白間輝正の人生~悔いの無い生き方~

白間輝正が境界適応症で倒れ、病院に運ばれました。

彼の人生がどうなるのか、お楽しみいただければ幸いです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「白間、起きたか?」


「先生……ぼくは……」


 定期的な感覚で鳴る電子音で目が覚めると、平義先生が心配そうにこちらを見ていた。


 状況を確認するために体を起こそうとしたら、まったく力が入らない。


 それでもなんとか体を横にして先生の方を向こうとしたら、肩へ優しく抑えつけられる。


「無理をするな。お前は異界内で倒れたんだ」


「異界で……そうですか……」


 先生の言葉を聞き、僕が見知らぬベッドへ横たわり、体に刺さっている針などを自覚した。


 倒れたということは、異界内で境界適応症が進行して僕の体力がなくなってしまったようだ。


 腕に刺さっている針の先には、見慣れた緑色の液体が吊り下げられている。


「僕はもうこの点滴を止められないんですね」


「白間……」


 環境適応症の末期が訪れ、生きることのできる時間がわずかであることを悟った。


(いつかこうなるとは思っていたけど、もうきたのか……無理をしたもんな……)


 病気のせいで実家からはいないものとして扱われ、一族全員が入学してきた皇立高校の生徒にもさせてもらえなかった。


 そんな僕へ手を差し伸べてくれた草壁理事長のおかげで、草根高校に入学することができた。


(たとえ先が長くなくても、僕はハンターとして生きたかった)


 入学してから一心不乱に剣を振り、学校の代表として交流戦に出場できたことは自分の中の誇りだ。


 境界や異界へ突入し、モンスターを倒すという日常を過ごせて幸せだった。


「…………ミス研の部員が見舞いに来たいと言っているが、会えるか?」


 唇を噛みしめながら黙って僕のことを見ていた平義先生が辛そうに笑顔を作る。


 先生にそんな顔をさせているのが自分かと思うと、申し訳なくなってくる。


「すいません。もう誰とも会いたくないんです……こんな姿をみんなに見られたくありません」


 僕の姿を見た人はほとんど例外なく先生と同じような顔をするだろう。


(それにもう僕は長くない)


 だからこそ、僕が覚えているみんなの顔は笑顔で終わらせたい。


 僕の身勝手な自己満足で申し訳ないが、これ以上だれとも会いたくはなかった。


「わかった……俺も出て行った方がいいか?」


「そうしていただけるとありがたいです」


 もう先生の顔を見ないように、言い捨てるように答えて目を閉じる。


 力の入らない手を握り締め、先生が退出するのを耐えるように待つ。


「白間、自棄になるなよ」


 失礼な態度をしたにもかかわらず、先生は扉が閉まる直前優しい言葉をかけてきた。


「うっ……ううっ……」


 それがきっかけとなり、涙と嗚咽が止まらなくなる。


(もっとみんなと過ごしたかった! もっと戦いたいのに、どうして僕がっ!!??)


 声を出すことさえままならないため、叫びたくてもうめき声しか上げられない。


 自分の意思で涙を拭くことさえできなくなった。


(他の人もこんな風に最後を過ごしたのかな……)


 環境適応症と診断されてからこの病気のことを調べ、生存率が0パーセントであることを知ってしまった。


 原因さえもわかっていないこの病気は、しずくだけでも1億以上する奇跡の薬、【エリクサー】を飲み干しても治すことができない。


 病気に抗うために神格を7まで上げ、キング級となったハンターもいる。


 しかし、この病気はそんな努力を嘲笑うかのようにかかった人全員を殺してきた。


 僕もその例外ではなく、回復薬の点滴投与が始まってしまったため、近日中に死ぬ。


(覚悟はしていたつもりだけど、こうもはっきりともうすぐ死ぬってわかると堪えるな)


 何もできずに呆然とベッドの上で過ごし、流動食を流し込まれ、点滴を投与され続ける。


 ピッピッピと断続的に鳴っている機械の音が耳に響く。


 これが聞こえなくなったとき僕は死ぬのだろう。


(こんな風に生かされるのなら死んでいるのと同じだ……)


 夜になり、外からの音が聞こえなくなる。


 ついさっき、看護師さんが点滴の交換を行なったため、あと数時間は誰もここに来ることはない。


(僕はこんな最後を希望していない!!)


 自分の尊厳を主張するため、体に残ったすべての力を振り絞って刺さっている点滴の針を抜く。


「くっ……んっ!」


 固定しているテープごと点滴の針を引き抜く。


 人生の最後を他人に委ねるのではなく、自分の行動で締め括りたい。


 ハンターとして生きたい僕が選択した最後の行動だ。


(みんなありがとう。そして、さようなら)


 達成感を味わいながら、深くため息をつき、意識を手放す。


 あれだけはっきりと耳に届いてきていた電子音はぱったりと止み、静寂が僕を包み込む。


(ようやく寝ることが出来る)


 病気にかかってから深く寝ることができず、数時間おきに回復薬を飲み干す生活をしていた。


 数年ぶりの安眠に心を躍らせていたら、僕の意識は遠のいていった。



――ピッ ピッ ピッ



 途絶えることがない電子音が耳へ届いてきた。


(なんなんだ? これは……うっ!?)


 夢かと思っていたら、点滴の針が刺さっていた右腕の激痛で全身が強張る。


「えっ!? どうして!?」


 ベッドから飛び起き、自分が生きてしまっていることを自覚した。


「どうして死なせてくれないんだっ!!」


 死ぬことさえ自由に選べない苛立ちで、思いっきり・・・・・ベッドを叩く。


「クソっ!! クソっ!! くそぉ……なんでなんだよぉ……」


 体を痛めつけているはずなのに、右腕の傷が塞がり、体調がどんどん良くなってくる。


 さいなまれていた脱力感から体が解放され、ここ数年で一番体調が良い。


 青白かった皮膚は赤みを帯び、体中が活性されている。


「どういうことなんだ? 僕の体に何が起こっているんだ?」


「白間くん、いらないのなら、きみの命俺がもらってもいいかな?」


「ぇ?」


 誰もいないと思っていた病室内から返事が聞こえ、声にならない音が僕の喉から漏れる。


 見上げた先には澄人くんが微笑みながら立っていた。


「ダメかな? 実験が成功すれば、今の状態でもっと生きることができるかもしれないよ?」


 澄人くんは当たり前のように誰もいないと思っていた僕の病室におり、腕を組んでこちらを見ている。


 どうしてここにいるとか、何をしに来たと質問をするよりも、僕は自分の体に起こっていることが信じられなかった。


「これは澄人くんが?」


「白間くんが命を捨てたみたいだったから、俺にくれると思って助けてみたんだ。どうかな?」


 澄人くんは、体を動くことさえ満足にできなかった僕のことを現在進行形でなんとかしている。


 そんな彼にこれまで死ぬしかないと言われていたこの病気環境適応症を治せるかもしれないと言われて、希望を抱かないはずがない。


「僕の命をきみにあげるよ」


「ありがとう。じゃあ遠慮なく……ん?」


「どうしたの?」


「いや……なんでもないんだけど……ちょっとごめんね」


「澄人くんそれ……」


 僕の命を捧げると断言すると、澄人くんの手の平へ金色の光が集まる。


 澄人くんはその光を僕の胸へ押し当てる直前で止めた。


「俺もどうなるかわからないんだ。とりあえず、これを受け取ってほしい」


「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 光が押し当てられた胸から僕の全身に強烈な痛みが襲いかかってきた。


 痛みに耐えるため、全身で抱えるように胸を抑えてもまったく効果がない。


「なるほど、環境適応症は病気じゃなくてスキルだったのか。それはこの薬でも治らないはずだ。とりあえず、ここにポイントを使っておこう」


(澄人くん……何を言っているの?)


 真っ白な意識の中で聞こえてきた言葉が認識できない。


 やがて、激痛が脳に届き、意識を失うように僕は何も考えられなくなった。




「白間!! 起きろ!! 白間!!」


「うわぁ!!!!」


 頭を思いっきり揺さぶられる衝撃で体を起こされ、驚愕して声を上げた。


「大丈夫なのか!? どうして点滴を取ったんだ!!??」


「えっと……僕は……」


「失礼、平義さん。先にこの子と話をしてもいいかな?」


 平義先生の後ろには神妙な顔でお医者さんと看護師さんが立っていた。


 お医者さんは平義先生を押し退け、僕へ1本の瓶を見せてつけてきた。


「この瓶の中にエリクサーが入っていた。身に覚えはあるかい?」


 エリクサーと聞いて、僕は思わず針が刺さっていた自分の腕に視線を投げた。


 何事もなかったかのように脈打っている腕は、昨日までの自分のものとは思えない。


《あーあー、白間くん聞こえる? おはよう》


「おぅわ!!??」


 腕をじっと見ていたらいきなり頭の中に澄人くんの声が響いてきた。


 僕がびっくりした声をあげると、病室にいた3人が同じように驚く。


《急にごめんね。起きたのがわかったから使ってみたんだ。俺の声が届いているかな?》


 澄人くんの声は僕のことを無視するように届けられる。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ご覧いただきありがとうございました。

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次の投稿は7月16日に行います。

次回も引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

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