平義朱澄の希望~未来に向けて~

 澄人から草根高校の今後についての話を聞いてから数日経った。


 ハンター協会を仲介とした異界ゲート解放の交渉は難航しており、何一つ条件が果たされる見込みがない。


 今日は無理矢理にでも澄人へゲートを解放させるようにという意見が俺へ言われたが、すべて話にならないと突っぱねてきた。


「ふぅー……やつのせいで無駄に長くかかったな」


 協会のビルを出ると夜になっており、午後1番で始まった異界に関する会議にかかった時間がわかる。


【平義さんが遅いのでお肉を焼き始めました】


「チッ、あいつら始めてやがる」


 会議中に何度も震えていたスマホの画面を見てから、早足で夜の街を歩き始めた。

 目的地へ向かう間、会議で印象に残っている内容が頭を駆け巡る。


(国内にある3つ目の異界ゲートも修復が不可能と判断された。澄人は何も言っていないが、おそらく何かをしっているだろう)


 新たに使えなくなったゲートへ協会からハンターが派遣されて調査が行われた。


 その結果、ゲートへ突入しようとしても異界側で動けないため、塞がっていると認定されたようだ。


 報告をしてくれたハンターへ、輝正の父親である白間委員が切羽詰まったようにつめ寄って詰問していたのを鮮明に覚えている。


(輝正のことは何一つ聞いてこないのに、澄人が提示した条件についてはかなり話しかけてきたな)


 決して口外できないことだが、白間委員が教鞭をとっている皇立学校にも異界ゲートがある。

 そのため、澄人の条件が気になるのは仕方がない。


(白間が委員という立場を使って、草根高校のゲートを使用した調査は無駄に終わるだろう)


 協会の中であそこから異界へ出る方法を知っている俺と会長は、草根高校の関係者ということで調査団から外された。


 今頃、白間委員が先頭に立って草根高校のゲートから異界へ突入している。


(あの迷路の脱出方法を知っている者が誰一人いない状態で外へ出ることができるのか? それに澄人が言っていたことも気になる……)


 ゲート周辺の整備を行った澄人は、迷路が破壊されないように工夫をしていると漏らしていた。


 澄人が迷路の説明をしている時にこぼした一言のためそこまで気にしていなかったが、こうなるとどんなものだったのか気になってくる。


(っと、もう着いたのか。あいつらに聞いてみるか)


 約束をしていた焼肉屋に着き、外にある受付で予約していた平義と名乗る。


「お待ちしておりました平義さま。こちらへどうぞ」


 若い女性の店員が笑顔で入り口の扉を開けて、中へ入るようにうながしてくる。

 清潔感のある店内へ足を踏み入れ、音が遮断されたように静かな廊下を歩く。


「お連れの方が2名、鶴の間でお待ちになっています」

「ええ、もう始めているらしいです」


 軽く女性店員と会話を交わしながら2人が待っている部屋へ向かう。


 このお店は完全個室の焼肉屋で、澄人と2人で話をするときにも使った。

 外に話し声が漏れることはなく、他の客とも顔を合わせないように配慮してくれるお店なので重宝している。


「こちらです」

「ありがとう」


 鶴の間と言われたものの、案内された扉には何の表示もない。

 店員にしかわからない名前に意味があるのかと思いながら扉を開けた。


 中は玄関のようになっており、2重扉の奥から明るい声が聞こえてくる。


(俺の苦労も知らずにこいつらは)


 ため息をつきながら2枚目の扉を開けると、昔の面影が少しもないバカ娘2人が大量の肉をテーブルに並べていた。


「あ、平義さん。先に注文をしておきましたよ、早く座ってください」


 草壁澄香と水上夏澄の2人が網の上で焼かれた肉を食べながら俺を迎える。

 水上にいたっては食べることを優先して、俺へ手を上げるだけだ。


 長方形の机の片側に2人が並んで座っているため、荷物を椅子へ置きながら向かい合うように座った。

 両者とも整った顔立ちで異性にモテそうだが、そういった類の話は一切聞いたことがない。


 俺と同じように忠誠を誓った相手がいるので、彼を見守り続ける必要があるからだろう。


「おまえたち……俺の給料がいくらなのか知っているのか?」


 卓上に肉の並べられた皿が敷き詰められており、呆れて笑うしかない。


「わかっていますよ。それでも奢ってくれるって約束ですよね?」


 水上が次に食べる肉を網へ並べてからこちらを向く。

 2人で全ての肉を食べつくしそうな勢いなので、机の隅に備え付けられているタブレットを手に取った。


「……一応、試験に向けての激励会だからな。澄人と聖奈にはなんて言ってきたんだ?」


 数種類の肉とビールを注文してから2人を見ると、水上が俺へ小皿を渡してくる。


「澄人様と聖奈の2人は仲間と境界へ行っているので、夕食を別々にとることになっています」

「1年グループか? 水草ギルドで突入申請しているんだろうな」


 感心をしながらタブレットを充電器へ戻そうとしたら、草壁が横から手を伸ばしてきた。


「水草ギルドって名前、安直すぎませんか? 草地翔と水守真友の2人を育てるためのギルドですよね?」

「育てるというよりも、あの2人の場合は生活のためだな」


 さらに注文をしようとする草壁を眺めていたらビールが運ばれてくる。

 置き場に困って持っていたら、2人が飲み物の入ったグラスを手にした。


「とりあえず、乾杯しましょうか」


 草壁がほのかに笑いながらジュースの入ったグラスを俺へ差し出してきた。

 2人とも未成年なので、アルコールでも飲んでいたら殴って止めなくてはいけなかった。


 期待するような目を向けてくるので、俺もビールを持っている手を少しだけ高く上げた。


「そうだな……2人が合格するように、乾杯」

「「乾杯!」」


 ビールを一気に飲み干すと開放感を感じる。

 長ったらしい会議が終わり、夏の暑さを我慢した俺の体がさらにアルコールを要求してくる。


「それで、平義にいはいつ澄人さまへ自分が清澄ギルドの一員ってことを言うつもりなんですか?」


 肉を網から取ろうとした俺の箸が止まり、代わりに質問をしてきた水上が俺の取り皿へ野菜を置いてきた。

 箸を置いて次の飲み物を注文しながら口を開く。


「まだしばらくは言わないつもりだ。それでなくともあいつは俺をこき使っているからな」


 隙間のあまりないテーブルに肘をつき、拳を頬に当てながら澄人が俺へしてきた要求を振り返る。

 今日もあいつからの言葉を伝えたため、会議が長くなったと言っても過言ではない。


(全ての行動は草根高校……しいては、そこにいる生徒のためと言われたら協力してやりたい)


 前会長である正澄さまから澄人の後見人を任されたため、俺は特級レッドゲートへの突入をしなかった。

 今でも突入直前に言われた正澄さまの言葉を鮮明に思い出すことができる。


(澄人は必ずこの国を代表するハンターになるから、信じてやってくれ……か。じいさん、あんたはどこまであいつに託したんだ?)


 2杯目のビールを飲み干すと、ポケットにねじ込んでいたスマホが震え出す。

 この至福の時間を邪魔されるわけにはいかないので電源を切ろうとしたら、俺の指が止まった。


「すまん2人とも……会長から電話だ」


 席を立って部屋の隅に移動してから会長からの電話を取り、会話を始める。

 話を聞いているうちに会長の言葉が信じられなくなり、感情が抑えられなくなった。


「嘘ですよね!? 本当にA級ゲートへ澄人が1人で突入する申請を通したんですか!?」


 俺の言葉が聞こえてしまった2人が椅子を蹴り倒して俺へ詰め寄ってきた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

次の投稿は5月25日に行う予定です。

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