他校交流戦⑤~ミス研境界突入~

「お兄ちゃん、遅すぎ。もうみんな揃っちゃったよ」

「師匠たちとの話が予想以上に長くかかったんだよ。もう出られるのか?」


「準備万端だよ! 早く乗ろうよ!」


 聖奈が俺の手を取って強引に引っ張り、校門の外へ向かう。

 学校を出てからすぐの路肩に大型バスが停まっており、他の部員が座席に座っていた。


「澄人くん、相談があるから横に座ってもいいかな?」


 バスへ乗り込み、運転手さんに出発してくださいという連絡をしてから聖奈と前の方へ座ろうとしたら、白間くんが深刻な顔をして俺を呼び止めてきた。


 彼の様子から、前と同じように白間くんの父親に関連した話だと思われる。


「聖奈、ごめん」

「気にしないで。私は後ろの方で座っているね」


 何も聞かずに聖奈がバスの後ろの方へ向かい、1年の女子たちが座っている付近で腰を下ろす。

 運転手さんが出発をするために扉を閉める。


「走り出してから話をしようか」

「ありがとう」


 俺たちが座るのを待っていたかのようにバスが出発し、境界が偶に発生する平野へ向かう。


 良く行く場所ではセンターにいる多数の観測員がアンテナを張り巡らし、付近に待機しているハンターもいるため、今回はあまり境界発生の報告がない地域を選んだ。


 バスに揺られ始めると、後ろの方で話し声が聞こえ出す。

 それと同時に困った表情をしている白間くんの方を向く。


「またお父さんからの連絡?」

「そうなんだ……これを見てもらっても良いかな?」


 予想が当たり、白間くんのお父さんから連絡がきていたようだった。

 差し出されたスマホを受け取りながら、前と同じように記録に残るメッセージでよかったと思ってしまう。


【草根高校のゲートを出てから、あの迷路を抜ける方法を教えろ】

【お前ではわからないのか? それなら分かるやつに聞け】


【明日異界ゲートを使って突入を行う。必ず連絡を返してくれ】

【あと数時間で突入になる。前回と同じように失敗するわけにはいかない。なにか些細な事でもいいから教えてほしい】


 何度も送られてきていたメッセージを読み、白間くんのお父さんが徐々に追い詰められているのがわかる。

 最後のメッセージが今日来ているので、おそらく今夜にでも異界へ突入するのだろう。


(申請を通さないようにしてもらっているはずだけど、どうなるんだ? まあ……師匠に任せるか)


 意見を受け取ったという師匠がどの程度まで動いてくれるのかわからないが、近日中に草根高校の異界ゲートは使えなくなるはずだ。


 俺の意見を無視するということはないと信じていたら、白間くんのスマホに着信が入ってきた。


 画面に表示された相手の名前を見て、白間くんへスマホを返さずに俺が電話へ出る。


「はい。もしもし?」

「ちょ、ちょっと澄人くん!?」


 くっきりした目鼻立ちの白間くんが慌てふためき、俺からスマホを取り返そうと手を伸ばしてきた。

 その顔を逆の手で突き放しながら電話相手の反応を待つ。


「これは輝正の電話で間違いありませんか?」

「ええ、合っていますよ。白間委員ですよね? 今、輝正くんは所用で電話に出られないので、代わりに用件をうかがいます」


「輝正は出られないのか……」

「はい。どれくらいで電話に出られるのか見当もつきません」


 電話相手は白間くんのお父さんで、白間くんが電話に出られないとわかり、黙ってしまった。

 数秒沈黙が続き、白間くんの口へ人差し指を当てて喋らないようにと合図をする。


 白間くんがうなずいたのを確認してから、通話をスピーカーモードにして席の前にある棚へスマホを置いた。


「輝正から連絡が欲しいんだが、私へ電話をかけるように言ってもらえるか?」

「聞きたいのは異界の件ですか? 彼にはまだ迷路を出る方法について教えていないので、わからないと思いますよ」


 この人たちは迷路で迷ってしまって、異界へ出ることができなかったと師匠から聞いていた。


 送られてきた大量のメッセージからも、白間くんのお父さんが迷路を抜けられずに焦っていることがわかる。


「そ、そうなのか!?」

「はい。あの迷路を抜けられるようになるのが部員になる最後の試験です。輝正くんもそのうち単独で出られるようになると思いますよ」


「そ、そうか……」


 白間くんのお父さんは黙ってしまい、それ以上なにも言わなくなる。

 横に座る白間くんは下唇を噛みながらスマホをじっと見つめていた。


 後ろからの話し声も小さくなり、俺と白間くんのお父さんの会話へ耳を傾けているのだろう。


「きみは……あの迷路を抜けられるのか?」

「分かれ道で上を見上げたとき、鈍く紫色の金属が埋め込まれている方の道に進むとでることができるんですよ」


「分かれ道に金属!? 本当にそうなのか!?」

「なんの目印もなしに進めると思いますか? 私はそのおかげで迷宮を抜けたことがありますよ」


「教えてくれて感謝する!」


 一方的に電話を切られてしまい、白間くんと顔を見合わせる。

 台の上に置かれたスマホがブルルッと震え、メッセージが表示された。


【もう連絡しなくていい】


 そのメッセージを見た瞬間吹き出してしまい、あまりの滑稽さに腹を抱えて笑ってしまう。

 横に座る白間くんは両手で口を押えて笑いをこらえようとしているが、両肩を大きく上下に揺らす。


「いいのかい? 片道3時間もかかる道を教えちゃって」


 通路を挟んだ座席に座る部長が心配そうに俺と白間くんを見てきていた。


「いいんです。抜けられないよりはましでしょう。ね、白間くん」


 俺が話をしていた内容がよほど痛快だったのか、白間くんは目じりに涙をためて笑っている。


「机の上にランタンを置けば外へ出られる扉の鍵が開くから、迷路についてはなにも教えてもらってないよ」


 白間くんは涙を拭きながら俺へ話しかけてきた。


 ミス研が迷路を抜けられなくなるのを防ぐため、簡単に外へ出る仕掛けを作った。

 部員だけの秘密を作り、俺たちが1番効率よく異界で活動できるようになっている。


「何も嘘は言っていないからね。まあ、頑張って異界に出られればいいんじゃないかな」


 俺は白間委員が迷宮でどんな思いをしながら迷路を歩くのか想像しながら窓の外へ視線を投げた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

次の投稿は5月31日に行う予定です。

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