それぞれの試験⑥~ギルドマスターとの交渉~
俺が観測員になることはお姉ちゃんに即決させることができず、話し合いが夜に行われる事になった。
異界での散歩を終えてから家に帰ると、居間にお姉ちゃんがリビングの椅子に座って待ち構えていた。
「そこに座りなさい。疲れていると思うから手短に話しましょう」
ラフな格好をしているお姉ちゃんが足を組んで、ため息をつきながら俺のことを見てくる。
「澄人、ギルドが休止している意味わかっているわよね?」
「テストに備えるのと、襲撃の件が片付くまで安全に過ごすって理由でしょ?」
何を言われるのかシミュレーションを行い、その中のひとつに引っかかったため間髪入れずに言葉を口にした。
あまりの速さにお姉ちゃんの眉がピクリと動き、苦笑いを浮かべる。
「それがわかっているなら、あなたが観測員になってもその2つは守るのよ?」
「境界を見つけるだけにするし、他の生徒を案内するだけで俺は入らないって約束します」
これ以上お姉ちゃんから何かを言われる前に、自分からやってはいけないことを提示した。
それを聞いて満足そうにお姉ちゃんが立ち上がり、キッチンへ向かう。
「わかっているならいいわ。話はこれで終わりして、晩御飯にしましょう」
「ありがとう」
「夏や真への連絡はしておくから、明後日には観測員の申請が終わると思うわ」
エプロンを付けたお姉ちゃんが冷蔵庫から食材を出しながら教えてくれている。
お姉ちゃんが今日の晩御飯の当番なので、時間をとってしまったお詫びとして手伝うことにした。
自分のエプロンを首からかけつつ、調理台に置かれた野菜たちへ目を向けた。
「これ洗った後はどう切ればいいの?」
「あら? 手伝ってくれるの? だし鍋にする予定だから適当に切ってくれればいいわ」
「この季節に……鍋?」
まだ残暑が厳しいこの時期にお姉ちゃんが平然と鍋を作ろうとしていた。
収納棚から土鍋を取り出すお姉ちゃんは、楽しみだと言わんばかりに笑顔を見せる。
「暑いからこそ鍋でしょう? 栄養も取れるし、汗をかいて新陳代謝を良くするのよ」
意気揚々と土鍋を洗うお姉ちゃんの横で野菜を切り始め、夏に食べる鍋が楽しみになってきた。
熱い熱いと言いながら4人で鍋を完食した後、テレビを見ながら夏さんが急にあっと声を上げた。
「そういえば、本部からの指示で、今日からうちの観測センターで管理する境界の情報が非公開になりましたよ」
麦茶を飲みながら世間話のように伝えてきた夏さんの言葉に、お姉ちゃんが感心するようにうなずく。
「さすがに対応が早いわね。それだけ必要なことってことでしょ」
「そうみたいです。ただ……協会からハンターが派遣されてこないんですよね……」
「放置……ってことはないと思うけど……この時間で連絡がなければ今日は絶望的ね……」
お姉ちゃんが苦い顔になって、天井付近の壁に付けている時計を見上げている。
境界が余っていると聞き、一瞬だけ喜んだ聖奈が深刻そうな顔を作った。
「境界を攻略しないとレッドラインが現れやすくなるんでしょ? どうするんですか?」
「うちは休止しちゃっているから……協会に問い合わせてみて、それでもダメそうなら
お姉ちゃんが電話をかけるためにリビングからいなくなると、聖奈が唇を尖らせて軽く息を吐いた。
「むー……緊急事態だから行くって言うと思ったのに……」
「どこにも頼めなかったら、その選択肢がでると思うよ?」
「夏さんも行きたくありませんか?」
聖奈がむくれながら自分の部屋へ戻ろうとしていた夏さんに話しかけていた。
出かける予定がないため、黒縁の眼鏡をかけている夏さんは眉間にしわをよせて首を左右に振る。
「うーん……私はちょっと立て込んでいるから、行くとなったら真だけかな」
「夏さんがそんなになるってことは特級観測員って難しいんですね……」
「8月に最初の試験を受けて、2次、3次の審査と、国の選考会もあるから、最終的に結果が出るのは3月頃だから、受けてからも長いのよ」
「す、すごいですね……」
聖奈が特級観測員の試験日程を聞いて、自分のことのように絶望していた。
俺たちには夏さんが勉強に集中できるよう、環境作りをするしかない。
聖奈の様子を見てリビングを離れようとする夏さんの背中へプレッシャーにならない程度の言葉をかける。
「夏さん、何か必要になったらすぐに言ってくださいね」
「ありがとうございます、澄人様。その時は頼らせていただきます。観測員の申請は真へ連絡をしておいたので、明日にでも通ると思いますよ」
そう言い残して立ち去る夏さんの背中に向かって、座りながら頭を下げた。
何も聞いていない聖奈が何かを言いたそうにこちらを見ているので、どう説明したらいいのか迷う。
「お兄ちゃん、どういうこと? 今日の昼に真へ相談していて、夜になったらもう観測員になれることが決まっているの?」
「えーっと……そうだな。許可を出してもらえたよ」
「なんで? 私はてっきり断られると思っていたのに……お兄ちゃんだけ特別ってこと?」
聖奈へ観測員になる経緯をまったく伝えていなかったので、怒涛の勢いで質問をされてしまっている。
「師匠へ連絡をしたら全部引き受けてくれるそうよ。手間にならずに済んだわ」
どのように答えるのが良いのか困っていたら、お姉ちゃんがすがすがしい顔をしてリビングへ戻ってきた。
最終的に許可を出したのはお姉ちゃんなので、身代わりになってもらう。
「詳しくはお姉ちゃんに聞いてくれ。それじゃあ!」
「あっ!? お兄ちゃん!?」
リビングから逃げるように離れると、お姉ちゃんが何を聞きたいのと優しく聖奈へ声をかけていた。
俺から説明するよりも納得すると思うので、聖奈をお姉ちゃんへ任せて部屋に戻り、勉強の準備を行う。
(ん? メッセージか?)
21時になる直前にメッセージを受信し、まだ自分の決めたスマホ厳禁の時間ではないので読むことにした。
【水鏡 真:澄人くんを観測員として登録しました。明日から活動できるよ】
こんな時間まで真さんがまだ仕事をしているのかと不安になり、お礼と一緒に気遣うメッセージを送信する。
アジトから学校の寮までは距離があるので、夜道を歩かせていると思うと少し落ち着かない。
(迎えに行った方がいいんだろうか?)
返信の内容次第では寮まで一緒に歩こうと思い、上着を羽織って出かける準備をしていたら再びスマホが震えた。
【水鏡 真:遅くなったときはアジトに泊まっているから気にしないで】
送られてきた文章を見て、よかったと呟いてしまう。
【そうなんだね。おやすみなさい】
返信をしてから着ていた上着を脱ぎ、片付けてからスッキリとした気持ちで勉強を再開した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます