黒させてなかなか返事をくれない。


「え? なにそれ? 私へ召使いになれってこと? なまらとても笑えないんだけど」


 しかめっ面になった楠さんは腕を組んで、こちらを睨んできた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ご覧いただきありがとうございました。

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大変励みになります。


次の投稿は7月24日に行います。

次回も引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

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