天草紫苑の葛藤~気になる同級生~(天草紫苑視点)
バーガーショップでアルバイトをしていた天草紫苑視点です。
少し長くなってしまったので、お時間のある時に読んでいただければ嬉しいです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(あの2人付き合っているのかな……そんな話聞いたことないけど……)
トレイを拭きながら、夕方にお店へ来ていた同級生のことを考えてしまう。
お店へ入る時に人気がいないところを選んでいたからアベックに違いないとおばちゃんが断言していたが、そんな話を学校で聞いたことがなかった。
(総合学科トップの草凪くんと、普通科トップの楠さん。この2人が似合うかどうかって言われたら……似合うなー……)
1年生の間で絶えず噂になっている2人が付き合っているとなれば、その注目度は計り知れない。
草凪くんは、入学式での能力披露で保護者や来賓に強烈な印象を与え、見ていた人たちに黄金世代が始まるという確信を持たせた。
そんな中、唯一ハンターではない生徒が入学したという噂は校外にも伝わっている。
(草凪くんが草地高校に入ることになって、日本中のハンターを目指している中学生が血の滲む努力をしたのに、一般人が入学した)
日本で一番倍率と偏差値が高い高校になり、注目を集めていた分、この話題は口伝いに全国へ広まった。
ただ、楠さんは全国規模の模試で何度もトップクラスの成績を取っていたため、何か目的があって草地高校へ入学したという結論で落ち着いたらしい。
閉店作業をしながら入学してから私が体験したことを思い返していたら、クローズの看板を無視して扉が開けられた。
「
「……何の用? 今日は部活じゃなかったの?」
「ああ、ちょっとね。もうすぐ終わりだろう? 一緒に帰ろう」
このお店で一緒に働いている姉が制服姿で来ており、カウンターの椅子へ座って掃除をしている私を見てきた。
姉は、ミステリー研究部に所属していて、1年からずっとAクラスを維持している。
(そんな天草瑠璃の妹ってだけで期待されて、勝手に失望されるのにも慣れた)
治療能力が開花した姉はその能力を伸ばして、境界突入メンバーとしても引く手数多だ。
そんな姉がカウンターへ肘を置いて、難しそうな顔でこちらを見ている。
作業が終わるまで何も口にすることなく、何かを考えるようにしている姉の雰囲気がいつもと違う。
おじさんとおばさんは2階にある自宅へ帰っているので、後は私が鍵を閉めれば今日の仕事が終わりになる。
「待った、紫苑、少しだけ話を聞いてくれないか?」
お店の電気を消そうとしたら、姉が隣の椅子を引いて座るようにと私を見てきた。
人のいなくなった店内には何の音もせず、椅子に座ると姉の息遣いが聞こえてくる。
「顧問の先生から気になる話を聞いてね。紫苑にも知っておいて欲しいんだ」
「私にも関係あるの?」
「あるからこうして時間をとっているのがわからないのか!?」
ミステリー研究部の顧問が姉へ話をした内容を私へ伝える意味があるのか疑問に思ってしまった。
だが、いつも温厚な姉が声を荒げて立ち上がるのを見て、私は驚きのあまり硬直してしまう。
「ごめん紫苑……だけど、私より、紫苑に気を付けてほしい内容なんだ」
座りつつ心から申し訳なさそうに謝る姉を見て、精神的に余裕がないということがわかる。
気持ちを落ち着けるように何度か深呼吸をした姉は、私の目をまっすぐに見つめてきた。
「今、この地方を中心に、境界へ突入中のハンターが襲われる事件が多発しているんだ」
「境界に入ったことが無い私には関係ないでしょ」
どんな深刻な話をされるかと思っていたら、私とどう関係するのか分からない話だった。
境界へ入るため実力やスキルのない私とは違い、姉には身近な問題なのだろう。
そう考えると遠回しに自慢されているような気分になり、むかついてきてしまった。
話を切り上げて帰ろうとする私の腕を姉が強く握ってくる。
「なに? 私は襲われないでしょ?」
「あまり言いたくないけど……関係ありそうなのは襲っている方なんだ……」
「どういうこと?」
ますます姉の言いたいことがわからなくなったが、私のことをからかっている様子はないので、話を聞くだけはしてあげようと思う。
私が立ち止まったので、姉は腕から手を離してくれた。
「捕まった人たちはハンターとして困窮している者がほとんどで、うちの生徒も含まれているらしい」
「嘘……だって、境界への違法侵入はハンター資格のはく奪で、退学処分でしょ? うちの生徒がそんなことを本当にしているの?」
「本当だ……今、草矢先生と平義先生、それに理事長がその処理を行っている最中なんだよ」
明日にも全校生徒へ連絡をするために、緊急の全校集会が行われるそうだ。
姉は顧問の平義先生から襲撃した生徒の話を聞き、私へ注意するために来てくれたらしい。
「どうしてそんなことをするんだろう?」
ただ、私にはハンター資格のはく奪と退学というリスクを負ってまで、境界へ違法侵入するメリットがわからなかった。
「紫苑の持っている武器は鉄の剣だったよね?」
「ハンターとしての実績が足りないから、まだミスリルが買えないって知っているでしょう?」
私の疑問を余所に、急に武器についての話を振ってきた姉に苛立ちを感じつつ答えると、そういうことなんだと返してきた。
どういうことと首をかしげていたら、私のスマホが震えている。
姉の真剣な表情を見ていたらスマホへ手を伸ばせないので、話が終わってからにしようと思う。
「襲撃グループの首謀者は、襲撃する人にミスリルやアダマンタイトの武器を渡して、境界の中にいる人を痛めつけるだけでそれを自分の物にして良いって言ってくるらしい」
「アダマンタイト……そんなものをくれるの?」
アダマンタイト製の武器は、ハンター協会から認められた者かルーク級以上にならなければ製造してもらうことができない。
そんな装備を貰えるのなら、違法なことをしてでも手に入れたい人もいるだろう。
(アダマンタイトの武器が手に入る? それがあれば私だって……)
特に、私たちのようなミスリルさえ手に入れることができないハンターにとってはとても魅力的だ。
「紫苑、うちの高校でも特にCクラスのハンターに声がかかっている。そういう話が来たら、すぐに教えてほしい」
そんなことを考えている私を咎めるように、姉が睨みながら釘を刺してくる。
(まあ、私も退学は嫌だからそんな話をされても断るかな)
姉へわかったと伝えてから一緒にお店を出ようとしたら、再度スマホが震えた。
外へ出ながら画面を確認すると、仲間からグループメッセージが送られてきている。
【親切な人からミスリルの製の装備を数人分用意してくれるって話をもらった。集まれる人はいるか?】
【聖奈のせいで大半が病院にいるから、ほとんどの人が動けないよ】
【事情を話したら怪我の治療もしてくれるらしい、病院へ行ってもらう】
【助かるよ! そんなに親切な人がいるの?】
グループ内でどんな会話が行われているのか頭の処理が追いつかず、画面に表示される文章を眺めたまま止まってしまった。
すると、お店の鍵を閉めてくれた姉が私の肩を叩いてきた。
「紫苑、どうかしたの?」
「お姉ちゃん……これ……」
私の周りで何が起こっているのかわからず、混乱でスマホを持っている手が震えてしまう。
姉へスマホを差し出そうとするものの、上手く腕が動かずに恐怖で呼吸が荒くなってきた。
そんな私からスマホを奪うように受け取ってくれた姉は、画面を見て目を見開く。
「紫苑、ありがとう。これを先生へ伝えよう」
「でも……みんなが……」
Cクラスでできた仲の良い仲間たちが犯罪に巻き込まれようとしている。
それも、今姉から聞いた話と同じような状況で始まろうとしていたため、私にはどうすればいいのかわからない。
そんな姉は私へ笑顔を向けて、安心するように背中をなでてくれた。
「これなら未遂で資格をはく奪されることはない。悪いようにしないから安心して」
「う、うん……」
私と姉はまだ暑さが残るアスファルトの道を学校に向かって走り始める。
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ご覧いただきありがとうございました。
明日も投稿する予定です。
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