楠瑛の偵察~交流戦予選会~
「あっついね……瑛ちゃん、大丈夫?」
短い髪の毛を後ろで束ねた真ちゃんが手をパタパタさせながら私の心配をしてくれている。
対戦をしていない他の部員は冷房の効いた控室で待機しており、私たち2人だけが直接他の高校の視察へ来ている。
詳しく分析をするため、スキルや能力が視える真さんをつき合わせてしまっているので、申し訳なく思ってしまう。
「私は平気。付き合わせてごめんね」
「ううん。私のスキルが役に立って嬉しいし、みんなのためになるってわかっているから任せてよ」
真ちゃんは頬に汗を光らせながら微笑み、競技場へ集まっている他校の選手へ目を向けた。
この交流戦は映像の記録は一切禁止されており、対戦相手の実力を見て判断するしかない。
競技場内やホテルには電子機器の持ち込みができず、スマホさえも電源を切って先生へ預けなければいけない。
私は交流戦用のノートを取り出し、今対戦している高校の名前が書かれているページを開く。
「じゃあ
「よろしくお願いします」
真ちゃんが競技場に立っている選手へ顔を向け、じっと見つめる。
「うーん……特に気になる人はいないよ。全員ステータスD以下だよ」
競技場へ上がっている人たちの能力を見た真ちゃんの言葉をノートへ記入する。
「はじめ!!」
放送で試合開始の合図が行われ、選手たちが塊となって相手に向かっていく。
対戦は各校10名までが競技場へ上がることができ、相手を全員戦闘不能にすれば勝利だ。
草根高校と同じように事前に水晶に触れておくことで、致命傷を受けた選手は場外へ弾き出される仕組みとなっているらしい。
「右側で先頭にいる剣を持っている男性が身体能力を上げるスキルを使っていて……あとは……銀色の杖を――」
誠さんが口にする特徴とスキルを一語一句書き逃さないようにペンを走らせる。
(各校の傾向や戦い方がわかれば、みんなが楽に戦うことができる)
戦えない自分がミステリー研究部で見出した役割をまっとうするべく、必死に手を動かす。
「何度も聞かれていると思うけど、瑛ちゃんはどうしてミス研に入ったの?」
試合が終盤にさしかかり、戦っている人がほとんどスキルを披露しなくなって沈黙していた真さんに話しかけられた。
先輩たちからも何度も聞かれたことなので、ノートをまとめながら同じ言葉を口にする。
「草凪澄人がここにいるから」
「澄人くんがいるからって理由で草根高校も決めたんだよね?」
テストごとに草凪くんへ絡んでいることは知られていることなので、否定せずに黙る。
正直、自分でもどうしてここまで草凪くんにこだわっているのか、高校入試の時から疑問に思っていた。
その疑問を解明するべく、ルールの穴を突くようにミス研へ入部した。
そんな私の様子を見て、真ちゃんは試合が終わった競技場から視線を離す。
「私は澄人くんに救われたんだ。こうして楽しく活動できているのも彼のおかげ」
他人の能力や使っているスキルまでわかってしまう真さんの能力で活躍できないわけがない。
真ちゃんの言葉が信じられず、思わず手が止まってしまった。
「真ちゃんが? その能力があればどこでも活躍できるんじゃないの?」
「鑑定と看破はそんなに万能じゃないんだ」
「神格に差があると鑑定が使えず、わからないスキルは看破できないんだよね?」
この偵察を行うときに真ちゃんが教えてくれた注意点を思い出す。
合っているのか、真ちゃんは飲み物を口に含みながら軽くうなずく。
「そうだよ。私は澄人くんに会うまで境界に入ったことがなくて、それまで武器も握ったことがなかったんだから」
「それでも今は普通にみんなと戦っている真ちゃんが私は羨ましいな……」
「瑛ちゃん……」
私は書き終わったノートを鞄へ入れ、ミス研に入った時に発行された自分のハンター証を取り出す。
【名 前】 楠 瑛
【ランク】 ポーン級
【神 格】 1/2
【体 力】 150
【魔 力】 20
【攻撃力】 H
【耐久力】 G
【素早さ】 H
【知 力】 F
私にはハンターとしての能力がないと突き付けられていた。
草凪くんと同じように活動したいという気持ちは打ち砕かれてしまったが、この状況で自分ができることを精一杯行っている。
(あきらめたらそれはそれで悔しいし、なんにもやらずに逃げ出すってことはしたくない)
ハンター証を眺めていたら、私たちに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「こんにちは、草根高校の水鏡さんですか?」
「そうですけど」
「はじめまして、私は――」
半袖のワイシャツで清潔感のある男性が真ちゃんへ名刺を渡して、自己紹介を始めた。
私のことは眼中にないのか、真ちゃんへ全神経を向けているようようだ。
(目立っているからしかたがない)
この交流戦ではスカウトが選手を引き抜くという行為が行なわれており、ミス研のところにもよく来ている。
企業や大学からのスカウトも来ており、3年生が進路先を確保する手段としても使われているようだ。
(ただ、今回は1年生。特に聖奈へのアプローチが多いって義間部長が言っていたな)
聖奈は連日のスカウト対応に嫌気が差し、今は移籍しないと明言している。
それでも卒業後の進路として考えてほしいと資料と名刺を渡されていた。
(疑っていたわけじゃないけど、彼女はすごい)
すごいという言葉では表せられない程、交流戦での彼女は輝いている。
(他校の生徒が何人来ようが聖奈は1人で圧倒して、草根高校に勝利をもたらしてくれる)
草根高校の切り札である聖奈のことを、剣鬼の再来というように試合の見学をしていた人がささやいていた。
剣鬼というのは聖奈の家でたまに会う草壁さんのことで、私でも見惚れてしまうほどきれいな人だった。
(聞いた時は剣【姫】の方が良いのにと思っていたが、他校から見たら鬼と呼ばれても仕方がないと感じてしまう)
試合に出ていないことに安堵する存在で、いつ出てくるのか警戒してしまう。
そんな相手を姫とは呼べず、鬼と表現することをおかしいとは感じない。
(そのおかげで交流戦の予選は全勝。明日の決勝トーナメントに進めることが確定している)
参加校が多く、決勝トーナメントには各ブロックの1位だけが進出する。
ルールは予選と同様、同じ日に1度しか選手は競技場へ登れない。
決勝トーナメントには8チームが進出してくるため、3回勝てば優勝できる。
(聖奈はまた1人で出すとして、あとの2回をどうするか……今まで通り学年ごと? 対策されてそうだからそれは止めたいな……)
他校の試合等を見ていたら、草凪くんがミス研全員を連れて境界へ行くということをしなければ、今回は厳しい戦いになっていただろう。
春に行われたという交流戦で草根高校は数回しか勝てていない。
それに加え、草壁さんが引退してからは決勝トーナメントにも進出していないようだった。
(そんな2,3年生が交流戦で全勝できるまで草凪くんは引き上げた……負けてられない!)
改めて対戦相手について考えようとノートを取り出そうとしたら、軽く肩を叩かれた。
「楠さん、水鏡さん、先生が明日のことでミーティングをしたいから控え室に戻ってくるようにって言っていたよ」
こんな気温にもかかわらず、汗ひとつかいていない爽やかな白間くんが私たちを呼びに来てくれていた。
スカウトの人はムッとした表情で白間くんのことを見るが、真ちゃんは逆に助かったと笑顔になる。
「お話ありがとうございました! 申し訳ないですがお断ります! 2人とも、早く戻ろう!」
真ちゃんがスカウトの人へ軽く頭を下げて、観客席から逃げるように立ち去っていった。
残された私と白間くんも同じようにスカウトの人を残して観客席をあとにする。
「さっきの人……皇のスカウトだったな……」
真ちゃんを追いかけるように控え室へ向かっている時、白間くんが眉をひそめながらつぶやいていた。
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次の投稿は6月21日に行う予定です。
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