草地翔の後悔~何もできなかった自分~

草地翔の視点で聖奈の誘拐について知ります。

お楽しみいただければ幸いです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


(聖奈さんがさらわれた!? なんで!? 何が起こっているんだ!?)


 何か些細なことでも澄人くんへ報告することを作りたいと思い、俺へ連絡をしてきた【成金豚】へ電話をかける。

 しかし、いつまで経っても豚が電話に出ず、コール音が空しく耳に響き続く。


 どうすることもできなくなり、無駄に呼吸が荒れて息苦しい。


(どうする!? これから臨時チームで境界突入……いや、こんなことをしている場合じゃない!!)


 ハンタースーツの胸元を緩め、今回の参加を取りやめて別の人に頼む。

 ペアで参加している水守さんにも謝らなければならないので、待機場所へ向かおうとしたら、背中を指で突かれる


「ねえ、草地くん、どうしたの?」

「水……守……さん?」


 呼びに行こうと思っていた人が現れて、言うべき言葉を失ってしまった。

 何かを言おうと必死に口を動かすが、声がまったく出てこない。


「どうしたのそんな顔して? ……でも、よかった。今日の突入は中止になったから、ゆっくり休みましょう」

「ごふぁ!?」


 言いたいことがつまりすぎて、カラカラに乾いた喉から変な声が噴き出た。

 咳き込んでしまい、酸素が足らなくなって立っていられなくなる。


 膝を地面に付いた俺へ、水守さんが心配そうに肩へ手を添えてくれた。


「ちょっと!? いったいどうしたのよ!?」

「み、みずを……」

「……口開けて待ってて」


 掠れた声で頼むと、水守さんが困惑した表情で俺のことを見ていた。

 指示通りに口を開けて待っていたら、水守さんが妖精を召喚して俺の喉を潤す。


「コヒュー! コヒュー!」


 息が十分にできるようになったので、思いっきり空気を吸って呼吸を整える。

 そんな俺の様子を水守さんが顔を引きつらせて眺めていた。


「それで……草地くんはどうしたの? 体調悪いの?」

「ごめん! ちょっと急ぎの用ができたんだ! 先に帰る!」

「ああ! ちょっと!! もう!」


 助けてくれた水守さんには悪いが、草凪ギルドのことで巻き込みたくないため、何も伝えずに走り出す。


(1秒でも早く、聖奈さんがいる場所を探し出してあげたい)


 聖奈さんが草凪ギルドの人たちから搾取されているのを、俺は指をくわえて見ているだけしかできなかった。

 そんな彼女に報いるために、何をすればいいのかずっと考えていた。


(もう昔の俺じゃないんだ! 絶対に探し出してやる!)


 臨時チームの待機場所があるハンター協会のビルから離れ、道路を走っている時に豚から連絡が入る。


「おう、草地! どうするんだ!? 決めたのかぁ!?」


 連絡を取らなくなってから1年以上経つものの、相変わらず豚の声はしゃがれてうっとうしい。

 喉を休めて直るものでもなさそうな声を我慢して聞き、自分の知りたいことを質問する。


「草凪聖奈さんがいなくなったことを何か知らない……ですか?」


 機嫌を損ねると答えてくれないことはよく知っているので、できるだけ敬語を使うように心がける。

 すると、スマホに口を密着させているかと思うほど、はっきりとニチャーっという唇が離れる音が聞こえてきた。


 気持ちが悪く耳から離したくなるのを耐えていると、豚の呼吸音が聞こえてくる。


「さぁな、俺は知らないぞぉ。それに、なんでお前がそんなことを気にするんだぁ?」


 この声は優越感に浸っている時の声なので、俺は豚が何かを知っていることを察した。

 教えてもらえるようにそれっぽい言い訳を考える。


「草凪澄人が聖奈を探していて、何か理由を付けないとそっちへ連れて行けないんですよ」

「ほぉう……同じ学校にいるとは聞いていたが、連絡も取れるみたいだなぁ」


 少しでも疑われないように、澄人くんのことをあえていつものようには呼ばなかった。

 豚がグフグフとカエルの鳴き声のように笑うので、俺はなんとか言葉を続ける。


「はい、なんとか。それで……聖奈の場所は御存知じゃないんですよね?」

「ゲハッハッハ! それがな、知っているぞ! 草凪澄人と水鏡真を連れてくるなら教えてやるぅ」


 やはり豚が聖奈さんの居場所を知っていたので、大げさに喜んでいるように振る舞う。


「本当ですか!? さすがですね! 必ず連れて行きます。そうすれば、草凪ギルドに入れてくれるんですよね!?」

「あぁ、そうだ。頼りになる後ろ盾もあるし、これからハンター協会は俺たちの思うがままだぞぉ! グフッグフック!」


 かなり上機嫌になった豚は、人とは思えない笑い声をあげていた。

 最後に、この豚がふかしていないのかを確認しなければいけない。


「澄人をおびき出すために、聖奈の写真を送ってもらうことはできますか?」

「あぁ。任せろ、お前は2人を必ず連れてこいよぉ」

「はい!」


 電話が終わると同時に、不愉快な会話をした反動で吐き気を催してしまった。

 周りに人がいるので、必死に胃液をばらまかないように耐えていたら、豚から写真が送られてくる。


「くそぉ!! 豚野郎め!! ずっとこれを見ていやがったのか!!」


 画面を見た瞬間にスマホを地面に叩き付けたくなる衝動に駆られ、怒りのあまりにその場で叫んでしまう。

 薄いピンクの下着姿の聖奈さんが、天井からつるされている黒い紐のようなもので両手を縛られ、足も拘束されていた。


 悪趣味な写真を澄人くんへ送るか、平義先生へ送るか迷っていた時、豚から新たなメッセージが届いたという通知が出る。


【成金豚:草凪澄人へ時間に遅れたらこの下着をひん剥くと伝えておけ】

【わかりました。必ずアジトの工場へ連れていきます】


 震える指でメッセージを送信した俺は、スマホを投げ出してその場から全力で離れ始める。


(あの豚!! もう生かしておけない!! 息の根を止めてやる!!)


 境界へ突入できる恰好のまま、ハンター協会のビルから離れた場所にある廃工場へ向かう。

 周りのことなど目に入らず、あの豚がほくそ笑んでいる顔を思い出しただけで歯をぎりぎりと噛んでしまった。


 廃工場に付き、1度だけ呼吸を整えるように深呼吸を行ってから、錆びの目立つ扉を押し開ける。

 工場内は薄暗く、草凪ギルドのハンターが10名ほど集まっており、目を凝らすと豚の姿も見えた。


「おぅ、草地ぃ。早かったな、2人は?」

「これから来ますよ……お久しぶりです」


 豚の首を確実に落とすため、軽くあいさつを交わしながら集団へ近づこうとしたら、工場の奥に聖奈さんの姿がある。

 そちらへ駆け寄りたい気持ちを抑え、連れ去った犯人を仕留めるために歩を進めた。


 ここに集まっているのは、草凪ギルドがどんなに落ちぶれても他へ行くことができなかった3流のハンター。

 今の俺ならまとめて倒せると踏んで、豚を叩き切れる間合いにあと一歩のところまで近づいた。


「死にたくなければ止まれ」

「えっ!?」


 俺の後ろには誰も居なかったはずなのに、男性の声が聞こえたので振り向こうとしたら、いきなり肩をつかまれて動けなくなる。

 戸惑っている俺を捕まえたまま、その男性は集まっていた豚と周囲のハンターへ聞こえるようにため息をついた。


「これだけはっきりと殺気を放っているのにわからないのか? 本当に使えないクズどもだな」

「あぁん!? 【影渡り】! 何を言ってやがる!?」


 こいつらを殺すという俺の本心がこの影渡りという人に見抜かれてしまっため、俺はつかまれて驚いたふりをして手を振り払う。

 自分から力を抜いたように手を離されるので、つかんできた人の姿を見た。


「あんたが……影渡り? キング級のハンターなのか?」


 先生から草根市のどこかに影渡りというキング級のハンターが潜伏していると聞いていた。

 俺の目の前にいる男性はスーツを着こなしており、職業をサラリーマンと言われても疑わない一般人のような風貌で、キング級のハンターには見えない。


(俺に能力を視られるようなスキルはない! ただ、この中で1番危険なのはこの人だ!)


 影渡りがまだ俺のことを疑っている今、先手を打つために背中の剣を抜いて振り上げた。

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