境界への客⑦~見学者楠瑛~
「まだ入れないんだよね?」
「確認してもらっているから、もう少し時間がかかると思うよ」
おそらく、夏さんが師匠へ連絡を取っていると思われるが、見学者の許可を出さないということはないだろう。
境界へ突入したらどのように楠さんを守ろうか考えていたら、スマホが震え始めた。
夏さんからの電話で、師匠に確認が取れたため、楠さんが見学者として突入することが許可されたという連絡を受ける。
夏さんと話しながら楠さんに目を向けると、境界を見つめたまま一切動かないでいる。
(ちょっとまずいな)
そう思いながら通話を終わらせると、背負っていたリュックを手に持ち、アイテムボックスを表示させた。
「荷物が無くなったら困ると思うから、境界にいる間は預かるよ」
「……お願い」
楠さんが持っていたバッグを俺へ渡してくれたので、自分のリュックと一緒にアイテムボックスへ収納した。
ついでにミスリルの剣を取り出すと、楠さんが目を丸くして俺を見ている。
「手品……ってわけじゃないわよね?」
「空間魔法っていうスキルで、持ち物を収納できるんだよ。便利でしょ」
「便利……というか、それがあれば
楠さんは俺が剣を取り出した何もない空間を見つめて、眉をひそめていた。
なんでもという部分が強調され、彼女の頭の中にはアイテムボックスを使用してできることが大量に思い浮かんでいることだろう。
ただ、これを使える人が極端に少ないので、警備に来ていた人も驚いていた。
俺の口から伝えても信じ難いと考え、警備員さんへ近づく。
「すいません、空間魔法を使った人を今まで見たことはありますか?」
「い、いや……今日が初めてだ」
40代に見える男性が小刻みに首を横に振って否定してくれていた。
横にいる別の警備員さんも同じように否定してくれたため、お礼を言ってから踵を返す。
「使える人が少ないスキルだから、他のハンターには荷物の運搬とかを頼まないようにね」
「た、頼まないわよ……」
苦笑いをする楠さんを見て、境界を前に硬直していた彼女の緊張を少しは解せたと感じた。
すべての準備が整ったので、境界線の前に立ち楠さんを安心させるように笑顔を向ける。
「今から境界へ入るよ。若干高いところに出ると思うから、着地に気を付けてね」
「わ、わかったわ」
境界に入ると聞いた瞬間、楠さんの表情が硬くなり、額から汗が噴き出てしまっていた。
(こんな得体のしれない光の中へ行こうと言われて、怖がらない人はいないか)
今の楠さんへ何を言っても上の空になってしまうと思うので、境界に向かって足を進める。
俺の体が青い光に包まれると、楠さんの驚くような声が聞こえてきたような気がした。
「今回は草原か。敵は……数体のゴブリンが群れでいるな」
危険度Gの訓練用境界なので、俺が苦戦するような敵はいないと思われる。
5万ポイントで危険度Cの訓練用境界が購入できるが、高すぎてまだ1度も使ったことが無い。
(神格が上がったら、BとかAの境界を購入できるようになるのか?)
ポイントショップの画面を閉じてから、敵がいないことと地面にミスリルが含まれていることを確認した。
周辺の警戒をしながら楠さんを待っているが、一向にこちらへ来るような光が見えずにいる。
胸の位置にある境界線を眺めて、迎えに行った方が良いのかと考え始めてしまう。
(楠さんを信じて待つしかないか……ここに入るだけで学校にいると同等以上になれる……それが伝わっていればいいけど……)
地面へ腰を下ろして、異界の中から宙に漂う境界線を眺める。
境界で何もしないという経験が初めてだったので、雷でモンスターの位置を把握しつつそのまま寝転んだ。
顔程までしか草の丈が無く、なんの脅威も持たないので雑草と同等のものでしかない。
しかし、色は緑ではなく、青や赤で発光しているため、ここが現実世界でないことがはっきりとわかる。
(あれから約1年か)
じいちゃんが残してくれた試練の書に導かれて、初めて境界に入ってから1年が経とうとしていた。
あれから色々なことが起こり、今ではこうして一般人を保護しながら異界へ突入するようになっている。
目を閉じて、まだまだ自分にはやることが残っていることを再確認した。
(境界の謎……そして、両親やじいちゃんが失踪した理由を必ず解明してやる)
俺が自由気ままに人生を謳歌するには最低でも、これらのことを解決しなければいけない。
そのためには、世界中の境界や異界へ行けるように強くなる必要がある。
今のままでは学校にある異界に入ることにさえ制限がかかっており、自由に探索ができずにいる。
(次の異界ミッションまでになんとかしないとな)
【異界ミッション4の解放まで 14日 8:25】
ミッションが解放されるまでの時間を寝転びながら見ていたら、境界線が青い光を放ち始めた。
誰かが突入してくる時の発光現象が起き、ほっと胸をなで下ろす。
立ち上がって、俺の頭上から落ちてくる小柄な女性が尻餅をつかないように、キャッチした。
「ま……待たせたわね……」
俺に抱きかかえられていることさえ分かっていない楠さんが強がりながら俺を見ている。
鈍く光っている草が生えている地面へ足が付くように降ろした。
「勇気を出してくれてありがとう」
知識でしか知らない境界へ入ることにどれだけの勇気を振り絞ってくれたのか俺には想像もつかない。
それも、この中にモンスターといった自分の身が危なくなるような存在がいる。
俺はそんな楠さんの希望を叶えるべく、境界内を案内しながら安全に攻略を始めた。
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ご覧いただきありがとうございました。
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