入部試験⑫~合宿の目的~

 ホテルに帰ってからは各部屋へ戻り、明日の朝から行う突入に備えて休息を取るように言われた。

 山道を駆け回って噴き出た汗をシャワーで流したあと、ルームサービスで頼んだサンドイッチをつまむ。


「お兄ちゃん、先に寝るね。おやすみー」

「ああ、おやすみ」


 淡いピンクのチェック柄のパジャマを着ている聖奈は、ベッドへ寝ころびながら俺へ声をかけてきていた。

 邪魔にならないようにサンドイッチの乗ったお皿を持ち、電気を消して隣の部屋へ移る。


(1時か……まだ眠たくないな……)


 いつもなら起きているのが考えられないような時間に活動している自分に驚きつつも、椅子へ座った。

 サンドイッチを食べながら、今回の合宿について思いを巡らす。


(そもそも、急に合宿に行きたいと言って、なんで草地さんは今回のような対応をしてくれているんだ?)


 初めは、異界が自由に使えなくなるので、師匠が手を回してくれていたと思っていた。

 ところが、考えれば考えるほど、俺たちへこんなことをしなくてもよいと感じてしまう。


(国の意向って言えばいいだけだからな。こんなホテルを取ってくれている意図がわからない)


 しばらく考えていても、草地さんの目的が見当もつかなかった。

 ペットボトルの飲み物を口に含みながら時計とみると、一時間以上も考え込んでしまっていた。


「ふぅー……明日もあるし、もう寝るか」


 シャワーで火照った体が冷め始め、軽い眠気を感じてまぶたが重くなってきた。

 歯磨きなどの寝る準備を整えてからベッドへ入り、深呼吸をしながら瞳を閉じる。


 次の日も順調に境界の突入と探索を行うことができ、日が暮れる前に草根市へ帰り始めた。

 俺的には十分に実りのある合宿となり、他の人も手ごたえを感じているようだ。


 しかし、その中で1人だけ暗い表情で窓から外を見続けている人がいる。


(真さん……神格が上がったんだけど……これは……)


【名 前】 水鏡 真

【年 齢】 15

【神 格】 3/7

【体 力】 4,500

【魔 力】 6,000

【攻撃力】 F

【耐久力】 G

【素早さ】 F

【知 力】 D

【幸 運】 F


 神格3にしては全体的に相当低い能力になってしまい、平均よりもだいぶ下回っている。

 唯一知力だけが長所とも言えなくもないが、神格3で最高能力【D】は物足りないと感じてしまう。


 自分自身を鑑定できる真さんはすでにこれがわかっていると思うので、どう声をかけてよいのかわからない。


(誰にも言わないってことは、触れてほしくないんだよな)


 神格が上がったことも周りに伏せていることから、俺もあえてその話題を振らないことにした。

 今はそのことよりも、昨日より増えていた【待機の集団】について草地さんへ質問をしたい。


 口を開こうとしたら、3列目に座っている誰かのスマホから着信音が聞こえてきた。

 出鼻をくじかれて後ろに座る人へ視線を投げると、真友さんが慌てながらスマホを取り出している。


「ごめんなさい! 天草先輩から? 出ても……いいですか?」


 真友さんがスマホを持ちながら運転席に座る草地さんへ声をかけた。


「ええ、どうぞ」


 草地さんの返事を聞き、真友さんはすぐにスマホの画面をタップする。

 静まり返っていると、会話を盗み聞ぎしているような気分になるので、話しかけ易い聖奈を見た。


「何の電話だろうな?」

「天草先輩からだから、部活のことだと思うけど……あ! 入部試験についてとか?」

「確かに、それはあるかもしれないな」


 聖奈と小声で話をしていたら、後ろに座る真友さんが驚きながら俺たち全員に視線を向ける。

 何かと思って後ろを向いて様子をうかがっていると、真由さんがスマホを顔から離した。


「試験内容について、みんなへ話があるみたい」


 そう言いながら真友さんがスマホの画面をタップし、どうぞと声をかける。


「急に連絡をしてすまない。今、部長たちとの話し合いが終わり、入部試験の内容を決定した」


 真友さんの持っているスマホから、車内にいる全員へ天草先輩の声が届けられた。

 あの会議からなにか内容の変更があったのかと思い、黙って聞いていると天草先輩が声を続ける。


「入部試験対象者を全学年から募るが、直接戦うのは1人10名まで。それを明日決める予定だ」


 それ以外は会議で出た内容から変更がないことと、これから学校のHPやメールで入部試験についての通知が行われることを教えてくれた。

 明日の選考会は見学をしても良いそうなので、暇なら行きたいと思う。


 最後に質問があるなら答えると言ってくれたため、遠慮なく疑問をぶつける。


「仮にですけど、俺や聖奈へ挑戦する希望者が10名に満たなかったら、明日は戦わないんですよね?」

「そうだ。あくまでも明日はきみたちへ挑戦できる生徒を選考する日だ」


 草地先輩の声は力強く俺へ届き、今回の入部試験についての自信をうかがえた。


「その応募状況も明日わかりますか?」

「明日の8時に受付を終了するから、それ以降ならわかるよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 お礼を言ったあとに周りを見回すと、他の人は質問が無いようなので天草先輩へそれを伝えた。

 すると、最後にと口にしてから、天草先輩がしばらく黙って間を空ける。


「私はきみたち全員を束ねる部長になる決意をしたわ。だから、みんなも試験当日は本気で戦って……【仲間】を選んでほしい」


 以上だと言い残して天草先輩が電話を切り、通話を終了する通知音が聞こえてくる。

 黙って運転をしてくれていた草地さんが限りなく小さな声で、熱いなとつぶやいていた。


 俺はこんな空気で疑問に思っていた合宿の目的などを聞く気にはなれず、黙って窓の外へ視線を投げた。


「真……大丈夫?」


 後ろから真友さんが真さんへ話しかけている声が届き、反応しないようにしながら会話に耳を傾ける。


「うん、平気……少しでも戦いやすい様、明日は見に行った方が良いかな?」

「その方がイメージを持ちやすいと思うよ。私も一緒に行くよ」

「……ありがとう」

「それなら、私も良い!?」


 聖奈も2人の会話を聞いていたのか、座席に膝を立てて後ろを覗き込んでいた。

 草地くんもソワソワと3人の様子を気にしているので、選考会を見学に行くと思われる。


(全員が行くなら、後で誰かに聞けばいいか……街周辺の境界でも探そうかな……)


 明日は境界探索を行うと決め、目を閉じて草根市に着くまで軽く寝ることにした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

次の投稿は4月4日に行う予定です。

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