入部試験⑨~宿泊許可を求めてアジトへ~

「お姉ちゃん? いる?」


 お姉ちゃんの部屋の扉をノックしても中から声が聞こえてこない。


(ここまで来て、夏さんもいなかったら事後報告でもいいよな)


 中からの返事がなく、半ば諦めながらため息をつく。


――シュル、バサッ


 夏さんの部屋へ向かおうとしたら、かすかに布がこすれるような音が聞こえてきた。

 振り返ってお姉ちゃんの部屋の扉に意識を向けると、ペタペタという足音がしている。


 その間隔が異様に空いており、一歩一歩が遅い。

 ドアノブがゆっくりとひねられて扉が開けられると、隙間から電気の点いていない部屋がのぞける。


「なつー? 何かあったー?」

「えっと……おはよう?」


 開けられた扉からは、無地のTシャツを着ているだけのお姉ちゃんが眠そうにこちらを見ていた。

 俺と目が合い、寝ぼけ眼で半分閉じていたお姉ちゃんの瞳がみるみる見開いていく。


「す、澄人!? えっ!? ちょっ!?」

「お、お姉ちゃん、落ち着いて!」

「キャァ!!」


 姿を見ないように顔を背けたことでお姉ちゃんが自分の姿に気が付き、勢い良く扉を閉める。

 扉の傍から離れていないようなので、控えめにノックをした。


「突然来てごめんね。これから草地さんに境界探索の合宿へ連れて行ってもらうんだけど、その許可をもらいに来たんだ」

「草地さんって、この前復帰した人よね!? それなら良いから行ってらっしゃい!」


 扉の向こう側にいるお姉ちゃんは声を上ずらせて、早口で許可を出してくれた。


「ありがとう。体に気を付けてね、俺はもう行くよ」


 返事を聞く前にこの場を離れ、アジトを後にする。

 あの中の様子を見る限り、いつもとは違う生活リズムで勉強をしているのがうかがえた。


 お姉ちゃんの部屋の中にも考えられないような量の衣服が投げ出されているのが見え、勉強以外の時間をどう過ごしているのか不安になってくる。


(手が空いた時に応援をしに行こうか……大丈夫大丈夫って言っていたけど、あれは駄目だろう……)


 さっき見たものが夏さんの部屋と言われたらまだ納得ができるが、普段きちんと整理整頓をしているお姉ちゃんがあんなことになっているのは信じられなかった。


 地上へ出るエレベーターに乗りながらギルドマスターになることがどれだけ難しいのか考えている時、スマホが震える。


 スマホを確認すると、メッセージを2件受信している。

 エレベーターを出てからスマホをタップしてメッセージを読み始めた。


【お姉ちゃん:さっきは取り乱してごめんなさい。試験が近くてスマホを見る余裕がなかったわ。夏も爆睡していて、気づかなかったみたいよ。合宿には務さんが付いて行ってくれるのよね? 怪我をしないように注意すること】


【夏さん:澄人さま、電話に出られず申し訳ありません。必ず特急観測員の試験に合格するので、待っていてください!】


(務さんって……草地さんの名前かな? お姉ちゃんも知っている人なんだ……どう読めばいいんだろう?)


 それぞれへ応援するメッセージを送信し終えると、今度は聖奈から電話がかかってきた。

 まだ約束の時間までには余裕があったため、何かあったのかと思いながらスマホをタップする。


「お兄ちゃん? 草地さんが早めに家に来て、話があるって言っているんだけど……」

「草地さんが俺へ話? ……ちょっと代わってもらえる?」

「うん……」


 聖奈が返事をしてから、会話をしているような声が聞こえてきた。

 それから間もなく、聖奈以外の声がスマホを通じて俺へ届く。


「澄人さんですか? 草地です。急に申し訳ありません」

「いえ……話があるとお聞きしたんですが……」

「内容がむやみに口外できないことなので、できれば直接お話したいのですが……今はどちらにいらっしゃいますか?」


 草地さんが穏やかな口調で大切な話があることを伝えてきた。

俺はビルの1階にあるソファーに座り、わかりやすい場所にいてよかったと思った。


「清澄ギルドのアジトにいます」

「わかりました。聖奈さんの準備が終わり次第、迎えにあがります」

「よろしくお願いします」


 俺が電話を切るまで通話が終わることはなく、なんでこんなに丁寧なのかと疑問に思うくらい草地さんの腰が低い。


(俺を見守ってくれていたり、今回の対応だったり……草地さんはどうしてこんな風に親切なんだろう?)


 散々な状況になっていた草凪ギルドを立て直そうとしていた理由も聞いていなかったので、草地さんへの疑問が溢れてくる。


(じいちゃんと関係があるのか? 師匠とも面識があるし、復帰していきなりハンター協会の役員にもなれるくらいの人なんだよな……)


 考えれば考えるほど草地さんのことを知りたくなる。

 家からここまでは車で15分程のため、電話の時点で聖奈の準備が終わっていたとしてもまだ着くことはない。


(運動できる服装に着替えておこうかな……)


 学校が終わってそのままここへ来たため、俺は制服を着たままだった。

 空いている部屋でいつも境界捜索をしている時に着ているジャージに着替えることにした。


 清澄ギルドのIDカードをかざせばどの部屋にも入れるので、静かに身を起こす。


(まだ時間があるから、ゆっくり着替えをして……制服やリュックはアイテムボックスへ入れておけばいいか……)


 着替え終わってロビーへ戻った時、スマホが何度も震えて電話を着信したことを知らせてくる。


(聖奈からか。あれ?)


 電話に出ようとしたら、ビルの前に見慣れない白いワンボックスの車が停まっているのが気になった。

 よく見ると、その後部座席には困っている顔で電話をしている聖奈がいたため、俺はそのまま車へ近づいた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

次の投稿は3月28日に行う予定です。

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