他校交流戦③~草凪ギルドの弱体化による影響~

 先生は黙ったまましばらく床を見つめてから、ゆっくりと顔を上げた。


「俺が知っているのは、正澄会長や……澄人の両親を含めた当時草凪ギルドの運営をしていた人たちが同時に失踪し……金嶺グループの手を借りたことにより、それまでギルドを支えてくれていたハンターが抜けたことだ」


 吐き出すように一気に語り出した先生は眉間にしわを寄せて、悔しそうに両手を握りしめる。

 あの時俺が草地さんを支えられていればと呟いてから、深く息を吸った。


「あの時の俺は無力で……草地さんにすべてを押し付けてしまったんだ……」


 先生はこの学校や草凪ギルドや弱くなっていることを本気で悔やんでいるように見えた。

 俺の計画を受け入れてもらえるのは今しかないと判断し、先生へ笑顔を向ける。


「金嶺関係の人たちは草根高校やハンター協会から一掃されました。立ち直る……いや、再び強くなる機会があるとすれば、このタイミングだと思いませんか?」


「どういうことだ?」


 他の異界ゲートを埋めたことや草根高校に所属しているすべての生徒を境界へ連れて行ったのは、すべてこのため布石。

 俺が草根高校の再建を心から願っていると誠心誠意伝える。


(今までの活動はこれからのためだ)


 今後のために草根高校の特色である異界を利用し、【俺がいなくても大丈夫な仕組み】を残したいと思っていた。

 手っ取り早いのが他の異界ゲートを塞ぐことだったが、ミス研の突入回数が失われては意味が無い。


 俺の話を聞き終えた先生は、立ち上がって準備室の角にある流し台へ向かう。

 無表情のまま棚から紙コップを2つ取り出し、そばに置いてある冷蔵庫へ手をかけた。


「俺がお前のことを信じられず、異界内のゲートを解放するために異界へ突入したらどうするつもりなんだ?」


 先生は紙コップにコーヒーを注いでおり、こちらを見ずに話しかけてきた。

 そんなこともあるのかということが頭をよぎる一方、先生の背中を見ながら思わず笑ってしまう。


「先生たちだけでは決してたどり着けないでしょうね」


 俺の反応をうかがっていたのか、先生は両手に紙コップを持って怪訝そうに椅子へ座る。

 飲み物が入っているコップを俺へ差し出しながら先生がこちらをにらんできた。


「どうしてそう言い切れるんだ? 全員が異界へ入ったことがあるメンバーでクイーン級以上なんだぞ?」

「これまで草根高校から突入した人たちが別のゲートを発見したという報告がないって教えてくれたのは先生ですよ?」

「だが、もう俺は場所を知っている。灰色の湖から――」

「その湖、もうありませんよ。モンスターだったので倒しておきました」


 コップを受け取ってコーヒーを一口飲むと、無糖だったようで苦い。

 しかし、夏の暑さで火照った体は冷たい飲み物を何でも受け入れそうだった。


(まあ、飲めなくはないか)


 俺がそんなことを考えている間、先生は呆気にとられたまま何の言葉も発しない。


「お前、それ……どういう……」

「言葉通りですよ。灰色の湖が無くなってあの辺りは似たような景色ばかりになったので、あそこを基準に場所を覚えている先生はたどり着けないと思います」


 ただでさえ全力で走って数時間の距離をなんの手がかりもなしに向かうのは至難の業だろう。

 それともう1つ先生へ言わなければいけないことがあるので、付け加える。


「あと、写真を手掛かりに探そうとしても無駄です。あれは適当に撮影した場所なので、ゲートとは無関係ですから」

「はっ?」


 コーヒーを飲み終えた俺が笑いながら答えると、先生が渇いた声を漏らす。

 そして、すぐにコーヒーを溢しながら立ち上がる。


「お前、それがどういう意味だかわかっているのか!? あの写真を手掛かりに異界内でゲートを探そうというやつらが……それが目的か!」

「似たような場所を数カ所作っておいたので、まずわからないでしょうね」

「本当の場所はお前のみが知る……という訳か……」

「そういうことです」


 先生が溢したコーヒーの苦い香りが鼻をくすぐるので、捕食を付与した雷で掃除をする。

 足元でバチバチという音が鳴り、床がピカピカになった。


 その光景を眺める先生は、糸が切れたように椅子へ腰をかける。


「埋まったゲートで活動していた集団から提供された写真や地図がある」


 先生はスマホを取り出し、見たことがあるような異界の風景が移されている画面を見せてきた。


「それを手掛かりに閉ざされたゲートを探せという依頼を協会が受理しているんだが……ハンターたちが血眼になって探しても決して見つからないとお前は考えているのか?」

「探そうとするだけ無駄ですね。他のゲートでも俺たちミス研と同じように周囲の情報収取をしていると思って、地形を変えておきました」

「そう……か……」


 先生は天井を仰ぎ、ゆっくりと深呼吸をする。


「お前は条件を譲歩するつもりはない。そう伝えればいいんだな?」

「そうですね……収集品の利益譲渡期間を廃止して、無期限と変更させてもらいます」

「わかった。そう伝えよう。あとは?」

「俺も暇ではないので、2週間以内に返事を頂けない場合はもう知りません」


 会議の場でとりあえず提案した期間だったので、撤回ができてよかった。

 それと、返事をいつもらえるのか俺が待つのもしゃくなため、こちらが指定した。


「2週間は待ってくれるんだな? 約束してほしい」

「はい。それまでは場所を覚えているように努めます」

「覚えているように努めるか……1秒でも遅れたら断る気なのか?」


 先生は俺の答えが予想できているように乾いた笑いを浮かべている。


「次に考えていることがあるので……そっちを優先しようとしたら自分に関係のないゲートの場所なんて忘れますよね」


 利用価値のない異界ゲートのことを気にかけ続ける余裕はないので、こちらから手を差し伸べるつもりはない。


(異界ゲートの交渉が決裂した場合は、別の手段でお金を継続的に確保しないといけないな……)


 交渉がうまくいかなかった時には、草根高校のゲートを使用して獲得した利益の一部譲渡などを提案するつもりだ。


(協会との交渉も、決定権はこちら側にあるということを示す必要があるからな)


 部長たちは協会の偉い人たちが来て委縮してしまっているようだが


(そもそも、ここのゲートは学校へ草凪家が貸しているだけだから、協会があまり強く推し進めることができない……それは知らないか……)


 あとで部長たちに協会との話し合いで強気になってもらおうと考えていたら、先生が立ち上がった。


「お前の話はわかった。俺が責任をもって協会へ伝える」

「よろしくおねがいします」

「それじゃあ、部室へ向かうとするか。少し遅くなったな」


 時計を見ると集合時間を10分以上過ぎてしまっている。

 足早に準備室を出て、先生の後に続いて部室へ向かう。


「今日のミーティングはどんな内容の話し合いを行うんですか?」

「8月の初旬にある交流戦についてだ」

「そういえば、そんなイベントもありましたね」


 全国のハンターを養成している高校の代表団体が参加する交流戦。

 数日間に渡って同世代でしのぎを削り合う戦いに、草根高校の代表であるミス研が出場する。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

次の投稿は5月22日に行う予定です。

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