入部試験⑩~1年だけで合宿へ~
俺がビルを出たら、聖奈が電話から顔を離して車の窓から身を乗り出す。
「お兄ちゃん! こっちだよ!!」
ほっとした顔をしている聖奈に向かって手を振っていたら、運転席に座っている草地さんと目が合う。
軽く会釈をすると、草地さんは車から降りて俺へ近づいてきた。
「澄人さん、お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
草地さんは俺へお辞儀をしたあと、両手で後部座席のドアを開けて乗るのを待ってくれている。
お礼を言いながら車へ乗り込み、聖奈の横に座った。
俺が座るのを確認してから草地さんがドアを静かに閉め、早足で運転席へ戻る。
聖奈が草地さんの行動に驚いていないように見えた。
「聖奈、草地さんって前からあんな感じなの?」
「うーん……私
その言い方から、草地さんが俺や聖奈を特別視していることがわかった。
草地さんが運転席へ座り、後ろに座る俺たちのことをバックミラーで見てくる。
「これから孫を迎えに行かせていただきます」
「はい……」
返事の次に出す言葉を迷ってしまい、一呼吸置いていたら車が発進した。
電話では言えないような話があると聞いていたので、まずはそれについて聞いてみたいと思う。
「近々、草根高校にある異界のゲートが今まで通り使用できなくなりそうです」
「どういうことですか!?」
「日本にある異界ゲートの1つが使用不能になったのが主な原因です」
運転中の草地さんは声のトーンを変えず、淡々と話をしてくる。
内容を聞いていたら、俺があのゲートを埋めたことが理由らしい。
ただ、それと草根高校のゲートが使えなくなるということが繋がらなかった。
「そこのゲートが使えなくなって、どうしてうちが影響を受けるんですか?」
「異界の素材価値が上がり、ゲートの存在を公にしている草根高校へ突入申請が増え、現在部活で使用している枠を融通してもらわざるを得なくなった次第です」
異界ゲートを企業へ解放しているのは、草根高校の生徒が使わない時間にどうぞという善意と聞いている。
生徒にはゲート周辺の安全確保という役割を与えているものの、あくまでゲートの主導権は草根高校が握っていた。
生徒が使わない時間をハンター協会へ譲っているだけなので、今回の話は草根高校に損でしかない。
「……それはハンター協会から草根高校への依頼ですよね?」
今でも突入頻度に不満があるのに、これ以上減らされたらライコ大陸の探索が終わらなくなる。
従う必要があるのかという不満を込めながら草地さんへ言葉を投げかけた。
「多数の企業やギルドが殺到しているため、これ以上揉めると政府が介入するそうです」
草地さんはバックミラーで一瞬だけ俺を見た後、申し訳なさそうにしていた。
その横顔を見ていたら冷静になり、どうして先にこの情報を俺へ教えてくれているのか不思議に思う。
(師匠は異界ミッションについて知っている……草地さんへこの内容だけで伝言を頼んだのか?)
今回の合宿も突然決まり、協会の役員として忙しいはずの草地さんが引率してくれる。
上の方では話が決まっているようなので、まだ草地さんからの話がないとこの時間の意味が無い。
「……そうですか。いつ自由に入れるんですか?」
「お兄ちゃん? 話聞いていたの?」
聖奈が眉をひそめて俺を見てきており、何を言っているのかわからないといった表情をしていた。
「これを」
俺の予想は合っていたのか、停車したタイミングで草地さんがA4ほどのファイルを差し出しながらこちらを見てくる。
それを受け取って、中から紙を出そうとしたら草地さんが車を降りた。
「私は孫を連れてきます。しばらくお待ちください」
「ありがとうございます。よろしくおねがいします」
草地さんが玄関を通って家の中へ入っていくのを見送ってから紙を取り出す。
そこには職権の乱用といっても過言ではない内容が記載されていた。
【ハンター協会 異界調査日】
7月30日・31日
調査員 草壁 澄広(キング級)
平義 朱澄(キング級)
草地 務 (クイーン級)
観測員 草凪 澄人(四級)
以上
「お兄ちゃん、これって……」
「俺の残された自由な探索時間は2日ってことだろうな……」
ハンター協会が異界の調査をする日程と内容が書かれており、俺がねじ込まれているように見える。
SやA級のハンターの観測員として四級の者が名を連ねていることは普通ではない。
(師匠や先生に感謝だな……にしても、こんなの良く通ったな……)
ハンター協会が承認したというサインまで書かれている正式な書類なので、これは公表されるものだ。
「お待たせしました。資料はご覧になりましたか?」
戻ってきた草地さんが運転席からこちらを覗き込んでおり、優しく微笑んでくれていた。
「当日、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
返事をしながら書類を返している時に翔が車へ乗り込んでくる。
「2人して頭を下げてどうしたの?」
「何でもないよ。真友さんと真さんを迎えに行きましょう」
何かを言いたそうにしている翔は助手席へ座り、シートベルトを締めた。
草根高校の女子寮の前で待っていた2人を回収し、俺たちは目的地へ向かう。
車内では入部試験の話題で持ち切りになり、どのような人が入部してくるのかなど話題が尽きない。
ただ、真さんは終始表情を暗くしていたため、今回の試験が気がかりになっていることがうかがえる。
「みなさん、お待たせしました。宿泊するホテルに着きましたよ」
日が沈みかけたとき、草地さんの運転する車が大きなホテルへ横付けした。
停車すると同時にホテルマンがドアを開けて、俺たちが降りるのを待つ。
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ご覧いただきありがとうございました。
次の投稿は3月30日に行う予定です。
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