境界への客④~バーガーショップ草地~

 楠さんへ場所を教えたら、あそこねと言いながら早足で向かってしまう。


(最初は戸惑っていたのに、今はなぜか楽しそうだな……)


 楠さんに置いていかれないように入店すると、薄暗い店内にお客さんの姿はない。

 入口にいた50代くらいの女性店員さんがご自由にどうぞと案内をしてくれたので、人目がつかなそうな席を探す。


「奥の角にしようか、あそこなら目立たないでしょ」

「そうね。その方が良いと思うわ」


 お店の奥へ向かおうとしたら、女性の店員さんがお客様と俺たちのことを呼び止めてきた。

 なにか不都合でもあったのかと思って立ち止まると、にっこりと笑いかけてくる。


「この時間でしたら、奥の個室を使うことができますよ? その方が2人きりになれると思います」


 思わぬ提案に、一応俺と2人きりになる空間で良いのか楠さんに判断を委ねてみた。


「どうする楠さん、そっちにしてもらう?」

「え、ええ……そうしてもらいましょう」


 俺に振られて戸惑う楠さんが答えると、店員さんが微笑んでゆっくりとうなずいた。


「はい。では、こちらへどうぞ」


 テーブル席とは反対側に用意されている個室は3つほどあり、各部屋がスライド式の扉で仕切られている。


 ハンバーガー屋さんに個室があるとは思ってもみなかったので、今度から静かに食事をしたいときにはこのお店を予約したいと思う。


「こちらがメニューになります。決まりましたら、そちらのベルを鳴らしてください」


 俺たちが椅子に座るのを待って、店員さんがメニューとお冷、おしぼりをテーブルへ置いてくれた。

 ありがとうございますとお礼を言って見送る。


 メニューはハンバーガーだけではなく、ハンバーグプレートなどバリエーションが豊富だ。

 食べ物ばかり見ていたら小さくお腹が鳴ってしまい、夕食前に軽く食べようかと悩んでしまう。


――クゥー


 すると、楠さんのお腹も控えめに鳴ったのが聞こえたので、2人でポテトを食べようと提案してみることにした。


「楠さん、俺ちょっとお腹が空いちゃったんだけど、夕食のこともあるから、このポテト盛り2人で食べない?」

「……い、いただきます」


 恥ずかしそうに顔を赤くする楠さんのことをできるだけ見ないようにして、ポテトと飲み物を注文することに決めた。

 楠さんは選び終わったのか、メニューをテーブルに置いて俺のことを待っている。


 ベルを鳴らすとすぐに店員さんが注文を聞きに来てくれた。

 ポテトとクリームソーダを頼むと、楠さんも俺と同じ飲み物を注文する。


「この時間帯ですと……ポテトは注文が入ってから揚げるため、少しお時間がかかるので、飲み物を先にお持ちいたしましょうか?」


 何も口にしないで待つのがしんどいと思っていたら、楠さんが軽く笑いながら店員さんを見た。


「それでお願いします」


 俺の分だけ持ってきてという面倒くさいことは言えないので、水と一緒に言葉を飲み込む。

 スライド式の扉を閉める店員さんを見送ってから、ポテトを待つまでの間に俺が考えてきたことを提示する。


「楠さんはハンターとしての説明を受けて、なってみたいとか思ったの?」

「うーん……興味はあるけど、私はこれまであまり運動をしてこなかったから、なれる自信がないわ」


 そう言いながら水の入ったグラスへ口に含む楠さんは寂しそうな表情になっていた。

 ただ、BやCクラスにいる生徒や、楠さん以外の普通科の人たちもあまり初心者と変わらないということを伝えたい。


「気休めになるかわからないけど、うちのクラスにいる水守真友さんは、中学3年の夏くらいまで境界に入ったことがなかったんだ」

「あの人が? 嘘でしょう?」


 グラスを置きながら俺の言葉を疑ってくるので、専門的なことに少し触れて楠さんの興味を引き出す作戦に出る。


「本当だよ。境界って見つけるのも大変だし、その中でモンスターと戦ってようやく強くなれるから、高校にいる人は大体初心者ハンターだよ」

「そうなの? みんな装備とかステータス? の話を楽しそうにしていたから、慣れていると思っていたけど……」


 Aクラスはそんなことを口にしたり、耳にしたりすることがないが、普通科のクラスではそんなことが話題になるようだ。


 新入生のステータスを流し見ていたら神格【1】が多く、これまで本格的にハンターとしての活動をしていないと思われるため、まだそういう話題が新鮮なのかもしれない。


(うちのクラスにいる4人とは、そんな話題で盛り上がれないからな)


 俺もステータスを見るだけでも楽しかったという時期があった。

 今ではその画面を開く時には、大体が貢献ポイントを見ながら使い道に頭を悩ましている。


【ハンター証を見せろ】と言うと拒否される可能性が高いので、そういう人たちに対してはちょっと知っているふりをするのが一番話しやすいと思う。


「今度、ちょっと調べたふりをして、階級について聞いてみるといいよ。ほとんどの人が一番下のポーン級ってやつのはずだよ」


 自分のハンター証を出して、ここのことねと示しながら説明する。

 楠さんはハンター証を注視して、納得したように何度かうなずいていた。


「みんないっちょうまえ・・・・・・・だと思っていたけど、そう言われるとそんなことを言っていたような気もするわ」


 聞きなれない言葉が出てきたので、どんな意味で使っているのか考えていたら、楠さんが不安そうに俺を見てくる。


「でも、いきなり話しかけても大丈夫かな? きかない・・・・人たちじゃない?」

きかない・・・・? 人の話をってこと?」


 ちょっと意味をはしょった言葉を使う人なのかなと思っていたら、楠さんが顔を赤くして水を飲もうとしていた。


「えっと……ごめんなさい……そんな感じ」

「なら、大丈夫だと思うよ。たぶん、神格1の人で階級を気にする人はいないと思うから」


 うんと頷く楠さんは水を飲んでから自分を落ち着けるように呼吸を整えている。

 そんな時に扉がノックされ、外からここに案内をしてくれた店員さんよりも若い声で失礼しますと言われた。


「山盛りポテトとクリームソーダをお持ち……しました……」


 頼んだ物がテーブルに置かれるのを待っていたら、入ってきた若い店員さんと目が合う。

 俺たちと同じ歳くらいに見える女性の店員さんがこちらを見て固まっているので、なにかあったのか気になってしまった。


(どうしたんだろう?)


 料理に配慮して後ろで髪を縛っている店員さんの胸元には【天草】という文字が書かれていた。



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