境界への客⑥~楠さん初の境界へ~
「もちろん。じゃあ、行こうか」
「もう行くの!?」
「遅くなるから、早い方が良いでしょ?」
外から帰ってきた俺は、椅子に座ることなく荷物を持って、部屋の外へ出るために扉を開けた。
境界へ行くと意識を切り替えた瞬間から、俺のセンサーが働いてある方向を示す。
部屋を出てお店の出口へ向かっていると、後ろから楠さんが慌てて駆け寄ってくる。
「ねえ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
「あれ? ゆっくり来てくれてよかったのに」
慌てさせてしまって申し訳ないと思い、楠さんに歩調を合わせた。
「草凪くん、お会計は?」
外へ出るために扉のドアノブに手をかけようとした時、楠さんが持っていた鞄を開けながら俺を呼び止めてくる。
チェーン店よりは高い値段だったが、お姉ちゃんからもらっているお小遣いからすればたいしたことはない。
「払ってあるから安心して」
「悪いから、私の分は払うよ」
お店を出ても必死に楠さんが俺へ代金を払おうとするので、何とか断る理由を探す。
「聖奈の勉強を見てくれているでしょう? そのお礼だと思ってほしいな」
「むー、そこまで言うなら……ありがとう……」
楠さんは納得がいかないような顔になりながらも、財布を鞄へ戻してくれた。
聖奈がお世話になっていなければこうして相談に乗ることもなかったので、人助けをすることができて嬉しい。
直感に従いながら歩こうとしたら、少しここから離れたところにありそうな感じがする。
あまり移動に時間をかけたくないので、近場で観測できた境界がないのか確認の電話を夏さんへかけることにした。
「ちょっと、境界の場所を調べてもらうね」
電話に出た夏さんに境界のことを聞くものの、楠さんと一緒に入れそうな境界が出現していないので、この近くであまり人が来ないところへ移動する。
不安そうな顔をする楠さんへ目的地が決まったことを知らせると、安心と不安が入り混じった反応でどうすればいいのか困っているように見えた。
「楠さん、今日は止めておく?」
「……ううん。草根高校のことを知るには境界を体験しておいた方が良いと思うから、行くわ」
楠さんの意志を確認してから、再度雷による察知を行い、周囲に人がいないことを確認する。
半径1キロ以内に誰もいないことがわかったので、ポイントショップの画面を表示した。
貢献ポイントを500使用して、【危険度Gの訓練用境界】の購入手続きを進める。
最終確認を行う画面が表示されたため、再度夏さんへ電話をかけて出るのを待った。
「草凪くん、今は何をしているの?」
「境界の登録だよ。この手続きをしないと無関係の人が侵入してくるかもしれないんだ」
夏さんが電話に出てくれたので、境界の購入を確定させる。
手続きを行いながら、師匠が現役だったころに境界内でじいちゃんのことを消そうとしてきた人たちと戦闘を行ったという話を思い出す。
(今は法律や環境の整備が進んだから、そんなことが起こりにくくみたいだけど、なくなってはいないような話しぶりだったな……)
他人の境界へ乱入するという行為は、一発でハンター資格の剥奪に繋がる。
しかし、師匠が悲しそうにそれでも抜け道があると呟いたのを聞いてしまった。
あんなに深いため息をした師匠を見たのが初めてだったので、強く印象に残っている。
そうこうしているうちに境界の登録を終えて、警備員の手配などの手続きが終わった。
ここが街からあまり離れていないためか、10分もしないうちに警備員が派遣され、境界周辺の封鎖が完了する。
この一連の流れを見ていた楠さんは、めまぐるしく変わる周りの状況を見ながらなんの言葉も発しなかった。
「澄人様、Gランクの境界にはお一人で突入するんですか?」
最後に夏さんが境界突入の申請を行うために、俺へメンバーの確認をしてきている。
そのタイミングで楠さんと目が合ったので笑顔を向け、夏さんへ声をかけた。
「俺以外に、一般人の楠瑛さんを《見学者》として登録します。推薦人はハンター協会会長の草壁澄広さんです」
楠さんも俺の言葉を聞いているので、わざとはっきりと丁寧に夏さんへ申請する。
師匠の許可を得てハンター協会に保管してある資料を漁っていたら、見学者という制度があることを知った。
これは、ハンターを希望している一般の人へ本登録をする前に境界のことを説明するために存在しているのだが、クイーン級以上の推薦人が必要になるため、今ではあまり活用されていない。
ハンターになる人のほとんどが家絡みで踏襲のように登録しているため、一般人は境界のことさえ知らずに一生を終える人が大半のためだ。
本来は一般の人でハンターとして大成しそうな人を上の階級の人がスカウトするために作られた制度なので、今回の使い方としては間違ってはいないだろう。
(師匠も楠さんなら草地高校に必要な人間になるって言っていたから大丈夫だ)
責任を取ると言ってまで俺へ任せてくれているので、夏さんの反応を待っていたら、スマホ越しに慌てるような声が聞こえてきた。
「えっと……澄人様……か、確認するので、1度電話を切りますね」
「よろしくお願いします」
夏さんが師匠へ連絡をすると思われるので、1度電話を切り、今の状況を簡単に楠さんへ説明する。
ハンター登録をしなくても見学者となることで、今回の境界にだけ入ることが許可されるということを伝えた。
ただ、今回突入する場所は比較的安全だが、境界内は何が起こるかわらかないので俺の指示には必ず従ってもらいたいと念を押す。
今までの話を黙って聞いていた楠さんは、俺から目を離して青い光が漏れている境界を見る。
その目は今にも境界へ入りそうなくらい輝いていた。
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