草凪聖奈の想い人~天草瑠璃との約束~
(お兄ちゃん、どうしたんだろう?)
部屋の露天風呂へ一緒に入ってから、お兄ちゃんの様子がおかしい。
勉強をしている最中も、私から見ても集中できておらず、先生から今日は止めておけと中断させられた。
私ならまだしも、お兄ちゃんがこんな風に怒られるのを初めて見たので、心配してあげたのに素っ気ない態度で対応されて悲しくなった。
(ここまで来て1人で勉強したいなんてって言うお兄ちゃんなんてもう知らないもん!)
よく話に聞く家族旅行のように、お兄ちゃんとの時間を楽しみたかったのにそれができない。
どこかへ行ってしまったお兄ちゃんを部屋で待つのも寂しいので、広い旅館をただ何となく歩いている。
「今日はありがとう。明日もよろしくお願いします」
「えっと……頑張ってください」
明日も境界へ突入する生徒も宿泊しているようなので、見たことがあるような人が多く、たまにいきなりお礼を言われて戸惑ってしまう。
簡単に相槌を打つだけでその場を離れ、どこか落ち着ける場所がないのか探していると、大浴場と書かれているのれんを見つけた。
(お風呂へもう一回入ろうかな……そうしよっと)
のれんをくぐり、中へ入ると手前に大量のタオルが置いてあり、その奥にはロッカーがたくさん並んでいた。
(大きなタオルは出た後に体を拭く用で、小さなタオルを中へ持っていくんだ)
このような場所は初めてなので、案内を読んで確認をしていたら、後ろから誰かが近づいてくる。
何となくルールがわかったので、タオルを持って足早にロッカーへ向かうことにした。
「聖奈さん? 奇遇だね、今からお風呂?」
「あ、天草先輩……こんばんは……」
なんだか今一番会いたくない人と会ってしまい、このままお風呂に入ることをためらってしまう。
ただ、部屋へは戻れず、行くあてもないので引き返すわけにもいかなかった。
「今日はありがとう。とても良い体験をさせてもらっているよ、明日もよろしくね」
「よかったです……」
「聖奈さんはいつも境界へ入っているんでしょう? 休日はこんな感じなの?」
「遠征へ行くとこんな感じですね……」
いつもはほとんど話をしないのに、今日はなぜか天草先輩の口数が多いように思える。
おしゃべりをするような仲ではないので、話を切ってタオルを持って奥へ行こうとしたら、私の横に並んできた。
「もう少し境界について教えてくれない?」
「……いいですけど、私の話も聞いてくれますか?」
「えっ!? いいけど……珍しいね」
それはこっちの台詞と言いたいのをグッと堪えて、ロッカーへ着ている服を仕舞う。
胸に巻いている【さらし】を取っていると、天草先輩が凝視していることに気が付く。
「なんですか?」
「いや……ハンターの女性は胸が邪魔にならないように、さらしを巻くのが普通なのかと思って……」
「そんなことないですよ。私は下着代を出すのがもったいないのでこれです」
小学校のころに下着の値段を見て、こんなに高いのならお兄ちゃんの生活費を増やすと思って以来、ずっとさらしを着用している。
さらしならサイズが変わっても買い替える必要はなく、巻けなくなったら新しいものにすればいいので経済的だ。
「胸……大きいんだね……」
「そうですか? サイズを計ったことがないのでわからないです……脱がないんですか?」
「ああ、ごめん」
天草先輩が自分の脱衣をせずに私の体ばかり見ているので、急かしてしまった。
下にはいているものはさっき取り替えたばかりの新品なので、捨てることなくロッカーへ入れる。
「その下着は……」
「使い捨てのものですけど?」
大量に入っているお徳用の使い捨て下着を購入しているので、毎月4000円もかかっていない。
「変な意味じゃないんだけど、聖奈さんって下着のこだわりないの?」
「ありますよ。できるだけかかる費用を安くしたいんです。戦っているとたまにパンツ破れちゃうので、これだと気にしないで済みます」
一緒に境界へ入っていた女性のハンターの下着がモンスターによって使い物にならなくなるのを何度か見たことがあるので、そのリスクを考えれば今の物が一番だと私は思っている。
(この説明をお兄ちゃんにしたとき、なんだか悲しそうな顔をしていたけど、なんでだろう?)
服を脱いで先に浴場へ向かうと、私以外に人がおらず、貸切のような状態になっていた。
夕食前に露天風呂で体を洗ったので、かけ湯だけを行ってから肩まで湯船に浸かる。
「ふぃー」
何度入っても温泉は気持ち良く、自然と声が出てしまった。
天草先輩が体を洗い始めたので、外にある露店風呂へ入ったりして時間を潰す。
「待たせたかな? 聖奈さんはお風呂2回目だったの?」
「部屋にも露天風呂があったので、そこに入りました」
体を洗い終わった天草先輩は、全身がほんのり桜色になっており、髪から水滴が落ちている。
ちょうど室内の大浴槽にいた私の横へ、天草先輩が座るように浸かった。
「それで、聖奈さんは何を悩んでいるの?」
「え? 先輩が聞きたいことがあるんですよね?」
「私はまた今度でも大丈夫だけど……聖奈さんのは今解決しないと困るんじゃない?」
「わかるんですか?」
「こうして話をしている時点でいつもとは違うからね。私が来るまで待ってくれていたでしょ? 普段ならなにか適当に理由を探して出そうなのに」
私の考えていることが言い当てられてしまい、違うと微笑む天草先輩に何も言えない。
「心がもやもやして、何が何だかわからないんじゃない?」
今の症状まで悟られているので、私は今だけは素直に天草先輩へ悩んでいることを話す。
「そうなんです。お兄ちゃんのことを考えていたら、なんだか落ち着かないんです」
「そうなんだ……それは今日が初めて?」
以前にも天草先輩とお兄ちゃんが楽しそうに会話をしたり、連絡先を交換したと聞いた時にも同じようなもやもやが心の中で生まれたことを説明した。
天草先輩は私の言葉へ真剣に耳を傾けてくれて、聞き終わった後、右手の小指を私へ差し出す。
「そっか。なら、話をする前に約束をしてほしいことがあるんだ」
「わかりました。どんな約束ですか?」
「これから話すことを澄人くんへ言わない。それだけだよ」
赤く染めた頬を上げて、微笑みながら天草先輩が約束の内容を口にしていた。
その程度ならまったく問題がないため、私も右手の小指を差し出す。
「約束します。これから話すことはお兄ちゃんへ絶対に言いません」
お互いの小指を結びながら天草先輩と約束を交わした。
指が離れると同時に、天草先輩は湯船から立ち上がって私のことを見下ろしてくる。
「それはね……私と同じ恋だよ。聖奈さんは澄人くんのことを異性としてみているんだ」
「え……えぇー!!!!」
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