それぞれの試験⑩~誘拐された聖奈~

「真さん、何か手がかりになりそうな物はないかな? 聖奈が無抵抗でそのまま連れて行かれるなんて思えないから、残してくれていると思うんだ」

「えっ!? えーっと……」


 真さんの荒くなった呼吸だけが耳に届き、何一つ聞き逃さないようにスマホを握る手に力が入ってしまう。


 何もないと微かに呟く声が聞こえたため、真さんを急かすことが無いよう落ち着いた口調を心がけて確認をしてみる。

 

「ない……かな?」

「見た感じなにも……ちょっと探してみるね」

「お願い」


 通話が終わり、真さんがいるというショッピングセンターへ向かっている最中、何度かタクシーの運転手さんがこちらをバックミラー越しに覗いてきていた。


 緊急事態が起こったことだけはわかってくれているのか、焦る俺に声をかけず、できるだけ急いで向かっているのがわかる。


「ショッピングセンターには後30分ほどで着きますよ」

「わかりました。教えていただきありがとうございます」


 ソワソワしながら、タクシーの進んでいる方向を見ている俺へ、運転手さんが穏やかな口調で所要時間を教えてくれた。


 それを聞きながら、自分で走った方が早かったんじゃないかと脳裏によぎるが、落ち着く時間だと割り切って後部座席に深く腰を沈める。


 ゆっくりと深呼吸を行っていると再びスマホが震え、画面を見てなんでこの人からと思いながら電話に出た。


「もしもし?」

「澄人くん? 草地だけど……今大丈夫かな?」


 草地くんに連絡先を渡してあったが、草根高校の生徒を境界へ案内する仕事に関すること以外でかかってきたことがなかった。

 この絶妙なタイミングで電話をかけてくることになにか意味があるのか勘ぐってしまう。


(犯人と繋がっているのか? 待て待て。草地くんはそんな人じゃないって)


 学校で生活を共にし、水草ギルドの様子を先生から聞く限り、草地くんがそんなことをしないと断言できる。


 悪い方にしか考えられない頭を切り替えるために軽く振り、草地くんへ返事を行う。


「大丈夫、それよりどうしたの?」


「俺が草凪ギルドに所属していたって話をしたとおもうんだけど……覚えてる?」


「聖奈は知らないって言っていたけど、いたんでしょ?」


「まぁ、うん。聖奈さんは扱いが【特別】だったから……それで、さっき草凪ギルドのギルド長代行から俺のところへ直接連絡が来たんだ」


「どんな内容?」


 草地くんが本題を切り出した瞬間、俺の頭の中で草凪ギルドが復讐として聖奈を誘拐したという筋書きが思い浮かんだ。


 しかし、それでは自らの立場をより悪くするだけだ。


 わざわざ連絡をしてくれた草地くんの言葉を聞き逃さないように、スマホを耳へ押し付ける。


 緊張してつばを飲み込んで喉を鳴らす音が聞こえた後、草地くんは息を吸い込んだ。


「今日の19時までに草凪澄人と水鏡真を例のアジトに連れて来たら、お前の事だけは許してやる……そう言われたんだ」


「俺はともかく、真さんも?」


「うん。何度か聞こえないふりをして名前を聞いたから間違いないよ」


 草凪ギルドの人たちが境界を囲んで連行された時、俺と一緒にいたのは【真友さん】で、真さんではない。


 それを草地くんも知っているので、名前を確認してくれていたようだ。


(聖奈を連れ去った連中は草凪ギルドじゃないのか……それなら、誰だ?)


 誘拐された聖奈の横に真さんがいたため、犯人が草凪ギルドなら同時に犯行が行われるはずだ。


 草地くんの連絡から、真さんの身にも危険が迫っていることを知り、電話が終わったらタクシーを降りて全力で駆けつけることにする。


「草凪ギルドの人へ逆に質問をしてほしいことがあるんだけど……草地くん、頼めるかな?」


 草凪ギルドがどこまで関与しているのか知るために、聖奈のことを直接聞いてもらうしか方法がない。


 そう考えながら草地くんの反応を待っていると、初老の運転手さんと目が合ってしまう。


 先ほどまでとは違い、妙に表情を険しくして運転をしており、こちらの様子をうかがっているように見える。


「うん……何を聞けばいいの?」


「聖奈がさらわれたんだけど、どこにいるか知っているのか聞いてほしいんだ」


「聖奈さんが!? 嘘っ!? えっ!?」


 聖奈が誘拐されたと聞いた瞬間、草地くんが狼狽し、車もハンドルを急に切ったように揺れた。


 話を聞かれていると思い、お金を払って出るために財布を探し始める。


 ただ、草地くんが驚いた声を上げてから何も言ってくれていない。


「頼めるかな?」


「わかったよ、聞いてみる。何かわかったらすぐに連絡をするよ」


「よろしく。俺はこの後真さんと合流するから、心配しないでね」


 頼みごとが終わったので、電話を切ってタクシーを降りるために運転手さんへ声をかけたが、車を止めてくれない。


(聞こえなかったのか? もう待っていられない!)


 メーターが5千円を超えていたため、財布の中から1万円を取り出してドアから飛び降りようとする直前、タクシーが急加速する。


 押し付けられたように座席へ腰を落としてしまい、何が起こっているのかわからず前へ目を向けた。


「草凪澄人さん、話は大体わかりました。それと、元ハンターからのアドバイスですが、一般人が聞いているかもしれないこのようなタクシーの中で今のような電話はしないほうがいい」


「元ハンターの方……ですか?」


 元ハンターと名乗る運転手さんは、信号で止まると運転席から後ろへ身を乗り出し、直接顔を見せる。


「いつも孫がお世話になっております。その節は御迷惑をおかけしました」


 そう微笑んでくる初老の男性の胸には、【草地】と書かれたネームプレートが付けられていた。


 俺の知り合いで草地という名前は、今電話していたクラスメイトしかいない。


「草地くんの……おじいさん……ですか?」


「大体のことは今の電話でわかりました。ショッピングセンターまでの運転はお任せください」


 さらにニコっと笑ったおじいさんは、座り直して無線を片手に運転を始める。


「こちら、草地。緊急連絡です、ハンター協会聞こえますか?」


「こちらハンター協会、なにがありましたか?」


「草根市のショッピングセンターにて、ハンターの誘拐事件が発生――」


 無線で連絡を取る草地くんのおじいさんはハキハキと話をしており、最初に印象を受けた運転手さんとは別人に感じた。


 その生き生きとした表情を見ていたら、少しだけ不安が和らいだような気がした。


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