皇立学校異界探索部~荷物運び担当立花朱芭~

「聞け! このような分岐では、上を見上げて紫色の金属が埋め込まれている方が正しい道だ! 行くぞ!!」


 白間先生が前回迷いながら選択していた分岐を自信満々に進んでいた。

 しかし、異界突入から3時間が経とうとしている中、本当に正しいのか全員が疑問に思い始めている。

 

朱芭あげは! 魔力回復薬をよこせ!」

「は、はい!!」


 前方を歩いている支援役の上級生が息を切らせながら私へ回復薬を要求してくる。

 先輩が魔力回復薬をまずそうに一気に飲み干し、部員へ一斉に治療を行った。


(まずい、用意をした回復薬が半分を切った……報告しないと……)


 魔力回復薬がなくなって、戦闘時に使用する体力回復薬にまで手を付けたら生きて帰れなくなる。

 前回と同じような展開となってしまい、この空気の中報告するのがはばかられる。


(前回も言うのが遅れただけでここへ置き去りにされたし、もう同じことはしたくない)


 草根市では1秒たりとも街の中を歩きたくないため、私は勇気を振り絞る。

 

「魔力回復薬が半数を切りました!」


 前方に聞こえるように声を張り上げたものの、同級生や先輩からの反応は一切ない。


(外様の私の声なんか聞きたくないってこと? でも、ここで奉仕活動をしていないと学校に居られなくなっちゃう……)


 草凪ギルドのマスターが失踪してから、事務員をしていた私の両親はギルドを追い出された。

 当時の草凪ギルドには事務員を雇う余裕がなくなり、ハンターの活動にかかるお金で精一杯と言われたようだった。


 草凪ギルドから追い出された両親は2年前に両親が国の管理しているギルドへ再就職したため、私は傘下の高校である皇立高校へ入学した。


 ただ、外から来た私たちに対する風当たりは強く、両親も生きる最低限の金額で働かされているようだった。


 こんな待遇なら別のところで働いた方がましと思うが、世界有数のギルドだった草凪ギルドを追い出され、皇からも抜けるような私たちを拾ってくれる物好きなギルドなどいないだろう。


(両親が私をハンターのあるこの皇高校に居られるように踏ん張ってくれているから、私も頑張らないと……)


 魔力回復薬がなくなってきていることをもう1度伝えようとしたら、前が詰まって進めなくなる。


(休んでくれているのなら声が届きやすい)


 安堵してもう1度前へ届くように声を出そうとした瞬間、前の方がざわめき始めた。


「外だ!! ようやく出られたんだ!! 俺たちのゲートを探せるぞ!!」


 その白間先生の声が言い終わる前に私以外の部員が洞窟の外へ出ていく。

 久しぶりに異界へ出られて、先生や部員が嬉しそうな顔をしていた。


「あの! 回復薬が半分になりました」

「なんだと!? もうそんなになくなっているのか!?」


 笑顔だった先生が詰め寄ってきて、私の背負っていたリュックを奪う。

 他の部員へ中身を確認するように指示をし、私を睨んでくる。


「立花勝手に使っていないだろうな!?」

「そんなことしていません! 私は――」


「黙れ草凪の者が!! 道が分かっていたのにこんなに時間がかかったのもお前のせいだ!!」

「そんなっ!?」


 先生が鬼の形相で私のことを突き飛ばしてきた。

 紫色の地面に倒れた私のことを先生や部員が見下してくる。


(私は付いてきただけなのに……どうして?)


 それから10分ほど先生や部長から暴言を吐かれ、回復薬の入ったリュックを背負わされた。

 私が勝手に回復薬を使わないように監視を付けられながら帰路につく。


 理不尽な対応をされてもここにいなければならないと、両親のことを思い出して流れそうになる涙を堪えた。

 異界を出てから、草根高校の駐車場に停まっているバスへ乗り込もうとした時、白間先生の腕が私の行く手を阻む。


「立花、地元で話をしたい人もいるだろう? 今日はゆっくりと帰りなさい」

「いえ、私は――」


「俺に同じことを言わせるのか?」


 異界でなにも成果が出なかった腹いせで、先生が私のことをここへ置き去りにしているのがわかる。

 先にバスに乗っている他の部員がこちらを見て、クスクスと笑っていた。


 そいつらがさらに愉快な気持ちにならないよう、手を握りしめて感情を抑え込む。


「……ご配慮いただき……ありがとうございます」

「ふんっ!」


 先生が不満そうな顔でバスへ乗り込み、私を置いて出発してしまった。

 バスが見えなくなるのを呆然と立ち尽くしながら見送る。


 財布は学校のロッカーへ置いてきてしまったので、スマホしか持っていない。

 片道2時間以上かかる道のりを親に迎えに来てとは言えないし、ここに残された理由も口にできない。


(またおばあちゃんにお金を借りて電車でかえろう……)


 こんな私を見られたくないので、知り合いに会わないように祈りながらおばあちゃんの家へ向かおうとしたら、後ろから誰かが近づいてくる。


 顔を見られたくないので、急いでこの場を離れることにした。


「待て、立花」

「え? 平義……せん……せい?」


 中学時代の担任だった平義先生がなぜか草根高校の駐車場で私に声をかけてきていた。

 なぜこんなところに先生がいるのかという疑問などが口から出ることはなく、なぜか涙が止まらなくなる。


「歩けるな? こっちへ来なさい」


 平義先生はうなずいた私を見て、ゆっくりと前を歩き始めた。

 草根高校の中へ案内をされ、応接室と書かれた部屋で何があったのか聞かれた。


 草根市を離れてからの生活や学校での日常を伝えると、先生が眉間にしわを寄せる。


「立花。お前はどうしたい? このままでいいのか?」


(いいわけない……でも……)


 平義先生に私がどうしたいのか聞かれ、草根市を出てから自分の意見を口にしたことがないことを実感した。

 それでも、皇立高校に入学してからのことを振り返り、私は声を絞り出す。


「いいわけ……ありません……私は……この街が好きなんです……」


 言葉と共に涙があふれ、木の床へ水が落ちる音が聞こえる。

 先生は分かったとだけつぶやき、応接室を出ていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

次の投稿は6月3日に行う予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る