入部試験⑦~灰色の湖について~
「灰色の湖ですが……前回観測した時よりも、かなり大きく拡大しておりました」
天草先輩が灰色の湖について口にすると、3年生や平義先生、豊留さんなど、部室に集まっていた人たちが目を見開き、驚きを隠せずにいた。
言葉だけでは信用されないと思い、高い所からスマートフォンで撮影した映像をプロジェクターに投影したことで、全員の口から言葉が失われる。
部室に残された資料と比較を行うと、桁違いに湖が広くなっていることがはっきりとわかる。
実際に見たことがある3年生や先生たちは画面から目を離さずにじっと写真を見つめていた。
「それと同じように湖の浸食範囲も広がり――この部分にある土が溶かしてくるようになっています」
俺は補足をするように、映し出した画像へメーヌに教えてもらった範囲をスマートフォンで線を引きながら説明を行う。
大部分が灰色の湖によって影響を受けてしまっており、湖本体へ近づき難くなっていた。
調査結果を聞いた平義先生は画面を見つめたまま何も言わず、豊留さんがかけていた眼鏡を外す。
「ハンター協会へ報告をしたいから、その画像データを後で送ってくれる?」
「わかりました」
「それと……なんで今回モンスターが大量にこちらへ押し寄せたのか、理由はわかっているの?」
豊留さんが頭を抱え、口を一文字に結んでこちらをじっと見つめてきている。
湖周辺にまったくモンスターがいなかったことを考えると、あの球体が理由としか思えない。
ただ、俺が戦った球体と灰色の湖の関係がわからなかった。
「俺は灰色の球体がモンスターを追いかけ、モンスターを地面に溶かすのを見ました……推測ですが、この灰色の湖は意思を持ち、狩りをしていたのだと思われます」
「そう……こんな状況でこんなことが起こるなんて頭が痛いわ……」
俺の言葉を聞いて首を振って深く息を吐く豊留さんの様子がいつもと違う。
【こんな状況】について質問をしようとしたところ、平義先生が何かに気が付いたようにハッと顔を上げた。
「今日はこれで部活を解散する。義間、後は頼む」
「はい。明日からの予定は――」
部長が先生と夏休みの予定についての話を行っている間、俺たちは倉庫で使用した機材の片付けを行う。
作業をしていたら、自然と俺の傍に寄ってきた聖奈が手を動かしながらこちらを見ずに口を開く。
「ますます険悪になっているけど、天草先輩に何を言ったの?」
「特に……俺が異界でやっていることをそのまま説明しただけだけど……真友さん?」
俺と聖奈の話が聞こえたのか、同じように作業をしていた真友さんが会議で使用していたボードを床に落とした。
投影機器の片付けが終わったので、真友さんが落としたボードを拾おうとしたら、肩を掴まれる。
「本当にそのまま言ったの!?」
「そうだけど……なにかまずかった?」
「まずかったもなにも……いえ……あなたを責めるのは違うわね。私、もっと強くなるから」
「う、うん……」
真友さんが真剣に決意表明をしてきたので、意味が分からずに相槌を打った。
何も言わずに作業をしていた翔や真さんも小さくうなずいており、なんのことか首を傾げてしまう。
「こら! 無駄話をしていないで早く終わらせて! ミーティングを始めるよ!!」
「はい!!」
天草先輩が倉庫にいた俺たちを注意するように声をかけ、真友さんたちが返事をして退出していく。
俺も部室へ向かおうとしたら、扉を出る前に天草先輩がじっと見つめてきた。
「私が部長になったら、あなたが1人勝手にできないように全員を鍛えるから」
「そうですか。よろしくお願いします」
わざわざ直接俺へ言うことを考えると、天草先輩は今の状態が良くないことをはっきりと認識してくれている。
新入部員の件については後々分かると思うので、今は部長になることを決心してくれただけでも御の字だ。
それを言い終えても俺のことを見つめる天草先輩が下唇を噛みしめていたため、まだ何かあるのかと思い足を止めた。
「なにか?」
「……いや……澄人くんは灰色の湖についてどう思っているんだい?」
天草先輩が言おうとしていた言葉を飲み込み、取り繕うように灰色の湖について質問をしてくる。
今の段階での考えは先ほどと変わらないため、俺は今一番考えていることを口にする。
「もっと時間をかけて調査をしたいです。相手がモンスターなら、この瞬間にも範囲を拡大しているかもしれません」
「そう……か……ありがとう、部長の話を聞きに行こう」
倉庫から出てからは、部長から夏休みの予定とかかれたプリントを配布された。
夏休みに入ってから2日後に入部試験があり、8月の末には【交流戦】と書かれた日が3日並んでいる。
「天草、入部試験についての説明はあるか?」
ちょうど、交流戦が終わると同時にギルドの活動が再開だと思いながらプリントを眺めていたら、部長が天草先輩に意見を求めていた。
部長になる決意を固めたばかりの天草先輩が答えられるのか不安になり、プリントから視線を離して顔を上げる。
俺と同じように他の部員も天草先輩に注目し、何も言わずにじっと質問に答えるのを待っていた。
「今まで残った生徒には申し訳ないですが、再度【全校生徒】を対象に部員を募集したいと思います」
天草先輩はその視線の中、平然とそう答えて立ち上がった。
「明日告知を行い、予定通りの日に試験を実施します。試験内容は、1年生の部員と勝負を行い、その結果で合否を判断する予定です。質問はありますか?」
いつから考えていたのか、天草先輩が部員を見回しながら自信満々に試験について説明を行う。
あまりに衝撃的な内容だったため、何を聞けばいいのか頭を悩ましていたら、副部長が手を上げた。
「瑠璃ちゃん、本当に【全校生徒】対象なの? 全学年の普通科の生徒ってこと?」
「そうです。1年生は澄人くんを筆頭に今までの試験では推し量ることが出来ない部員が所属しております。この子たちと活動を共にする部員を選ぶのに去年までの方法では無理と考えた結果、この試験内容に辿り着きました」
「俺からもいいか? 新入部員で3年が入部した場合は――」
副部長や部長が疑問を口にしてから、3年生による天草先輩への質問攻めが行なわれた。
それを1つ1つ丁寧に答えるのを聞き、副部長が議事録のように内容をまとめている。
その様子を見ながら、他の1年に目を向けると、真さんが落ち込んだ様子で視線を落とす。
(確かに、俺や聖奈に挑戦する人はいないだろうし……この中だと1番挑まれそうだな……)
上級生は普通科の生徒や、ふるい落としてきた1年のことしか聞いていないため、俺も手を上げて指名されるのを待とうとした。
しかし、俺が肩ほどまで手を上げた瞬間、他の部員が何事かとはっとしてこちらを向いた。
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ご覧いただきありがとうございました。
次の投稿は3月24日に行う予定です。
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