襲撃事件収束③~師匠の対応~

「いや、それは不要だ」


 師匠が剣を差し出す俺を止めるように手を向けてきた。

 規定では、どんな相手でもハンターが殺してしまったら、武器を持つことはできないとされている。


 アイテムボックスへ剣を戻しつつ、ハンター協会の会長である師匠が俺へ規定を破らせて、疑念を抱く。


「本当にそれでいいんですか?」

「構わん。影渡りのこの草地が殺したということになっている」

「どういうことですか? あいつは俺が――」

「澄人さん。お静かに」


 草地さんが俺の言葉を止め、なぜか申し訳なさそうに頭を下げた。

 今回のことは調べてもらえば俺に非の無いことはわかってもらえると思うので、余計な負担を師匠や草地さんにかけたくない。


「すまん、澄人。草地をハンターに戻すには、キング級の犯罪者を討伐するという功績がなければ難しかったんだ」

「それなら俺はいいんですけど……」


 俺が影渡りを殺してしまった現場は、翔を含めて数人のハンターが見ていた。

 その事実を捻じ曲げてしまうと、ばれたときに師匠が追及を受けることになる。


「草地が落ちていた翔くんの剣を使って、影渡りの胸に突き刺したのが死因とされているから、澄人もそう言ってくれればいい」

「俺が殺してしまう瞬間を見ている人もいましたよ?」


 師匠は椅子の肘置きに手を置き、深く息を吐いて天井を見上げる。

 なぜか俺には少し師匠が困惑しているような感じがした。


「一部始終を見ていたという草凪ギルドの者の証言の中に、澄人が影渡りへ触れていただけで死んだとあるが……そっちの証言のほうが調査員からは信用されていない」

「……わかりました」


 納得ができずにうなずくと、師匠がまだ何かを言いたそうに息を吐く。

 その空気を察した草地さんが手を上げて、笑顔を俺へ向ける。


「澄人くん、もう教室へ戻るといい。草壁さんもそれでいいですよね?」


 口を一文字に結ぶ師匠は数秒考えてから小さくうなずくので、俺は退室する前にふたりへ頭を下げた。


「お話を聞かせていただき、ありがとうございました」

「ここで聞いたことは内密にお願いします」


 最後に草地さんから釘を刺すような言葉を聞いてから理事長室を出ると、扉を閉めた後に中から話し声が聞こえてくる。

 聞かないように注意しながら足早にその場を離れた。


(影渡りを倒した俺が注目されるのを防いでくれたのか)


 聞こえてしまった会話の内容を思い出しながら教室へ戻り、2時限目が始まる前に着席することができた。

 授業はテスト前ということで自習と言われたので、教科書を読み返すことにする。


「澄人くん、別の教科で教えてほしいことがあるんだけどいいかな?」

「いいけど……」


 読み始めようとした時、真さんが別の科目の教科書を持って俺へ話しかけてきていた。

 教壇に立つ先生へ確認のために視線を送ると、どうぞとうなずいてくれる。


「どこがわからないの?」

「机を持ってくるね」


 真さんが俺の机の横へ引っ付けるように自分の机を引きずってきた。


「ここが分からないんだけど、澄人くん教えてくれる?」


 真さんは差し出してきたノートの一部を見せるように人差し指を置く。


【聖奈さんの容体はどうなっているの? 所長は何も教えてくれないから教えてほしいです】


 ハッと顔を上げて真さんを見たら、不安そうな顔を俺へ向け、小さくお願いと口を動かした。

 真さんをショッピングモールへ置いていってしまい、そのまま連絡をしなかったので心配をかけてしまっていたようだった。


「ちょっと貸して」


 ノートを受け取り、今朝草地くんへ行った説明と同じ内容を記入する。

 それ以上のことは俺も知らないので、書いているうちに聖奈と会いたくなってきた。


「どうぞ。俺に分かるのはこれくらいかな」


 軽く頭を下げながらノートを受け取った真さんは、俺の文章をじっくりと読んでから再びペンを取る。

 手を動かさずにいたら先生から怪しまれると思い、教科書を読んでいたら腕を優しく突かれた。


「最後にこれだけ教えてほしいな……」

「わかった」


 複雑そうな顔で差し出されたノートには、何度か書き直した跡がある。


【水鏡家のことについて何か知らない?】


 その後に続く文章が消されているものの、じっと見つめるとノートが軽くへこんでいるので読めてしまった。


【お父さんから連絡があって、私から澄人くんへ】


 それ以上は読むことができないが、真さんのお父さんは配偶者が捕まっていることを知っているようだ。

 これに関しては俺にできることはなく、伝えることができないので迷いながらペンを走らせる。


【ごめん、俺には書けない】


 嘘やその場しのぎのような文章を書くこともできるが、真さんにはそんなことをしたくない。

 悩んだ末にこの1文を書き、何も言わずに真さんの机にスライドさせた。


 どのような反応をされるのか緊張していると、真さんが椅子から立ち上がって机を持つ。


「教えてくれてありがとう、助かりました」

「どういたしまして……」


 ノートを読んだはずの真さんは何事もなかったかのように元の位置に戻り、自習を再開した。

 それが不思議で、あまりクラスメイトにはしていない思考分析を真さんに対して行ってしまう。


(【平常】って……なんにも動じていないってことか……縁を切っているからかな?)


 俺も草凪ギルドが崩壊寸前と聞いて何も感じなかったので、それと同じ感情なのかと思い、気にしないことにした。

 その後は何事もなく放課後になり、聖奈のお見舞いのために病院へ向かうことにする。


「あ! 澄人くん、待って!」

「なに? 急いでいるんだけど」


 帰りのHRが終わったと同時に荷物を持って帰ろうとしたら、真友さんが呼び止めてきた。

 教室を出る直前に呼ばれてしまい、用件を早く聞くために強い口調になってしまう。


「今日は私と教室の掃除当番よ? 忘れてない?」

「え?」


 確認のために教室の後ろにある黒板のすみを見ると、掃除当番の欄に俺と真友さんの名前が書かれている。

 頭から抜けていたので、肩を落としながら掃除の邪魔にならないように荷物を教壇へ置いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

次の投稿は2月20日に行う予定です。

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