境界への客⑤~悩み解決方法について~
俺が首をかしげていたら女性の店員さんがハッと見られているのに気づいたように動き出し、トレイに乗っていたポテトのお皿をテーブルへ置く。
その後、コースターを置いてから飲み物を置き、取り分け用の小皿を2つテーブルへ並べてくれた。
「ご、ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
「……はい。大丈夫です」
胸をなで下ろした店員さんは、エプロンの前ポケットに入っていた小さなボードを手に取り、ぎこちない笑顔を向けてくる。
「伝票はこちらに置かせていただきます。ごゆっくりおくつろぎください」
伝票がはさんであるボードをテーブルへ置いてから退出するまで店員さんの行動が機敏で、部屋からそさくさと出ていった。
なんかおかしな店員さんだなと思いながら、小分けのお皿を手に取る。
「草凪くん、聖奈さんから補講の日のことなにか聞いてない?」
「補講の日? いや、何も聞いていないけど……これ、どうぞ」
「え? ありがとう」
楠さんも小皿を手にしてポテトを盛ろうとしていたので、俺が先に小さなトングで取り分けた分を渡す。
お皿を交換していたら、楠さんが悩むようにあごへ手を当てて口を開く。
「補講の日に聖奈さんが数人の生徒と
それを聞くと同時に、聖奈が口にしていた、【勉強ができないと知らない人になめられる】という言葉が脳裏によぎった。
何もトラブルになっていないのか心配になり、ポテトを運ぶ手が止まって、肘がテーブルに落ちてしまう。
「そんなこと初めて聞いたよ……あー、でも、何か身に覚えがあるかも」
補講を受けた日に聖奈がなめられて、誰かと模擬戦のようなことをしたとすれば、ここ数日で俺の身の回りで起きた不可解なことの説明できる。
心配していた気持ちが薄れ、こういうことだったのかと自然に言葉が漏れた。
「どういうこと?」
俺が渡したポテトを口にせず、楠さんがムッとしながら俺のことを見てきている。
ポテトを空いているお皿へ盛りながら、わかったことを口にする。
「たぶんだけど、聖奈は補講が終わってから、その人たちと戦ったんじゃないかな?」
「そうよ。10人くらいと戦って、ほとんどの人が入院しているって噂になっているの」
「それ、噂じゃなくて本当だと思うよ」
大体の出来事が把握できたので、リュックの中からメモ用紙を取り出してわかりやすくまとめることにした。
書き終わったら平義先生か草矢さんへ写真を送って、間違っていないか確認をしようと思う。
「聖奈とその人たちが戦ったのは、学校の施設のどこかだと思うんだよね」
「たしか……地下の競技場って言っていたわ」
「それならもう確定かな。ちょっとまとめるから待っていてね」
地下の競技場は教員が1人でもいないと施設が使えないので、聖奈が怒られることなく学校生活を送れている時点で、監督者兼審判の先生もいることがわかった。
楠さんが知らないと思われる、競技場等を使う時の注意点の説明をする。
「ハンター同士の演習って色々あるんだけど、今回聖奈がやった……うーん、対戦? は、審判に先生もいるから、自主演習ってくくりになって、どんな怪我を負っても自己責任で片付けられちゃうんだ」
入学式が終わった後に提出した書類の中に、そういう誓約書のようなものがある。
おそらく、楠さんは関係ないということで書いていないのだろう。
それがわかるように、話を聞いた楠さんは目を見開いていた。
「それって怖くないの? その……死んじゃうこともあるんじゃない?」
「一応、致命傷になると思われる攻撃は先生が止めてくれるんだ」
楠さんが、一応ってと驚きながら呟くので、書き終わったメモ張を見せながら話を続ける。
「それ以外の攻撃は最初に骨が折れたら退場とかルールを決めるんだけど、何も決めなかったら動けなくなるまで対戦が続けられるから、一番危ないよ。たぶん、今回聖奈はこのルールで戦ったんじゃないかな」
俺の言いたいことをまとめたメモ帳を手に取り、楠さんがそれを見ながら目を走らせていた。
病院送りになったという生徒は、怪我などの外的要因ではなく、精神的な要因で入院していると思われる。
(聖奈がすっきりするほど暴れたみたいだから、死ななければ大丈夫っていうくらいに叩きのめし……なるほど、草矢さんはそれを見ていたから、手綱を握れなんてことを言ってきたのか)
草矢さんが目の前で見た光景を想像しつつ、なぜその人たちが聖奈と戦おうとしたのか理由がわからない。
クラス替え演習の時に聖奈を見ているはずなので、力の差がはっきりしている相手へ何の策もないまま挑むという意味が俺にはわからなかった。
相手の心情などは置いておいて、今は俺の前に座る人の悩みを優先させたい。
「ありがとう。よく分かったわ」
今回起こったことをまとめた紙を楠さんが俺に返してくれたので、後で草矢さんへ写真付きのメッセージを送ることにする。
楠さんはようやくポテトを口にして、俺のことを注意深く観察してきていた。
メロンソーダを飲みながら目を見返し、軽く笑って今日一日考えた楠さんの悩みを解決する方法を提示する。
「楠さんも1度境界へ入らない? 手続きとかはもう終わっていて、後は電話をかけるだけなんだ」
笑顔で提案したものの、ポテトを食べていた楠さんの口が止まり、数秒間動かなくなってしまった。
俺もポテトを食べながら待っていたら、楠さんの口がゆっくりと動き始める。
「私が? その……モンスターと戦うの?」
「ううん、戦うのは俺。楠さんには体験だけしてもらう予定」
どうすると言葉を続けると、楠さんは戸惑うように俺へ手のひらを向けてきた。
「ちょ、ちょっと考えさせて」
「もちろん」
飲み物を飲み干した俺は、腕を組んで悩む楠さんに1人で考える時間を与えるため、ポケットからスマホを出して立ち上がる。
「聖奈の件で電話をかけてくるから、しばらく外すね」
「う、うん……」
扉を開けて部屋から出ようとした俺から楠さんが視線を外すので、そのタイミングで伝票を回収する。
扉が完全に閉まる直前、楠さんは何も反応をせずにうなりながら悩んでいた。
若い店員さんに小さいボードを渡し、会計を終わらせてから外へ出ることを伝える。
妙にどぎまぎしながら対応をされたことに疑問を持ちつつ、お店の外へ出た。
(どっちからも連絡がない……仕事中だからかな?)
また後で電話をしようと思い、外で10分ほど時間を潰してから部屋へ戻ると、俺が座る前に楠さんが口を開いた。
「体験……してみてもいいかな?」
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