襲撃事件収束①~草地くんとの約束~

「澄人くん、どうして昨日は連絡くれなかったの?」

「……ごめん、すっかり忘れてた」


 影渡りと戦った翌日、校門の前で待っていた草地くんに聖奈のことを連絡しなかったことを怒られている。

 完全に頭から抜けており、こうして話をするまで草地くんが俺に何の用だろうと思っていた。


 約束を破ったのは俺なので、許してもらえるまで平謝りをするしかない。


「それで、聖奈さんはどうなの?」

「聖奈は……意識はあるけど、まだはっきりしていないみたい」


 今朝、服を取りに帰ってきたお姉ちゃんから聖奈の様子を聞くことができた。

 聖奈は少し寝てくれたものの、昨日の夜と変わらないと悲しそうに言われた。


(こんなことなら、聖奈がなんで意識が無いのか影渡りに聞けばよかった!)


 聖奈のことが心配なので、学校が終わってからお見舞いへ行こうと思っている。


「……そっか。教えてくれてありがとう、中へ入ろう」


 草地くんはそれ以上怒ることはなく、俺に笑いかけてから教室を目指して足を進めた。

 その背中を見ながら、昨日の夜に仲間と言ってくれた草地くんの言葉が脳裏に蘇る。


「ねえ、俺たちって仲間なの?」

「お、俺はそう思っているけど……やっぱり、迷惑……かな?」


 立ち止まって不安そうにこちらを見てくる草地くんへ笑顔を返し、手を差し出す。


「これからもよろしく、

「えっ!? ……ああ、こちらこそ」


 手をにぎり返してくれた翔は緊張しており、表情が強張っていた。

 恥ずかしそうに手を離した翔へ、残念そうな顔を向けて声をかける。


「呼び捨てで呼んでくれないの?」

「そ、それはちょっと慣れるまで時間がかかると思う……じいちゃんなんて、澄人……くんのことを、【御当主様】って呼んでいるから……」

「御当主?」

「あんまり言われたくないと思うけど、草凪家の跡取りである澄人くんのことをじいちゃん世代の人はそう呼んでいるよ」

「直接言われたことが無いからピンとこないな……」


 靴を履き替えながら話をしていたら、草地くんのおじいさんの顔が頭をよぎった。

 師匠と俺が話している間に割り込んでこられるような人で、俺が鑑定で能力を視ることができない強者。


 師匠からは、禁忌とされていたハンターになる前の俺へ接触しようとしてハンター資格をはく奪されたと聞いていた。


「ありがとう」

「なにが?」


 教室へ向かいつつ、翔におじいさんの話を聞いていいものか悩んでいたら、急にお礼を言われた。

 全く身に覚えがないので、素直に言葉を受け取れずにいると、翔が恥ずかしそうに頭をかく。


「そうだよね、いきなりすぎた」

「別にいいけど、何があったの?」

「えっと……今回の件でじいちゃんのハンター資格が復帰されるみたいなんだ」

「それはよかった! ……でも、どうして俺へお礼を言ってきたの?」


 今回の件というのは翔のおじいさんが救援や、混乱していた現場の指揮などを行ってくれた成果だと思っているので、俺がお礼を言われる理由がない。


「たまたまなんだろうけど、澄人くんがじいちゃんのタクシーに乗ってくれていたから今回のことに繋がったと思うんだ」

「運だね。でも、復帰できてよかったよ」


 翔は最後まで俺のおかげでおじいさんがハンターに復帰できたと言っていたが、まったくの【偶然】なので話を聞き流した。

 いつもより遅く教室へ入り、鞄の荷物を整理しながらHRが始まるのを待つ。


「澄人、いいか?」


 珍しくHRが始まる前に教室に現れた平義先生が、目の下へ隈を作った顔でしんどそうに手招きをして俺のことを呼んできた。

 昨日のことだろうと思いながら教壇に立つ平義先生へ近づくと、廊下へ出るように誘導される。


「なんですか?」

「1限の先生には事情を説明してあるから、理事長室へ行ってくれ」

「わかりました」


 そのまま理事長室へ向かい始めると朝のHRが始まる鐘が鳴り、その音を聞きながら階段を降りた。

 理事長室の前には誰の姿もなく、節約なのか廊下の照明も消えている。


(なんか怖いな……)


 妙に不気味な雰囲気をかもし出しており、無いとは思うが、襲撃に備えて雷を展開した。

 すると、理事長室の中には師匠以外の気配があり、耳をすませば会話が聞こえてきそうだ。


 じっと待っているわけにはいかないので、扉をノックして中からの反応を待つ。


「入りなさい」


 師匠が入室許可をくれたので、ドアノブを持って木でできた重々しい扉を押した。

 廊下とは違い、室内は明るくなっており、中には師匠と【草地さん】が来客用の椅子へ横並びに座っている。


「失礼します……師匠、これは?」

「まずはここに座れ、はじめから順に説明させてほしい」

「わかりました。よろしくお願いします」


 俺は2人と向かい合うように座り心地の良い椅子へ腰を掛け、話が始まるのを待つ。

 師匠が話すだろうと思って顔を向けていたら、草地さんが足の付け根に手を付いてゆっくりと頭を下げる。


「1年前、まだハンターになっていないきみの家に行き、驚かせてしまって本当に申し訳なかった」


 大人の人から本気で謝られる体験をしたことがないので、その仕草に見入ってしまった。

 謝る姿さえも洗練されており、なぜこのような人がじいちゃんに禁止と言われていた行為をしたのか気になるほどだ。


「いえ……なぜ、あのようなことになったのか、お聞かせいただけますか?」


 草地さんは背筋を伸ばし、真面目な顔つきで俺の目を見つめてきている。


「もちろんです。草壁さんも聞いていただけますか?」


 1度俺に対して強くうなずいた草地さんは、同意を得るように師匠の横顔を見た。

 師匠も引き締まった表情をしており、草地さんへ顔を向ける。


「ああ、頼む」

「ありがとうございます」


 草地さんは心を落ち着けるように深呼吸をしてから口を開く。

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