それぞれの試験⑫~キング級ハンター影渡り~

「もういい、お前はここで死ね!! 草凪澄人も後で送ってやるから仲良くしろよ!!」


 窓から中を確認したら、薄暗い構内でものすごく太っている人が近くの角材を手にして、草地くんを襲おうとしていた。


 同じように周りを囲む他の人も草地くんに向かって鉄パイプなどを振り上げている。


「おらぁ!!!!」


 もう我慢できなくなり、俺は近くの扉を蹴り飛ばして、草地くんを囲んでいる人へ雷の斬撃を放つ。


 ほとんどの人が雷の斬撃に反応できず、直撃して感電するように体を震わせてから地面へ転がり、そのまま動かなくなる。


 周りから人がいなくなり、崩れるように地面へ倒れた草地くんに駆け寄った。


「草地くん! 大丈夫!?」

「来ちゃだめだ! まだ影渡りがいる!」


 草地くんが力を振り絞るように叫び、俺を止めようとしてくれていた。


 しかし、俺はキング級ハンターが相手でも雷と精霊の助けがあれば逃げ回るくらいはできると思い、草地くんを抱きかかえる。


「だめって……言ったじゃないか……」

「草地くんを見捨てることなんてできない。聖奈を助けてここから逃げよう」


 周囲を確認しようとした時、唯一攻撃が当たらなかった人がこちらへゆっくりと歩み寄ってくる。


「やっぱりあいつか! ――グゥ!?」


 影渡りと思われる人物の姿を確認するために顔を上げた時、俺の体が何かに縛られたように動けなくなってしまった。


 なぜか体の周囲を黒いもや・・のようなもので覆われている。


「きみが草凪澄人だったのか、探す手間が省けた」


 スーツ姿の男性が草地くんを抱えている俺を見下ろし、ほくそ笑む。


 全身を拘束されたように顔より下を動かすことができず、その男性をにらむことしかできない。


「あなたが影渡りなんですか?」

「ああ、そうだ……ふむ……」


 影渡りは動けない俺の頬を思いっきりつかみ、興味なさそうに顔を見てきた。

 

「まったく、数人の子供を捕まえるのに俺へ依頼をするなんて、この街のハンターも弱くなったものだ」


 俺の顔から手を離した影渡りが顔を向けた先には、下着姿の聖奈が天井から写真と同じように黒い紐のようなもので吊るされていた。


 聖奈がいるにもかかわらず、黒い影に邪魔をされてどうすることもできない。


「フフッ。これでようやく彼女を私のモノ・・にできる」

「な、なにを……」


 影渡りは聖奈へ手のひらを向けると、吊るされた状態で浮遊しながらこちらへ近づいてくる。


 何をどうすればこのようなことが行なえるのかわからず、対処する方法が思い浮かばなかった。


(こいつ……魔力だけでどうやって人を運ぶなんてことをしているんだ!? わけがわからない……)


 拘束されている聖奈は意識がないのか、力なくうなだれたまま何の反応も示さない。


 聖奈を自分の真横に吊り下げた影渡りは、口角を不気味に上げて、聖奈の全身をくまなく眺める。


「草凪ギルドへこの子を担保に融資していたにもかかわらず、取りに来たら渡せないと言う始末……だが、こうして、いざ私のモノになると思うと興奮が止まらない!」


 そう言いながら影渡りが聖奈の腋へ顔を密着させると、舌を伸ばして入念にその周辺を舐め始めた。


 影渡りが行なっている行為が異常で、俺には考えられるものではなく、この人が何をしているのか理解ができない。


「止めろ!! 聖奈さんにそんなことをするな!!」


 草地くんが影渡りを止めるためにもがこうとするものの、首以外は全く動いていなかった。


 舌を止めた影渡りはじゅるっと音を立てて脇から離れ、不機嫌そうに草地くんの足を思いっきり踏む。


「ガァァアアアアアアアア!!」


 密着している俺へ骨が折れたような音と振動が伝わってきた。


 痛みで叫ぶ草地くんを睨みつけながら影渡りが口を開く。


「うるさいですねぇ。せっかく君たちに僕と聖奈ちゃんが愛し合うところを見て居てもらおうと思ったのに……興ざめです」


 足をねじるように踏みつける影渡りは、草地くんの髪の毛をつかんで地面へ打ち付けた。


 そして、草地くんの肩を蹴飛ばして仰向けにして、顔へ靴を乗せる。


「舐めろ。そうすれば命だけは助けてやる」

「……誰がお前なんかの言う事を聞くか」

「そうか、なら死ぬといい」


 つまらなそうに言う影渡りが足を離すと、黒い影が草地くんの顔を覆い始めた。


 口と鼻を影に覆われた草地くんは苦しさで顔を歪め、食いしばるように耐えている。


(俺が何とかしないと草地くんが死んでしまう! どうすれば……ん?)


 その光景を見ていたら、まだ地面へ太陽の光が差し込んでいることに気付く。


 しかも、角度的に俺の後頭部へ当たっており、影渡りがあえて草地くんを光の少ないところへ蹴飛ばしたように思えた。


(影渡りは実際に影のあるところでしか能力を使えない? これなら……いけるか!?)


 草地くんの表情から、考えている時間が残されていないため、俺は即座に案を実行する。


「火の精霊よ!! この建物内を明るく照らし続けろ!!」

「馬鹿な!? 何処からこんな光が!?」


 炎による光で薄暗かった工場内から影が消えると、聖奈や草地くんを拘束していた黒いもやがもなくなった。


 聖奈の体を支えていた影渡りの力がなくなり、地面へ落下する前に両手で受け止める。


「離れろ変態野郎!!」


 聖奈を抱きかかえながら、まぶしくて目を閉じていた影渡りの胴体を蹴り飛ばす。


 足にアバラ骨が折れたような感触がした後、影渡りが地面を滑っていった。


 俺の着替えをアイテムボックスから取り出して、聖奈へ被せる。


 まだ影渡りが唸ったまま動かないので、草地くんの足を治療で治した。


「草地くん、聖奈を連れて逃げてくれる?」

「えっ!? 澄人くんは!?」


 今もなお立ち上がっていない影渡りと呼ばれているハンターに目を向け、火の精霊でさらに周囲を明るくする。


 目が見えないというだけで俺の前蹴りを避けることさえできず、今もなお脇腹を押えてのた打ち回っている相手を恐れることはない。

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